「Z先生」と初めて呼んだ日
台風に授業を飛ばされた翌日。
この日は通常通り、授業を再開していた。
「昨日の台風、あれ何だったんですかねー」
Z先生に席を案内されてから、中三の時の自分としては珍しく、自分から話しかけていた。
「あー、ねー結局来なかったね」
「私、台風好きなんで、すごい悲しかったです」
事実を言ったのにZ先生は呆れた顔をして
「ちょーーーっと何言ってるかわからない」
と言って私のことをからかった。
「本当のこと言ってるんです!」
と私が言い張っても、Z先生が信じてくれる様な様子はなかった。
それから何事もなかった様に始まった授業。
この日の授業はかなり理解に苦労していた。
Z先生に何度説明してもらってもわからない。それでもZ先生に申し訳なかったので、「理解した?」という返事に「はい」と答えて、問題を解き始めた。
本当はわかっていないのに問題が解けるはずがない。
「この問題、どうやって解くんだっけ?」と悩んでいるとZ先生が私のそばで顔をのぞかせた。緊張して、手が止まってしまう。どきどきし始めてしまった。
Z先生が私の解いてる問題を見てる・・・
実はこれ、Z先生の授業あるある。
よくZ先生は生徒が解いている問題を横から覗いていた。
Z先生は私が問題を間違える度に
「ここ、違うよ」
とか、
「これはこうやって解くんだよ」
と言ってお手本を示してくれる。
でも黙ってZ先生に私の解いている問題を見つめられると私は焦ってしまうのだ。
この時もそのパターンだった。
どうしよう、先生に助けをもとめるべきかなあ?
でも、さっき説明したばかりなのにって呆れられないかなあ?
心のなかで自分に相談する私。
Z先生に解いている姿を見られると脳内がパニックになって問題の解き方が頭に浮かばなくなるのだ。
いわゆる、「思考フリーズ」っていうものだろうか。
「Z先生・・・」
気がついたら、私はZ先生のことを呼んでいた。
私はこの時、初めてZ先生のことを名前で呼んだ。
一緒にいてもう半年が経っていたのにも関わらず、ずっとZ先生のことを「先生」か「すみません」、あとは「あのー」という3通りでしか呼んでこなかったのだ。
何故なら、「先生」という存在を名前で呼ぶことが恥ずかしかったから。
学校でも先生のことをただ「先生」と名前をつけずに呼んでいた。
そもそも先生のことを名前で呼んでいいのか、という疑問があったから。
もし名前で呼んで、慣れ慣れしい人だと思われたら・・・それが怖かった。
だからあえて、ずっとZ先生のことはずっと「先生」呼ばわりしてきた。
でも、なんで、今日に限って・・・
何故かわからないが、Z先生のことを名前で呼んでしまったのである。
顔が、かあっと熱くなる。
恥ずかしい・・・
そう思っていた。
が、案外、Z先生は全く気にしていない様子だった。
ニコッと笑って、
「ん?」
と返事をしてくれた。
「ごめんなさい・・・ここ・・・もう一回説明して頂けませんか・・・?」
「これ?あ、いいよ。えっとねえ」
嫌な顔一つせず私がわからないと言った問題を説明し始める。
私にはそんなZ先生が神様に見えた。
冗談ではなく、本当に。
何度わからないと言って同じ所を質問してもZ先生は、
「ああこれ?いいよ」
と言って丁寧に説明をしてくれるのだ。
Z先生はよく自分で持ってきた裏紙を使って生徒に解説をするのだが、参考までに説明に使った裏紙を持って帰りたいと言うと、
「あ、裏紙いる?いいよ」
と言って嫌そうな表情を少しも見せずにに裏紙をくれた。
「ありがとうございます。助かります」
と言うとZ先生はそっけない顔をして
「あー、いーえー」
と返すだけだった。
この事件以来、私がZ先生のことを呼ぶバリエーションが増えた。
「先生」「すみません」「あのー」
「Z先生」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます