第7話 - 養嗣子契約の悲しみと初夜 - 手古14歳

-それから、3年後



849年彼が14歳のとある初冬の日、

父長良ながらの弟、すなわち叔父である良房よしふさに呼ばれて、枇杷殿びわどのと小径を挟んで真向かいにある良房の住まう東一条第ひがしいちじょうだいに向かった


そこで、良房は手古てこをぜひとも養子にしたいと懇願した


良房の子に男子がいないことは父である長良から聞いていたが、そもそも彼は正確に言えば男子ではないのだから、父がそのあたりをどのように良房に説明したのか、していないのか、手古は気が気でなかった


『そなたの父である長良から聞いたが、

手古、そなたは男子でも女子でも無いのは誠なのか?』


良房が問う


手古は驚いた

ほとんどいつも無表情なので、驚きも悲しみも顔には出さない彼だが、内心、動揺してしまっていた


良房の養子になると言う話ではなかったかのか、全くそれとは見当違いに思えるその問いに私はどう答えたら良いのか-

手古は困ってしまった



『まぁ、言いにくいことではあろうからな』


良房がにやりと笑いながら言う



このままじっと、だんまりと何も言わないのも問題がありそうだ -

嘘を付くのも、万が一ついた嘘がバレた際に怒らせてしまったりすると面倒そうなので

真実をただ簡潔に言うことにした



『…珍しいのかもしれませんが、そうです』



『そうか、では、わしの稚児にして閨房術けいぼうじゅつを教え込むとするか、表向きは養嗣子ようししとしてだが…』



『…』


手古は良房の放ったその言葉にショックのあまり、暫く身動きができず、動けないでいた -

 


何の考えでそんなことをする必要があるのだろうか…

恥ずかしさと怒りが沸沸と湧いてくるが、

ほとんど感情が表情には出ないため、

良房には自分が何を思い、考えているのかはわからないだろう



- 父上は要らない子供である私を捨てたのだな


心の中でそう思った




『今日はわしも色々と忙しくてな、

だが、わしの稚児として教育せねばならぬことが山程にある、一ヶ月後にまたこの邸に来い』



『 - はい。宜しくお願いします。』


そう言い、良房の前で拱手し、深々と礼をした後、静かに退出した



放心状態だったのか、どのように自邸に帰ったのか、覚えていなかった



手古は自邸の塗籠の中に戻り、畳の上に寝転がった

何だか悲しくてむしゃくしゃとした気持ちになり、その嫌な気持ちを解消しようと、

無意識に心に胡桃を思い描いていると鏡の中には彼女が現れた


彼女は心配そうにこちらを見つめている -



この世で一番恐ろしいのは、怨霊ではなく、

生きている人間の悪意だ


人は孤独の闇から生まれ、孤独の闇へとまた還っていく存在だと、手古は物心ついた時にはそう思っていた


小さい頃から両親に放って置かれ、乳母や周囲の人達からもよそよそしく接しられ、

手古は悪意と孤独が当たり前の中で育った


だから、人と馴れ合うことは嫌いだ

その場の雰囲気や立場に合った対応や表情を作るだけで、心の底では何も良いとは思えない


だが、彼女だけは違った -

毎日、鏡の中の胡桃くるみに会っているうちに、

手古にとっては特別な存在、

唯一心許せる何がなんでも失いたく無い存在に、胡桃はいつのまにかなっていた


胡桃の心も体も全て-自分だけのものにして、側に置きたい…


そんなことを思っていたためか、

彼女とたわいもない話をした後に、何だか、下腹部がムズムズと熱くなってきた



履いていた袴を脱ぎ捨て、

おのずと、手古は自身の熱くなった下腹部に手を伸ばすと、

想像の中の胡桃は真っ白な肌を晒して、

自分に組み伏せられていた


胡桃の陶器のような、すべすべもちもちとした肌を抱きしめると幸せな気持ちでいっぱいに満たされるのを感じる


ギュッと抱きしめながら、

心と身体すべてで胡桃へ向かう愛しい、

好きで溢れんばかりの熱い思いを注ぐ


『手古が好きなの…』


『ああ…たまらなく、胡桃が可愛いくて愛しい…』


『…ごめん…痛むのを承知で、それでも胡桃とひとつに溶け合いたい…あんな酷いことを言う叔父なんかに汚される前に、私の初めてをそなたに捧げたいのだ…』


手古の涙が胡桃の頬や目蓋を濡らす


-そんな手古が胡桃は愛しくて、

『痛くてもそれさえ愛しいの…私も手古が欲しいの…お願いちょうだい…』


胡桃は手古の髪と頬に触れて、撫でながら、そっと口付けした


たまらなく、愛しさが溢れ出して

痛みと愛しさでいっぱいになり、何も考えられない


塗籠のなかで、甘くまろやかな伽羅の香が

夜の帳に溶けて、しとやかに薫っている


陶酔感に意識が揺蕩っていると、

ひとりで妄想していたはずなのに、

何故か胡桃が目の前に美しい肌を晒して、恥ずかしそうに顔を伏せて横たわっていた-


鏡の中から出てきてくれたのは、嬉しいが…


胡桃とそういうことができたらよいのになと最近ずっと思っていたけれど…



手古は気まずさと恥ずかしさで困ってしまった-

話し掛ける言葉のひとつも動揺してしまって出てこないので、そのかわりに涙を流して恥ずかしそうに俯く胡桃をギュッと抱きしめる-


胡桃を抱きしめると、懐かしいような記憶が流れ込んできた

今日と同じように、彼女と初めて睦み合った夏の日の夜-


隣で寝ている彼女が寝言で

『基経様、好きよ、大好き…』と言って、

背中に抱きついてきた


彼女の甘い香りと柔らかな身体が背中越しに単一枚を隔てて生々しく伝わってくる


身体が熱くなるのをじっと耐えていたが、

暫くすると、彼女は寝返りを打ち、背中から離れていった


私は気になって彼女の方に身体を向けた


そして、私が欲しいと懇願する彼女が愛しくて…可愛くて…私のものにしてしまった-


痛いけど嬉しいと涙を流す胡桃を

あの日、初めてにも関わらず、

その後も夜もすがら愛して…

『…ああ、胡桃は前世で私の妻だったのだな』と、淀みなく流れてくる記憶で思い出す-


前世にいつのまにか飛んでいた意識が戻ると、


『あの世界では14歳も歳が離れていたけれど、魂が同化してしまっているせいか、今回は一緒に成長できることが嬉しい』


腕の中にいる、胡桃にそう告げる-



胡桃は柔らかい笑顔で微笑んで言う

『思い出してくれて、私も嬉しい。どの世界にいたって、手古と一緒なら私は幸せよ』


胡桃が手古をギュッと抱きしめ返しながら

耳元で囁く-

…あのね、恥ずかしくて言いにくいけれど、

手古が『…私と睦み合いたい』って願うと、

その願った日の終日は鏡の外に出られるの…



手古は実体化した胡桃に会いたいがためもあり、また、いざ実体化すると、彼女の薫り、もちもちとした肌や可愛さにたまらず、もっと隅々まで彼女を知りたい、触れたい…と思い身体が熱くなってしまうのが、かなり恥ずかしい…



だが、

『皆、私のことを気持ち悪いと思うか、

好奇の目でみるか、でしかないのかな…』


そんなふうに悩んで塞ぎ込んでいると、


手古の性別なんて関係なく、

『手古が手古だから好きよ』

と、いつも言ってくれる胡桃を愛しい…もっと近くに感じたい…心も身体も繋げたいと思う気持ちは止められない-



その日以来、ほとんど毎日彼女を抱き枕の様に抱きしめながら、眠りに落ちることが世知辛い毎日の中での手古の幸せになっていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る