塾から逃げ出したくなったあの日

 ずっと楽しかったはずの夏期講習。

 でもこの夏期講習で最も辛くて苦しい授業が訪れる。


 それはある7月の下旬のことだった。

 いつもの様に塾に行くとお向かいの生徒は珍しく女子だった。

 最初は彼女のことをよく見ていなかったので、お向かいが女子だと喜んでいた。

 

 この人に話しかけてみようかな。自分と同い年なのかな。


 少しだけ期待した。でもそんな期待は無駄だった。


 彼女は私とは正反対の人間だった。

 いわゆる「ギャル」という分類。見た目もかなり可愛かった。コミュ力もかなり高い。常に周りには友達がいて塾にいる間、ずっと騒いでいる。彼女は人気者だった。


 先生にもタメ口しか使わない。私は目上の人にタメ口で話す人が大嫌いだった。だから、この女子高生の態度を見て、申し訳ないが一気に苦手意識を持った。


 始め、彼女は私と同い年だと思っていたが、あとで高三の受験生でこの年で塾を卒業するとわかった時、どれだけほっとしたことか。


 嫌いとは言わないが、私からすれば苦手なタイプだった。根暗で無口で塾で1人だった私にはそんな彼女に「妬み」「嫉妬」という感情があったのかもしれない。そう悟った時、私って最悪な人間だと思い、ずっと彼女とZ先生がいると辛かった。


 女子高生は授業開始早々からZ先生に話しかけ続けていた。


「ねー、先生」


 そんな感じで授業開始前からZ先生に向かって話し出す。授業が始まってからずっとそんな感じ。


 気のせいかもしれないが、初めて会った時、根暗の私を険しい目で見てきたことを忘れてはいない。一瞬私の方に目をやってまたすぐにZ先生と喋っていた。


 きっと全てが充実している人なんだろうな。なんか、Z先生も一緒に話していて楽しそうだな。そう思っているといつも根暗で無口な私がすごく情けなくなった。まるで神様から拷問を受けている様な感覚だった。


 神様、ひどいよ。なんで私をいつも1人にするの?ねえ?

 神様はいつも答えてくれない。私が苦しんでいる時間をいつも楽しむんだ。



 

 ずっと地獄だった。Z先生から指定された範囲をゆっくり解いていたとしても、横でずっと話し続けるZ先生と女子高生。これはやきもちとかいう感情を超えて、辛いという気持ちの方が勝っていた。


 大好きな人が目の前にいるのにろくに話せない。そしてあろうことか話す相手は大の苦手なギャル系女子。今にも声をあげて泣きそうだった。


 別に女子高生とZ先生が悪いと言っている訳ではないが、とにかく悲しくてどこか遠くへ逃げ出したいとずっと考えていた。


 私はこの時、女子高生と楽しく話すZ先生が嫌いになった。




 いつもはあっという間だった2時間が今までにない長すぎる時間となった。

 時計の針をちらちら見ても、時計の針はゆっくりと残忍に動いていった。


 そして授業はようやく終わりを迎えた。それでも喋り続けるZ先生と女子高生。

耐えきれなくなっ私は早急に荷物をまとめ、Z先生に挨拶もお礼も言わずにに黙って教室を出て行った。Z先生もそんなのお構いなしだ。


「塾なんて大嫌い、もうこんなとこ来たくない」


 

 そう心の中で叫んで塾の扉を押し開けた。


 


 そして家に帰宅すると私は声をあげて泣いた。


 なんで私、妬みっていう感情を持っちゃうんだろう。

 

 なんで私って上手く喋れないんだろう。

 

 なんで私は自分のことを気にかけてくれなかったって理由だけで人を嫌いになっちゃうんだろう。

 

 なんで私っていつも1人なんだろう。

 

 なんで・・・なんで・・・!!!




  私って何の為に生まれてきたの・・・?


 


 当時、父は出張中だったので母しかいなかったが、あの時、どれだけ母に迷惑をかけたのか、計り知れない。


 


 本当はこの人との授業でもっといろいろなことがあったのだが、今でもトラウマが残っていて書くと辛くなってしまう。だからあまり書くことができないが、その後も沢山のことが起きる。


 この授業の日以来、塾に行くのが怖くなってしまった。自習中によくその女子高生とその友達の楽しそうな会話が聞こえ、Z先生や他の先生とも話している姿を目撃すると胸が締めつけられた。


 なんで、私は思う様に話せないんだ。


 なんで私には塾に友達がいないんだ。そのことで何度両親に当たり散らしたことか。今では申し訳なく思うが当時は本当に辛かった。


 そんな女子高生たちの集団とZ先生、いや、塾全体をさけるために私は人里離れた図書館の自習室に通い始めた。そしてこの頃は家族との喧嘩も多発していた為、自然と図書館は私の「逃げ場」になっていた。


 何もかも嫌で全てを投げ出したくなった時に図書館の自習室に行くと気がとても落ち着いた。受験生だけでなくあらゆる世代の人が勉強しにきていたので、それによって1人じゃないという意識が強まって、より一層勉強に集中することが出来た。図書館は、私の心の傷を癒してくれる場所だった。


 外からはなごやかな街並みがよく見え、夜にはライトアップがされた。

 ひとりぼっちではあったが、私は図書館から見える景色によく励まされていた。

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