自習室と立体を作りあげるZ先生
夏期講習の時は休まず塾に来ていたが、受験生にも関わらず、夏期講習の最初の1週間は塾が終わったら速攻で帰宅していた。それは一刻も早く宿題を終わらせる為。
そして1週間が経った頃には20個以上もあった宿題も国語と数学のドリル以外は全て終わらせるという異例の快挙を遂げた。
そしてようやく本格的に始まったのである。受験生としての戦いが。
学校の宿題を終えてからその反動でほぼ毎日塾の自習室に来て勉強をし始めた。
最初は自習室で3時間勉強していたが、徐々に自習室にいる時間を増やしていった。自習室には毎回、沢山の人でごった返す。そこで朝早くに自習室に来ることにした。
夏休みだったので自習室は9時から使えた。9時に塾に来ても半分以上の自習室はすでに埋まっていた。
大学受験の人も高校受験の人も、たまに中学受験の人も自習室に来ていた。私からした皆が同志であり、ライバル。
だから絶対に負けたくない、という思いで日々勉強に力を入れていた。ずっと自習室にいると、時の流れがよくわかる。沈黙の自習室で始まり、そこから最初の授業の時間がきて徐々に人が増えてくる。
同時に授業中の声も大きくなっていく。
そして昼頃には塾全体が大混雑。授業の合間の休み時間は特にだ。朝にはあれほど静かな環境だった自習室も昼にはすっかりうるさくなってる。「自習をしている人がいるので自習室では静かにしてください」という貼り紙がしてあるにも関わらず!世の中にはそんなことを守れない人もいる。
当時は受験生でかつ規律をきっちり守る性格だった私はそんな人たちを見ているといつもいらいらせずにはいられなかった。
今思えばこのいらいらはもしかしたら皆に友達がいる、という妬みから来ていたのかもしれない。周りの人はみんな地元の生徒で友達と一緒の塾に行く人が多かった。
だから塾に友達がいず、極度の人見知りの私は常にひとりぼっちだった。今でも思い出すだけで寂しくなる。Z先生以外、誰1人として話す相手がいなくてすごくさびしかったのだ。
唯一、そんな孤独な寂しさを紛らわしてくれたのが勉強だった。勉強していると少しは寂しさも薄れるのだ。だから、必死で勉強した。それでも友達とつるんでいる人たちを見ると寂しすぎて泣きたい気持ちになっていたが。
この頃から春期講習の時と同じで、中一の勉強範囲の総復習が始まっていた。自分で買った中一の教材を必死で解いた。中一の問題の時点でつまづいていた私は授業中にZ先生に解説をしてもらい、自習時間にその復習を行っていた。当時は大真面目に数学だけしか勉強していなかった。それくらい数学が危機的な状況だったから。当時は空間図形を必死で勉強していた。中一の数学で最も苦手だった範囲。計算は得意になっても相変わらず、図形は全然だめだった。当時の私は直方体や立方体などの仕組みがよく理解できなかった。
「先生、どうして直方体とか立方体って形こんな風になるんですか?」
ある日、Z先生にテキストを見せて、立方体と直方体の組み立てる前の形がどうしてこうなるのかわからないと抗議したことがある。
「直方体とか立方体って組み立てる前はこんな形なんだよ」
「どうしてですか?私にはそう思えないんですけど」
私があまりにもZ先生に疑問をぶつけてくるのでZ先生はこんなことを言い出した。
「ねえ、はさみ持ってる?」
「はさみですか?」
「うん。ちょっと立体的に解説をしようと思って」
「持ってないです」
「そっか。ちょっと待ってて」
そう言ってZ先生は一旦教室を離れた。
Z先生は一体何をするつもりなのだろう。
そう疑問に思っているとはさみとホチキスを持ったZ先生が帰ってきた。
「裏紙持ってる?」
「はい、持ってますよ」
「ちょっと貸して」
「はい」
たまたま自習用に持ってきていた大量の裏紙の一部をZ先生に渡す。
Z先生はそれを受け取るとはさみで切り始めた。
まさか、直方体を立体化させてつくるのかな?
私の予想は当たった。
しばらくしてようやくZ先生は紙で作った四角いものを完成させた。
「これが直方体ね。直方体を解体させると・・・」
そう言って直方体の形を崩して、一枚の紙切れへと変化させる。
するとどうだろう。
テキストに書いてあった通りの組み立てる前の直方体の形に変わっていたのだ。
「え?すごっ。教科書の図とじゃないですか!」
「だろ?」
そう言ってどや顔する先生。
まだ純粋だった私は素直にZ先生のことをすごいと褒めていた。
Z先生の図解のおかげで、私の直方体・立方体の理解は一気にスムーズになった。
今でも感謝している。
授業が終わり、予約していた自習室に向かおうとした時、
「これ、あげるよ」
と言ってさっきZ先生が作った直方体を私に渡してきた。
でも使い道がよくわからなかった私は、
「いや、いいです。大丈夫です。他の生徒の理解に役立てて下さいと言ってせっかくZ先生が渡してくれた紙の直方体を返そうとした。
「いや、俺もいらないって」
そう言って自分で作った直方体を押し返してくるZ先生。
ここで受け取っても良かったのだが、申し訳なくて受け取れなかった。
しばらく紙の直方体の譲り合いが続いたが結局、
「じゃあいいよ。俺がもらっとく」
と言ってZ先生が受け取ることになった。
Z先生のことだからきっとすぐに直方体をゴミ箱に捨てたに違いない。可哀想に。
あの後、受け取っておけば良かったと自習室でずっと後悔していた。
それ以降、何度かZ先生は図形の理解が遅い私に紙で立体を作ってくれる様になった。
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