愛される先生

 それでも時間が経つにつれ、Z先生から話しかけてもらえることが増えていた。これは事実だ。

 

 Z先生は私と同じで少し変わっている。でも彼の変わり様は私みたいな嫌われるタイピはない。むしろ愛されるタイプの変人なのだ。

 例えば生徒の呼び方。彼は明らかに生徒たちの方が年下なのに彼らを「お兄さん」「お姉さん」と呼ぶ。まるで幼稚園の先生みたいだ。

 

 「お姉さん」と最初に呼ばれた時、最初はふざけて自分のことを読んでいるのかと思っていたが、どうやらそういう訳ではないらしい。真顔でいろんな生徒のことを「お兄さん」「お姉さん」呼ばわりしていた。

 

 そしてどういうわけかたまにZ先生は一人の生徒と一緒に話している時に、他の生徒にも共感を求めるという素振りを見せてくれた。

 きっと誰かを仲間外れにしない様にという気遣いなのだろう。本人は気がついていないと思うが、彼はそんな自然な配慮が出来てしまう先生なのだ。

 例えばこんな風に。


「ねね〜お姉さん。お姉さんはこのお兄さんのことどう思う?この人真面目に授業受けようとしてくれないんだけど」


  真面目に授業を受けてこない生徒のことについて、問題を解いている真っ最中に助けを求められた。必死に訴えられた生徒は弁解する。


「いや、俺真面目に受けてるし!」


「俺はお姉さんに聞いてるの!お兄さんじゃなくて!」


  なんとなくその生徒が可哀想だったので彼のこと助けてあげた。


「・・・真面目に受けているんじゃないでしょうか?」


「ほら〜先生〜、この人俺が真面目に授業受けるの認めてくれたじゃん」

 

 勝ち誇った顔をしたその生徒はZ先生に圧をかけている。

 ちょっぴり睨み顔をするZ先生。おかしくて笑わずにはいられなかった。


「俺君たちの先生やめようかなあ」

 

 手をパキパキしながらZ先生は言った。今度はZ先生が可哀想になってきたので慌てて私が言う。


「いや、入ったばっかりなんでやめて下さい」


「いやでも嘘ついたから許さない」

 

 そして三人で笑い合った。これで人見知りが治ったとは決して言えないがZ先生が話しかけてくれれば、だんだん他の生徒も一緒にいる授業も怖くなくなっていった。それでもまだ敬語が出来ない人には苦手意識を持っていたが。


 Z先生は私とはある意味真逆な先生だった。私は存在自体がかなり薄い人間であった一方、Z先生は生徒先生問わず、いろんな人に愛されていた。

 きっといろんな人を会話に混ぜることができる、優しくすることができる、ムーミンの様なふわふわした雰囲気だったからだろう。彼は誰にでも親しみやすかった。

 

 そして彼には反応が薄い、と言う所があるがそれがまたいわゆる「ギャップ萌え」したのだろう。Z先生の存在自体が癒しであり、彼の担当でない生徒でさえ授業終わりに話しかけていた。彼の周りにはいつもいろんな人が集まっていた。間違いなくZ先生は塾の中ではかなりの人気講師だったはずだ。


 そんな愛されるZ先生だったが私にとって一つ、彼に対して残念だと思っている所があった。

 それはすぐに忘れてしまう所。彼はいろんなことをすぐに忘れてしまうのだ。

 前の授業では非常に盛り上がった話も翌日にはすぐにZ先生の記憶は真っ白になっている。いつも「何それ?」とまるで何も知らなかった様に聞いてくる。仕方なく言葉で説明することが苦手な私は必死に言葉をつないで説明をするのだが、本当に彼の記憶力はどうなっているのだろうか。

 そしてまた話すと「へえ〜そうだったんだあ」と関心なく言われるのだった。


 「ごめん、俺何も覚えてないや。もう忘れちゃったあ」


 いつも冷たくこう言い放たれる。

 最初は責任を持って覚えてろ!と思っていたが慣れてくるともう呆れることしか出来ない。

 

 でも逆にすぐに忘れてしまうZ先生が羨ましいと感じる時もあった。なぜなら嫌なことも簡単に忘れられるから。

 先生に「嫌なこととかないんですか?」と聞いたことがある。

 すると先生は、「いや、俺はねえ、嫌なことはあるけど明日になったらよく忘れちゃうんだよね。だからあまり嫌なことは引きずらないかな。」と呑気に答えていた。


 「どうしたら忘れっぽくなれるんですか、先生?私よく嫌なことあるとすぐに引きずっちゃうんですよね」


「ああ、そうなんだあ。ごめん、俺これ生まれつきの才能だからどうやったら忘れっぽくなるとかわからないやあ」

「いいですね、先生。私にもその能力わけてほしいくらいです。」

「ありがとう。でも、わけることは流石にむりかな、うん」


 私は元々、勉強能力はかなり低くても過去の記憶を長く保つことができる能力があった。嫌な記憶、忘れたい記憶は特にだ。いつもこのネガティブな記憶力のせいで嫌なことを長いこと引きずっていた。

 だから、きっとZ先生はそう言う面では全く苦労していないのだろうと思うと羨ましくて仕方がなかった。しかもこの忘れっぽさは人に愛される力を持っていた。授業が始まる前、他の先生と会話していたZ先生はその忘れっぽさをかなりいじられていたことがあった。


 そしてZ先生は恐ろしく鈍感な人である。明らかに私が落ち込んでいる時も全く気にかけることすらしない。平気な顔をして授業を進めるのだ。

 最初のうちはZ先生から宿題が出たが、次の授業では宿題を出したことを覚えておらず、さらに授業が終わっても宿題を出すことを忘れていることすら気がつかない。だから宿題をやり忘れた日はラッキーだったが真面目にやってきた日は時間の無駄だったと私は嘆いていた。


 私自身もZ先生のことは大好きだったが、生まれながらに愛される才能を持って生まれたZ先生が羨ましくてしかたがなかった。

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