立ち直りきれずにいたこと
あの面談から約三日ほどして、E検の結果がネットで公開された。
塾には内緒でひっそりとE検の対策をしてきた。二月から試験対策を始め、そこからずっと単語覚え、リスニング、ライティング対策などあらゆることに時間を割いていた。6歳から続けていた英語の先生のもとで対策の指導を受け、学校ではもちろんのこと、学校の行き帰りを利用してまで受検対策には必死で励んだ。我ながらにまあまあな出来栄えではあった。
今回のE検は受かるかもしれない。
受検が終わった後の自己採点(いや正確にいえばE検準一級を取得していた父が採点)をした後、父が嬉しそうに言った。そう言われて嬉しかったが油断だけはしたくなかったのでな私はずっと「どうせ受かるはずがない。受かると思う時に限って落ちる」とぼやいていた。
そして迎えた結果発表。Z先生の授業がある時と同様に時計の針をずっと目で追い、学校が終わると即時に校門を飛び出した。家までの帰路は約30分。
走っている間も電車に乗っている間もずっと心臓がドクドクと高鳴っていた。
そしてようやく家に着き、家で待っている両親と対面した。
両親が部屋に座って待っている。まるで何か重大な発表があるかの様に。
「お父さん・・・結果は?」
「今、見せるから。早く手を洗ってきなさい」
一旦、手を洗う為に洗面所へ引っ込んだ。その間に父がiPadを取り出してE検の結果画面を検索してくれていた。
父が事前に私の試験結果を見てくれていた。これは別の級のE検を受けた時も同じだった。でないと私はすごく緊張してしまうから。
父の「無」の表情。元から私は「受かってもそうじゃなくても表情には絶対に出さないでね」と強く言っていたことを父はしっかりと守っていてくれた。
父が結果を検索する時間が異常に長く感じた。ついにきたんだな、この時が。
「はい、これが結果」
真顔で父がiPadを私に見える様に机の上に置いた。私は一瞬、目をつぶってから思いっきり見開いた。
結果。
不合格。
え?
理解ができなかった。
あれだけ頑張った。死ぬほど頑張った。時間を限界まで削って頑張った。
はずなのに。
自信はない、って口では言っても、心のどこかで今回は受かると信じ続けていた私がいた。
「・・・なんで・・・・・・なんで・・・!」
私の目からは涙が溢れてきた。
悔しかった。
自分の全てが否定された気がした。
「・・・あれだけ・・・頑張ったのに」
母が私のことを抱き締めた。私は悔しくて、悔しくて涙が止まらなかった。
「・・・なんで・・・なんでなの!?ねえ!どうしてなの!?どうして落ちたの!?ねえ!!」
私は声をあげて泣いた。母の腕の中で。視界が涙で何も見えなくなった。
真っ暗な中で私は泣き続けた。
どれだけ泣いたんだろう。
それでも涙は後から後から頬をつたってきた。
私は母を自分からゆっくりと引き剥がした。
「お父さんも最初不合格って聞いた時、きつねに包まれたみたいになったよ。え?って」
「悔しい」
「悔しいよね。そう、それでね」
父がiPadを拾い上げ、私に詳細をみせてくれた。
「リーディングが69%。リスニングが75%。ライティングが・・・」
「65%」
「そう」
「なんで?でもライティング、一番自信があったんだよ」
「そうだよね。お父さんもはなこさんから話を聞いててそう思った。だからきっと採点官人がかなり厳しい人だったんだよ」
「ふざけないでよ、採点官。私の人生かけてたのに」
人生までは大袈裟かもしれない。それでも私にとってまた勉強を0までしないといけない、というプレッシャーに駆られていた。
「そうだよね、お父さんもそんな気持ちだよ。でもほら、見てよ。−1だって。あとちょっとだったってことだよ」
「もうE検なんて二度と受けないから!」
私はどうすることも出来ず、そのまま部屋を出ていった。
悔しすぎてもう何もやりたくなかった。
Z先生の授業にさえ、行きたくないと思った。
一人で部屋の隅っこにうずくまって泣きはらした。
いまこのことを書いている今でも、当時のことを思い出すと、辛くて涙が出そうになる。涙だけが滝の様に流れ出た。
夜になって布団に入る時間になっても涙は絶えず出てきた。「悔しい」と思うだけで大量の涙が溢れ出てくるのだ。その日の夜は悲しくて悔しくて眠れず、ずっと母に慰められていた。
「もうE検なんて二度と受けない」
そんな決心が固まり始めていた。
次頑張ったってどうせ何かしらの理由で落ちるんだから。
両親にも、そして何年もお世話になってきた英語の先生にまでこの意思を伝え、変わらないままだった。
「あとちょっとじゃない、頑張ろうよ」
そう言われても、私の意思は変わらなかった。今年は受験生。E検の勉強なんてただの無駄。だからもう二度と受けない。悔しい思いはもうごめんだから。
皮肉なことにその翌日にはZ先生の授業があった。
なんでこんな時に限って。
もういっそのこと、こんな世界から逃げ出したかった。
でもこんな理由で塾を休むなんて、許される訳がなかった。
学校が終わってから渋々と塾に向かう。その時の足取りがあまりにも重かったことを今でも忘れていない。
塾の扉を開け、いつもの様に教室に入った時、後からついてきたZ先生に言われた最初の言葉。
「E検どうだった?結果」
一番聞いて欲しくなかった言葉がZ先生の口から飛び出した。
正直、言いたくなかった。でも聞かれた以上、答えることしか出来ない。
仕方がなく、私は思い口を開いた。
「あとちょっとで落ちちゃったんですよ〜先生」
落ち込んでいることを気がつかれたくなかったので私は明るい口調でさらっといった。無理をして笑顔をつくって見せた。
「あ、そうだったんだあ」
Z先生から残念そうな表情がうかがえた。落ちてしまったことにかなりがっかりはしていたけど、Z先生の表情を見て、「あ、Z先生、私のこときにしてくれてたんだな」とちょっぴり嬉しさを感じた。
「でも、あとちょっとだったんですよ、先生。−1だったんですよ」
「ねー。めっちゃ惜しかったね」
「悔しいです」
「また受けるの?」
「それはまだわからないです」
もう二度と受けない、と答えるつもりだったかさっきのZ先生の様子を見ていて、
Z先生をこれ以上がっかりさせたくないと思った。
Z先生は遠くの方を見つけた。
「ああそうなんだあ。え?でもE検何級持ってるの?」
先生、そこをよくぞ聞いてくれました。
「現時点でですか?」
「うん」
「・・・2級持ってます」
「おお〜すげえじゃん」
Z先生の表情が一気に明るくなった。
いつものいたずらっぽい明るさではない、温かい明るさの表情だった。
「そうなんですか?今だったら普通にいそうですし自信ないですけど」
「自信持った方がいいよ、もったいないよ」
「本当ですか?」
暗かった気持ちが一気に明るくなった。
「え?いつ取ったの?2級」
「中二の時です」
「えぐいなあ、俺なんて高二で準2だよ」
「それ以降は受けてないんですか?」
「一応受検目的で取ったからね。そう考えると中二で2級のお姉さんはだいぶすごいよ」
「そう言われると嬉しいです」
「自信持った方がいいよ」
そう言ってZ先生は励ましてくれた。
Z先生の表情は優しさで満ち溢れていた。
Z先生ってこういう時に優しいんだ。
Z先生の優しさに自然と感謝の言葉がこぼれた。
「先生、ありがとうございます」
この時ばかりは素直になれた。
「いいええ〜」
とちょっとあほっぽい返事を返す。
この何気ない返事に私は吹き出してしまった。ようやく自然な笑顔に戻れた。
「え?何が面白いん?」
と不思議がるZ先生。そんなZ先生もちょっぴり笑顔だった。
Z先生のおかげで落ち込んではいてもまたE検を受けてみようかなと言う思考をする様になった。それでも私のなかでは決心が固まった訳ではないが。
それは後の話。
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