どきどきの瞬間の翌日

 Z先生に惚れさせられた翌日の夕方、2つ連続でZ先生の授業が入っていた。


 昨日のあのどきどきがまだ忘れられずにいた。


 今日のZ先生、どんな感じなんだろうなー。

 会うのがちょっと恥ずかしいなー。


 塾に行くまでも道のりでも昨日あったあの事件のことを思い出してはあのどきどきの感覚を楽しんでいた。


 塾の扉を開けると相変わらず混雑していた。いつもなら受付にいるZ先生の姿を探す。この日のZ先生は受付にいなかった。



 あ、なんで私、勝手にZ先生のこと探してるんだろう。

 教室でどうせ会えるのに。

 何やってんだ、私。ただの変人じゃん。


 いつの間にか私の目はZ先生の姿を追っているのだ。


 教室に入ろうとすると入れ替わりの他の生徒が出てきた。Z先生も一緒に、だ。

 どきっと私の心臓が音をたてた。私とZ先生の目が合った。


「こんにちは!」


 一応、挨拶くらいはしなくっちゃ、と慌てて挨拶をする。照れ笑いが漏れた。


「こんにちはー」


 返ってきたのは真顔の挨拶。あ、私変な人って思われたかな。


 Z先生の真顔の挨拶に落ち込みながら椅子に座り、リュックから数学のテキスト、裏紙の入ったファイル、そして英単語帳を取り出した。


 そっけない挨拶をされるといつもこの繰り返し。


 Z先生も小悪魔なんだよな、いつも私の気持ちを振り回して。


 とりあえず、気分転換にいつもの英単語帳を開くことにした。適当に開いたページの単語を覚え始める。といっても今日はなんだか頭に入ってこない。勝手に脳裏にZ先生のことが思い浮かぶのだ。


 Z先生、まだかな?早く話したい。


 自分でも無意識にZ先生のことを意識してしまっていた。


 Z先生のことを考えていたら、張本人が教室に入ってきた。


「よっこらしょっ」


 とおじいちゃんみたいなことを言って私の横に座るZ先生。


「昨日はすいませんでした、お騒がせしてしまって」


 Z先生が急に謝罪をしてきた。


  え?私かな?


 英単語ノートを閉じて、念の為にZ先生の方を見る。

 Z先生はしっかりと私の目を見ていた。


「私ですか?」


「そう、お姉さんに言ってるの」


 私は思わずにやけた。本当は全く怒ってもいないし、むしろ嬉しかったけど、あえて口を尖らせることにした。


「ほんとですよ先生!昨日めっちゃ怒られたんですからね、お母さんに!」


 怒られたのは嘘。心配はされたのだが。


「ごめんなさーい!」


 顔は笑いながらも再び謝罪してくるZ先生。


「許しません」


 いつもZ先生が他の生徒も含め、いつも言っていることをZ先生風

に言ってみる。するとどう言う訳かZ先生はツボに入っていた。


「え?それ誰の真似?」

 

 笑いながらZ先生に尋ねられたので、私も笑いをこらえきれずに吹き出してしまった。


「先生の真似です」


「俺!?俺、そんな風に言うか?」


「はい」


「絶対似てないって」


「似てますって!」


「いや似てない!」


「似てます!」


「じゃあもう勝手に似てるって思ってて下さい!」


 呆れ顔で笑うZ先生。つられて私も笑顔になった。


 ここからはいつもの真面目ムード。中1の復習も終わり、この頃から中2の復習に入った。とりあえず苦手な所を把握する為にZ先生が持ってきた中2の総復習の問題を解いた。


 やっぱり中2の最後に塾に入ったのでそれまでカバーしていなかった範囲にかなり苦戦していた。わからない所を飛ばしていたので早めに終わってしまった。


  シャーペンを手に持ったまま横をちらっと見るとZ先生は隣にいた高校生くらいの男の子に解説をしていた。しかも数学ではなく英語をだ。


 この先生、どれだけ柔軟性が高いんだ。


 と感心しながらZ先生の方を見ているとZ先生がこっちを向いた。反射的に私は視線を総復習問題に目を向けた。


 が、ばれてしまっていた様だ。


「あ、終わった?」


気がつかないふりをして、問題に視線を移してみる。


「D村氏」


 え?氏?今、私のこと、氏ってつけた?


 どきっとした。


「私ですか?」


 どきどきしていることに気がつかれない様に平然と笑顔で言った。


「それ以外、誰がいるんですか?」


「いや、先生よくいろんな人のこと呼んでますから・・・」


 自分でもよくわからないことを口走っていた。


「ちょーっとよくわからないなあ」


 そう言うZ先生の顔がいたずらっぽくて面白かった。

 だから私は失礼ながら、吹き出さずにはいられなかった。


「お姉さん、人の顔見て笑うとか最低でしょ」


「いや、だってZ先生が変な顔するからですよ」


「俺の顔が変だって言いたいの?」


「違います!」


 そう言いながらも私は笑うことをやめられずにいた。


 ずっと笑い続ける私にZ先生は呆れて首を振り、わざとらしくため息をついた。


 





 



 


 

 

 

 

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