第4話
僕たちは、森久保さんの家の玄関の前にやって来た。
森久保さんの家は、道路と家の間に庭があるため、春香さんの家の玄関とは、少し距離がある。
そして庭には、黒い車が1台停まっている。
中古車かな? 結構、古そうな車だな。
「確かに、防犯カメラがついているな。これなら、柊木さんの家の玄関の辺りも、映っているかもしれないな。まあ、これがダミーのカメラだったら、何の意味もないがな」
と、鞘師警部が防犯カメラを見ながら言った。
ダミー? なるほど、そういう可能性もあるのか。
鞘師警部が、チャイムを押した。
しばらくすると、40代前半くらいの小太りの男性が現れた。
身長は、明日菜ちゃんよりも少し高そうだ。
「すみません、森久保さんでしょうか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「ええ、
と、森久保さんは、パトカーが数台停まっていることに気づいて驚いている。
「騒々しくて、申し訳ありません。私、警察の者ですが、実は向かいの柊木さんのお宅で、柊木春香さんが亡くなっているのが見つかりましてね」
と、鞘師警部が警察手帳を見せながら言った。
「えっ!? は、春香ちゃんが、な、亡くなった? ど、どうして? それで、犯人は? 犯人は、もう捕まったんですか?」
森久保さんは、とても驚いている。
まあ、驚くのも当然だろう。向かいの家の人が、殺されたのだから。
「いえ、それはまだです。そこで森久保さんに、柊木さんのことで少しお話をうかがいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい、分かりました。僕で、お話しできることなら」
と、森久保さんは頷いた。
「それと、この防犯カメラですが、映っていますか?」
「ああ、このカメラですか。私が、ここに住んでいなかった頃なんですけど、空き巣に入られたことがあって、その後に親父がつけたんですよ。まあ、親父はもう亡くなりましたけど」
「住んでいなかったとは?」
「10年程前に結婚して、別のところに住んでいたんですよ。ちょうど1年前に離婚して、一人で戻ってきたんです。子供も、できなかったので。戻ってきた直後に、親父は病気で亡くなりました。ちなみに、おふくろは2年前に亡くなっているんで、今は僕だけです」
「そうですか。防犯カメラに、柊木さんの家の玄関も映っていますか?」
「たぶん、映っていると思いますけど。親父が、『柊木さんのところも映って、一石二鳥だ』なんて、言っていましたから」
「それでは、防犯カメラの映像を、見せていただけますか?」
「はい。それじゃあ、中にどうぞ」
僕たちは森久保さんに促されて、玄関の中に入った。
うん? 何だろう? 玄関の床に、赤い汚れがある。
ま、まさか――血痕? って、そんなわけないか。
「それじゃあ早速ですが、防犯カメラの映像を見せてもらえますか?」
と、明日香さんが言った。
「分かりました。どの辺りから、再生しますか?」
と、森久保さんが聞いた。
「そうですね――とりあえず、お昼頃から見てみましょうか。早送りで、お願いします」
「お昼頃ですね」
森久保さんが、防犯カメラの映像を再生した。
カラー映像ではなく白黒の映像だが、画質は悪くない。画面の左側に、ちょうど柊木春香さんの家の玄関が映っている。
中央から右側にかけては、森久保さんの家のブロック塀で、道路の方は見えなかった。
「ストップ!」
明日香さんが、叫んだ。
「少し、巻き戻してください」
「はい」
森久保さんが、映像を巻き戻した。
「そこです」
と、明日香さんが言った。
防犯カメラの映像には、午後2時過ぎに公園の方から歩いてきて、柊木春香さんの家に入る女性の姿が映っていた。
花は、持っていない。
ということは、あの花はそれ以前からあるということか。
「これは、春香ちゃんですね」
と、森久保さんが言った。
「明日菜も、確認して。これは、春香さん?」
と、明日香さんが、明日菜ちゃんに聞いた。
「うん。春香ちゃんで、間違いないと思うよ。大学から、帰ってきたのかな?」
「春香さんは、自分の車は使っていないの?」
と、僕は聞いた。
「春香ちゃんは、あまり使っていなかったみたいですよ。あまり運転に自信がないって、言っていましたから」
と、森久保さんが言った。
「森久保さん、続きを早送りでお願いします」
と、明日香さんが言った。
「分かりました」
森久保さんが、再び映像を早送りで再生した。
「ストップ!」
明日香さんが、再び叫んだ。
「これは、誰だ?」
一時停止された画像を見ながら、鞘師警部が呟いた。
映像には、黒っぽいフードを被って顔を隠した人物が公園側からやって来て、この映像ではバットかどうか分からないが、棒のようなものを持って柊木春香さんの家に入っていくところが映っていた。
防犯カメラの時刻は、午後3時5分を示していた。
「森久保さん、この時刻は正確ですか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「ええ、正確ですよ。今朝も、確認しましたから」
「この人物が、春香さんを殺害した犯人かしら」
と、明日香さんが言った。
「フードを被っていて、顔が確認できませんね。明日菜ちゃん、これじゃあ知っている人かどうか、分からないよね?」
と、僕は明日菜ちゃんに聞いた。
「うん。これじゃあ、全然分からないわ。あの部分だけ、拡大できないの?」
「すみません。親父がケチって、かなりの安物を付けたんで、そういう機能はないんですよ」
と、森久保さんが、申し訳なさそうに言った。
「とりあえず、もう少し映像を進めてみましょう。森久保さん、お願いします」
と、明日香さんが言った。
「あっ、明日香さん、出てきましたよ」
と、僕は言った。
先ほどの人物が、柊木春香さんの家から出てきた。棒のようなものは、持っていなかった。
その人物は、公園の方へ走っていった。
防犯カメラの時刻は、午後3時20分を示していた。
「この人物が春香さんを殺害した犯人で、ほぼ間違いなさそうね。凶器を持って来たということは、最初から春香さんを殺害する目的で、やって来たんでしょうね」
と、明日香さんが言った。
「あっ、明日香さん、防犯カメラに車が」
と、僕は画面を指差しながら言った。
犯人と思われる人物が画面から消えてからすぐに、防犯カメラに黒っぽい車が映った。
公園とは逆の方向から来た車は、柊木春香さんの家の前で停まると、バックしながら防犯カメラの方に、どんどん近づいてきた。
「あっ、これは僕の車です。ちょうど、仕事から帰ってきたところですね。今日は、仕事が早く終わったので」
と、森久保さんが言った。
「森久保さん、どんな、お仕事を?」
と、明日香さんが聞いた。
「看板とか壁とかの、ペンキを塗っています」
車が停まると、すぐに森久保さんが降りてきた。
森久保さんは、白っぽい作業着を着ている。
作業着には、黒っぽい汚れのようなものが付着している。おそらく、ペンキが付いているのだろう。
「ペンキで、だいぶん汚れているようですね」
「ええ。会社がけちで、なかなか新しい作業着を支給してくれないんですよ」
そして森久保さんの姿が画面から一度消えると、再び森久保さんが現れて、車のトランクを開けた。
「玄関を開けてから、荷物をおろしているだけですよ」
偶然、森久保さんのトランクを開けた車が停まったため、柊木春香さんの家の玄関が隠れてしまった。
「森久保さん、帰ってきたときに、逃げていく犯人を見たんじゃないですか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「えっ? ――そう言われてみれば、誰か公園の方へ向かって走っていったような気がします」
「森久保さん、車にドライブレコーダーは付いていますか?」
と、明日香さんが聞いた。
「いえ、それが付けていないんですよ。付けた方がいいとは、思っているんですけど」
「そうですね。今の時代、ドライブレコーダーが付いていると、色々と便利ですよ。我々警察官としても、ありがたいことです」
と、鞘師警部が言った。
「ただ、今の車は古いんで、次に買うときには検討をしてみますよ」
「森久保さん、家の中に入ったきり戻ってきませんけど、何をされていたんですか?」
と、明日香さんが聞いた。
森久保さんと鞘師警部がドライブレコーダー談義を続けている間も、防犯カメラの映像は再生され続けていた。
「えっ? ああ、いや、玄関で赤いペンキを、ちょっとこぼしてしまいましてね。作業着と床を、汚してしまいまして。それを、片付けていただけですよ」
「そうですか。車のトランクが開けっ放しなのが、気になったので」
「玄関に、赤い汚れがあったでしょう? あれですよ。いやぁ、ちょっと手が滑りましてね」
と、森久保さんは笑った。
その後、午後3時40分頃に、森久保さんが再び映像に映った。
森久保さんは車を移動させると、歩いて玄関の方に向かってきた。そして、家の中に入っていった。
それにしても、ペンキ屋さんは大変な仕事だな。あんなに服が汚れるなんて、僕は嫌だな。森久保さんの作業着が、さっきよりも汚れが増えているな。さっき話していた、こぼれたペンキか。
その後は僕たちがやって来るまで、特に気になるものは映っていなかった――
「森久保さんは、柊木春香さんとは親しかったんでしょうか?」
と、鞘師警部が聞いた。
「まあ、親しかったとは言っても、普通のご近所付き合い程度ですよ。僕が結婚をして家を出たときは、春香ちゃんはまだ小学生だったから、話したことなんてほぼなかったですけど。2年前におふくろが亡くなったときや、去年親父が亡くなったときは、春香ちゃんもご両親と一緒に、いろいろと手伝ってくれてましたね。その後、春香ちゃんのご両親が交通事故で亡くなったときは、当たり前ですけど、とても落ち込んでいましたね。それからは、男手が必要なときなんかは、僕に手伝ってくれないかとか頼んできて、手伝ったこともありましたけど。個人的に親しかったとかは、ないです」
「何か、柊木春香さんが殺害されることについて、心当たりはありませんか?」
「心当たりですか? いえ、全然ありません。どうして、あんなにかわいい娘が、バットなんかで――」
「そうですか。それでは、我々はこれで失礼します。また何かあったら、お話を聞かせてもらうかもしれませんので、そのときはお願いします」
僕たちは、森久保さんの家を後にした。
「明日香ちゃんたちは、これで帰ってもらっても構わないよ。何か進展があれば、また明日にでも連絡をするよ」
と、鞘師警部が言った。
「明日香さん、帰りましょうか」
と、僕は言った。
「そうね。これ以上、鞘師警部のお邪魔をしても悪いし、帰りましょうか」
僕たちは、探偵事務所に帰ることにした。明日菜ちゃんは、車の中でほとんど話さなかった。とてもじゃないけど、食事をできる雰囲気ではなかった――
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