第14話 - さぁ、裳着と婚姻の練習をすることよ - 月草を搗けば露宿りて初秋の夜 -



宇多院での祝賀の宴が無事に終わった夜、

父の長良ながらと共に枇杷殿に戻ると、母の乙春おとはるにも元服式と祝賀の宴が滞り無く終了したことを告げた


母は、母にべったりの妹の高子たかいこに付きっきりのため、祝賀の宴に行けなかったことを申し訳なさそうにしていた



そして、基経は母にも姫君の格好を見せて欲しいと言われたのであった -



因みに、親王達と懇意の仲になってから、

その事を母も父から聞いて、とても喜んでおり、『姉様の忘れ形見の甥達の顔を久しぶりにみたい』と言っていたらしい



母と自然に会話できるようになったのも、

親王達、ひいては、親王達のもとに連れて行ってくれた胡桃のおかげだった


本当に、感謝してもし尽くせないし、彼女は見えない不思議な力で私をいつも支え、守ってくれているような気さえする



基経がぼんやりとそんなことを考えていると、長良から労いの言葉を貰った



『基経、昨日からお疲れさま。体の調子も良くないみたいだし、今日はゆっくりと休んで体を休めよう。

まだ、明々後日までは良房のところへ行かなくて良いのだから。』



お腹を壊したことと、帰り路に急に鼻血を出したことを父である長良にだいぶ心配されているようである…事の真相はとても恥ずかしくて言えないだけに、気まずい上にとても申し訳なく思い、基経は再び心の中で父に謝った



『父上、お気遣いありがとうございます。

確かに、今日は暑かったし、自分でも気が付かないうちに結構疲れているのかもしれないので、ゆっくり休むことにします。

父上も私と暑い中を出掛けたので疲れているのではないですか?

今日はゆっくりと休んでください。』



基経はお詫びと御礼の気持ちを込めて父に

そう伝えると、自室の塗籠に戻った





手をよく洗い、自分の部屋である塗籠に戻ると、早速、親王達からお祝いとして貰った姫君用の装束に着替えて化粧をし直して、事前に冷ましておいた白湯を飲み、ホッとひと息つく -



『胡桃、ただいま』と言って呼びかけたが、彼女は書を読むのに疲れたのか、すやすやと眠っていた


淡い色の柔らかい髪がしどけなく彼女の腰や華奢な身体を包み込み、長い睫毛と真っ白な頬は精巧に作られた人形のように見える



袿からのぞく、可愛らしい小さな手が基経の今朝着ていた衣を抱きしめていた


『…手古、大好き…どこにも行かないで…』



寝言であるのか、切なげに放たれた言の葉と同時に、彼女の目尻から雫があふれ出して、

長い睫毛を艶やかに濡らす



基経は胡桃に覆い被さり、強く抱き締め、

髪を優しく撫でながら思いを言の葉にのせる


『私はどこにも行かないことよ。ずっとずっと永久に胡桃の隣にいる。例え、嫌だと言われても離してなんかやらない…

そなたの方こそ、儚く私の手から零れ落ちてすり抜けて何処かへ行ってしまいそうで…

私はいつも凄く恐いのだ…


前世の記憶なのか、とても悲しい朧げな夢をみる…

胡桃が私の隣から消えてしまう夢を…』



基経は胡桃の存在を強く感じたくて、

胡桃の着ている単の中に手を滑り込ませ、

素肌をそっと撫でた


柔らかな暖かい膨らみが手に収まると、

彼女の生きている証である鼓動が伝わってくる


そして、彼女が生きていることの安堵と同時に、その深淵のように深く愛する思いの先にある情欲がふつふつと湧き上がって来る -



昨夜は睦み合おうとして胡桃を鏡の中から出したのにも関わらず、元服式で緊張して疲れていたのか寝落ちしてしまったこともあって、

基経は、祝賀の宴の帰り道、八葉車はちようのくるまに乗っている時も鼻血を垂らしてしまう程に悶々としていた




彼女の来ている衣をはだけさせると、

可愛らしい膨らみがふにゅっとまろびでてきて、基経は愛しく思い堪らず、胡桃の柔らかなそれを揉みしだき愛でた


『ひゃぁんっ…、!!』


胡桃はその強い刺激に目を覚ますと同時に、

びっくりして後ずさる


見た目は自身と良く似ているが、

身長がだいぶ高く、より大人びて自分よりもずっと美しいと思うその女人が誰なのか、

最初わからなくて、胡桃は慌てふためいた




『…ええと、その姿は…基経様…』


胡桃は、基経が前世で姫君の格好を好んでよくしており、それがとても良く似合っていたことを思い出す



『そうだ。そんな他人行儀な"様"はいらない。

基経でよい。それに寂しくなるから、

たまには手古と呼んで欲しい…それはさておき…』



基経は屈みながら、下腹部が熱いが、一度睦み合い出すと長くなるから、とりあえず我慢我慢…とか何とかぶつぶつと言いながら、

親王達から貰ったお祝いの品である、

藤の花の螺鈿蒔絵の美しい唐櫛笥からくしげと衣一式を唐櫃からびつの中から取り出す



貰った品の中から、胡桃に似合う色のうちき等の衣を選んで基経が着せる



これまでも親王達の宇多院に行った際に、

姫君の格好をさせられたことが何度もあったため、

物覚えの良い基経は、いつのまにか姫君の衣の着方や化粧を見様見真似で覚えていた



上に着ているあこめを脱がし、もともと彼女が下に着ている白いひとえの上に、胡桃の名と同じ胡桃色、その上に、胡桃の名の桃の部分を表す桃色を重ね、

最後に、表着と唐衣を今の初秋の時期に相応しい色目 - 儚くも清らかで美しい月草つきくさ色を重ねる

涼しげな紗の地に、緩やかな波の紋様が描かれた青裾濃あおすそごの裳を腰で結び、同じく紗の地の美しい淡紅色の領巾ひれを肩から掛けて着付けが終わると、

腰のあたりまで伸びる髪を泔坏ゆするつきに浸した櫛で優しくくしけずり、萩の花を模した挿頭かざしを緊張して薄紅色に染まっている可愛らしい耳の上あたりに飾る



そして、基経とお揃いの化粧 - 白粉おしろいを塗り、ほんのりと唇に紅を引く-




『何とも可愛らしく艶やかなことよ…

私は手古から『基経』になった。

だから、そなたにもそれに相応しい名、

時折夢で見る前世での名と同じ『胡桃子』と今日から呼ぶことにする』



通常、身分の高い女子は裳着を迎えると、

皆後ろに『子』を付ける名になる



胡桃は生き霊みたいな存在のため、実際の彼女の本体の体はまだ幼く、裳着はだいぶ先であろうが、

基経は待ちきれず裳着を模した儀式を2人だけで行ったのであった

最も、実際の裳着は大唐に習った古来からの装束 - 袍の上に背子からぎぬ(唐衣)を着て裳を付け、結った髪をさいしこうがいで留め、髪上げを行うのだが、

普段着用として最近流行っているという、ゆったりとして優美なこれらの衣や髪飾りの方が胡桃の雰囲気に良く似合っている



『これで、そなたも私と一緒だ。

私ひとりだけ、大人になってしまうのは寂しいからな…』



基経は寂しげに微笑むと、

胡桃子の雫が今にも落ちそうな目尻と薄紅色に染まる頬とに、そっと口付けをした-


胡桃は基経から時を超えて改めて与えられた

胡桃子くるみこ』という名を受け取ると、はにかみながら言う


『嬉しい。私、大好きな基経から与えられた大切な宝物を生涯ずっと大切にするわ』


目から雫を流して幸せそうに微笑む胡桃子に、愛しくて仕方がない衝動に駆られ、 

基経は胡桃子を強く抱き寄せて耳元で囁く



『…胡桃…胡桃子、そなたが愛しくて可愛くて、私だけのものにして閉じ込めて置きたくなる…』



そう切なげに言い、自身の着ている藤色の

表着で胡桃子の身体を包み込む



『この一番上の衣の色、月草の色は季節に合っていて、透明感にあふれて清楚で美しい雰囲気がそなたにとても似合うのだが、

この色は水に溶けて儚く消えやすい色でもあるから、私の色を上から重ねて、しっかりと守って消えないようにしよう。

夢でよく見る前世のあの邸に植る藤の花と同じ色であるこの紫藤色の衣を儚い月草の色に重ねてしまえば、胡桃子がずっと私の隣にいてくれる気がするのだ。 

…まぁ、まじないみたいなものだ。』



『…基経様…嬉しい…』



胡桃子は後ろから自身を抱きしめている基経の腕をギュッと胸に抱いた



『ふふっ、様はいらないことよ』



そして、お互いに着飾った姿を見せ合いっこする



『基経の方が子供っぽい私よりも綺麗で可愛くて、素敵だわ。

その姫君用の衣は、私と色違いなのね。

表着に藤のような薄紫色、中に萩と小栗色を重ねたのが基経の雰囲気に凄く似合っていて、うっとりと見惚れちゃう……そうだ!』



胡桃子はそう言って、

あの不思議な唐鏡から桃色の組み紐を取り出すと、基経のサラサラとした髪の頬の下あたりの左右に、桃色の組み紐を蝶々結びにして髪飾りにした



『その言葉は胡桃子にそのまま返す。

私にとっては私よりも胡桃子が可愛くて可愛くて仕方がない。

…その姿を誰にも見せたくないし、

ずっとこうして眺めていても飽きることがない』



『ふふっ、大好きな基経にそんなふうに思われていて幸せ…ありがとう。

この桃色の組み紐は、私の名の『桃』で、

基経をあらゆる魔から遠ざけるまじないよ。

これを付けると、より可愛くて素敵でしょう。

普段の束帯そくたい直衣のうしの時はもとどりに結ぶと良いわ。


でも、手古だった時の可愛いあの角髪みずらが私とても大好きだったのに…見れなくなるのは凄く寂しい…

2人きりの時には、たまには見せてね』



『胡桃子、ありがとう。この組み紐、大事にする。胡桃子にならいつだって、見せるのは大歓迎だ。出仕用の装束でも角髪でもこの姫君の姿でも。』





さて、そろそろ、さっきのお楽しみの続きをしようかと基経はにっこりと笑って、

せっかく着付けた胡桃子の衣を脱がし始めた



『今日は裳着と婚姻の練習ということで、隅々まで胡桃子の成長を観察したいのだ。

毎日、このように愛でているからよくわかる。

心配しなくても、胡桃子もちゃんと成長して大人になってきていることよ。

この柔らかい膨らみもふっくらとしてきて、

私のよりも膨らんでいる。


最近、初めての月の物が来ただろう?


私も半分くらいは女子の身体だから、少し前に月の物が初めて来たのだが、布に滲む程度でしか無かった。

最近、特に思うのだが、

私よりもそなたは女子なのだと実感する』



基経は着ている藤色の表着と袿を脱ぎ、普通の男子よりも僅かに膨らみのある胸を胡桃子の膨らみにピタリとくっつけて、可愛らしい

桜桃のようなお互いの突起を擦り合わせる



『気持ち良いな…先端がぷっくりとしてきた…』



『…ひゃあっ…そんなに見つめないで…

恥ずかしい…

前世の記憶でよく知っているはずなのに、

手古から基経に…大人の姿になって初めてするせいか、何だかいつも以上に恥ずかしくて…凄くドキドキしてしまうの…』



奥に熱を宿す潤んだ瞳で興味津々に胡桃子の身体の隅々までじっくりと眺めている基経に、胡桃子は、恥ずかしさのあまり、

顔を両腕で隠す



『…見られているだけで、感じるのか?

何とも愛しいことよ…』



基経はそう言い、

胡桃子のあふれ出てくる蜜を指で掬いとり、それをペロリと舐めとると、


『以前より蜜の匂いが濃くなった気がする

前から気になっていて初めて口にしたが、甘葛煎よりも蜂蜜よりも美味で…幸せな気分になれる…

この極上の蜜を味わえるのは、私だけの特権だな』



『…凄く恥ずかしい』



基経は胡桃子の白磁のような柔らかな膨らみの上でぷっくりと桜桃のように色付き、プルリと主張している突起を口に含み、吸い付く


『ひゃんっ…そんなところ吸わないで…んっ…』


『私がこうしてこの可愛いらしい突起を愛でるごとに美味な蜜があふれ出てきて…

…良い眺めだな』




基経が濃き色の袴の紐を解くと、

その女人にしか見えない姫君姿には凡そ似つかわしくないものが天を向いてそそり勃ち、透明な雫を垂らしている - 


同時に、彼の身体の女人の部分からあふれでる蜜がしとどに垂れていた




『…そろそろ、私のこれが欲しいか?』


基経がそれを撫でながら言うと、


『…ぅん…基経のをたくさんちょうだい…』



基経が胡桃子の中にゆっくりと入ってきて、

その秘めた熱い猛りを奥まで埋める



『…基経に充たされていることが幸せ…』



『…胡桃子、嬉しくて愛しい…私もとても幸せだ…』



愛しい胡桃と繋がっている多幸感とその心地良さに、基経は切なげな声を絞り出す

  


『はぁっ…胡桃、胡桃子、愛しい、大好き…

もっと私で感じておくれ…私以外、何も考えられなくなるくらいに私で満たしたい…』




『その儚い月草が甘露を宿したなら、

そなたの身体の奥までこうして何度もたくさんいて、私の愛を何度も注いで、

私の色である紫藤色でその心と身体を染め上げて…私だけの胡桃子という願いを込めて』



『基経、大好き。嬉しくて幸せ…何度でも

基経の色で私を染め上げて…

私は、私の『桃』で基経を包み込んで、

あらゆる魔から遠ざけていつも守るわ』





基経はその一度ではまだまだ睦み足りなくて、貪欲に胡桃子を何度も求め、

彼女の心と身体の隅々まで堪能した



お互いの愛の余韻である蜜と精の匂いが香炉から漏れ出る温かみのある甘く華やかな菊花の香と混ざり合って、塗籠の中を満たしている -





朝が来なくて、ずっと永遠に永久に、胡桃子とこうして繋がっていられたら良いのに…


基経はそんなことを思い、苦手な和歌を詠んだ


後朝きぬぎぬの文として




夜もすがら 君を愛して 幾十度 

乱れ染めにし 我が心かな 



一晩中、貴方を何度も何度も愛して

私の心は貴方のせいで乱れるばかり -





大人になったという意識のためか、

以前よりも一段と濃密になった睦み合いが

三夜続き、婚姻を模して三日目の夜に、紅白の三日夜餅みかよのもちひを2人で仲良く食べた



基経は『元服のお祝いとして餅が食べたいです、将来の練習も兼ねて』と親王達にお願いし、用意周到に餅を手配していた


親王達にとっても、将来の婚姻の確約が取れたと感じたのか、嬉しそうに餅を手配してくれた




『普段はそんなに食べられないし、美味だが、餅は霊力を宿すと言うし、全部食べ切ってしまうと、今日の日の胡桃子との思い出も消えてしまいそうで…何か良くないな…』とひとりごちて、基経は気持ちばかり餅を残しておく



『それに、私は餅よりも胡桃子のもちもちとした餅みたいな柔らかな膨らみの方が好きだな…』




胡桃子は基経の呟きに赤面しながら下を向いて、一生懸命、小さな口に餅を少しずつ入れて食べている



もっとも、そんな特別な日を名残惜しいと思い、餅を残す人が一定以上いたのが習わしとなっていったのか、

後世、男子はそれを食べ切らないこと、が

作法となったのだが…





因みに、その日の夜、

2人が仲良く三日夜餅を食べている姿を

長良や親王達が夢に見たとか -





後書き

*月草=露草の古名。

小さな儚い露草の花に宿る露は、前夜の雫を宿したかのように思えるが、実際の露草に付いている露は、自らの水孔から排出した水だそうです。

吸い込まれそうな瑞々しい露草の神秘的で綺麗な色合いは古来から好まれ、その花の汁を染料として使用したことから、搗き草、着き草が転じて月草と呼ばれました。

しかし、この色は染まりやすい一方で、水に溶け、移ろいやすい色でもあり、露草が朝に咲き夜には萎んでしまうことや朝露は儚く消えてしまうため、儚さの象徴として万葉集の歌にも詠まれました。


*平安時代初期〜中期の装束について

794年の平安京に移りたての頃は、奈良時代に引き続き、唐から伝わった古来の装束を身に付けていたと考えられますし、現代から見て、誰もが平安時代と聞いて思い描く清少納言や紫式部の時代は十二単(唐衣裳姿、女房装束)が主流であることは貴族の日記や残されている資料で推測されます。ところが、このお話の主人公の基経や胡桃子が生きた時代は記録として後世に残るような貴族の日記も無く、装束について書かれた資料がほとんどありません。この頃は、唐風文化隆盛の嵯峨朝から国風文化が華開いたと一般的に言われている宇多 - 醍醐朝のちょうど中間、変遷期真っ只中(色々なものや事が日に日に移り変わっていった時代。尚、左近の梅が桜に植え替えされたことを始め、国風文化の土台的なものは既に仁明朝に出来上がっていたと推測しています)であるため、普段着などでいち早く、既に十二単に通ずる衣や襲の色目が流行っていたと考え、

さらに、変遷期ということで、色々と旧と新の装束が混じっていそう…と推測し、以前の唐風の装束の特徴的な飾り布でもある領巾も着せて、描きました。

挿頭の花についても、宮中の行事などで男子が付ける以外にも、普段、邸の中にいる女子がそれに憧れて付けることや、夫や家族から貰って付けることもあったのでは、と推測し、工夫して描いております。

また、男子の装束についても、時代の変遷期だと言うことを加味し、物語の雰囲気にも合う様、柔軟に考え、同じように工夫して描いております。

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