ムーミン先生

 三学期期末試験も終わり、いよいよ春季講習が始まろうとしていた。

 

 実は二月の終わりあたりに春季講習の面談があった。

春季講習について説明を受ける為、その日は母親も塾に来て面談に参加していた。

 初めての春季講習。いや、はっきり言って新しいことを始めるにあたって何事にも「初めて」と言う言葉を使いがちなのだが。後に夏季、冬季と講習を受けるにしろ、

「講習」と言うもの自体が初めてで講習とは実際にどの様なものなのか、面談の前から子供の様にワクワクしていた。面談には塾長とZ先生も同席した。


  正直目の前にZ先生がいると気まずかった。恐らくZ先生も同じ気持ちだったのだろう。むしろZ先生の場合は生徒だけでなく生徒の親までも来ていて、しかも私の母とは初対面だったので尚更緊張したのであろう。

 かわいそうに、Z先生はかなり緊張していて言葉を何度もつっかえながら春季講習について説明をしていた。本人は焦っていたと思うが私はというと、いつもそっけないZ先生が面白くて笑いを必死で堪えていた。

 一方、私の母親もなかなか意地悪な質問をしてZ先生を困らせていた。やはり親子というのは似てしまうのだろうか。Z先生の緊張ぶりを見て面白がっていた私だったが、一つだけドキッとしたことがある。それはZ先生からの私に対する近況報告である。


「解説してわかっている素振りは見せるものの、いざ問題を解こうとすると手が止まってしまっています。」

 

 その彼の報告にはかなり心臓に悪かった。何せかなり細かい所までZ先生はお見通しだったのだ。まだ二、三回しか授業を受けていなかったが意外にも彼の指摘は鋭かった。しかも塾に入ったばかりで大人しくすることしかできず、むしろ指摘なんてされることはないだろうと余裕をこいていた自分がいた。思わず私は苦笑いをこぼした。


「なのでこれからは演習を中心に徹底的に復習をしていきたいと思います。」


この言葉に春季講習は厳しいものになりそうだと予感した。

しかもあいにく4月から一週間旅行に行く予定があった為、春季講習は詰め詰めの状態で塾に通うのだろうと思った。


面談は意外に二十分ほどで終わった。先生方に挨拶をして母親と教室を後にする。

面談が七時くらいに終わり、空腹だったので帰りは母と焼き鳥屋さんに寄り、

私の大好きなつくねとねぎまのたれを買って家で食べた。


 買って来た焼き鳥が並ぶ食卓を母と2人で囲んで食べていた時、母がとんでもなく面白いことを言い出した。


「Z先生ってムーミンに似てるわよね」


一瞬ギョッとした。危うく食べかけていたつくねを吹き出しそうになってしまった。


「え!?な、なんで?全然似てないよ?どこが似てるの?」


母の主張はこうだ。


「顔がのんびりしててちょっとドジっぽい顔してるじゃない。なんかいつもボーッとしてて可愛い感じの先生だよね。だからムーミン谷のムーミンを想像しちゃった。ほら、歌にあるじゃない、ねえムーミン、こっち向ーいてって」


「や、やめてよお母さん!Z先生がかわいそうじゃない!」

そう言って止めようとしたがZ先生には申し訳ないことに自分まで笑いのツボに入ってしまっていた。

 

「あ、あと天才バカボンにも似てるかも」


「お母さん!もういい加減にして!もう塾行く度に先生の顔見て笑う様になっちゃうじゃん!もー本当に最悪ー!」


あまりにも失礼すぎる発言。あの後、母にはきつく口止めをされたが後々Z先生に報告してしまうことになる。だいぶ後の話にはなるが。

とにかくその時の焼き鳥はムーミン騒動のせいであまり美味しさを感じられなくなってしまった。

 

 最初は全くムーミンに似てるとは思わなかったので塾での授業中、特に問題なく過ごすことができていた。が。

 しかし運の悪いことにこの頃はちょうど電車のコマーシャルはムーミンが使われている時期だった。画面に写っているムーミンを見ているとだんだんZ先生に似ている様に思えて来てしまったのだ。

 踊っているムーミンに電車で出くわす度にあの焼き鳥を食べた日の夜とZ先生の顔を思い出してしまう、必死で笑いを堪えていた。それでも笑いを堪えきれずに何度吹き出したことか、数えきれない。

  一番最悪だったのはZ先生に会う時。毎回Z先生の顔を見る度に電車のコマーシャルで踊っているムーミンを思い出してしまい、笑わずににはいられなかった。

 Z先生の前で「先生、ムーミンに似てますね」なんて言える訳もなく毎度笑う度に

「人の顔見て笑うとか最低じゃん、意味わかんない」とZ先生に怒られる始末だ。

 どう考えても私は人間として最低なことをしている。でもムーミンに似ていると言い出したのは私ではない、母なのだ。


 いつしか母と私でZ先生の話題になった時、母は密かに「ムーミン」呼ぶ様になっていった。別に母は悪気を込めてそう呼んでいるのではない。むしろ親しみを込めてZ先生を「ムーミン」と呼んでいるのだ。その影響もあってか時々その日1日を振り返る日記をつける時にZ先生と書くのが面倒で「ムーミン」と書いていた時期もあった。

 あれからずっとムーミンを見つける度にZ先生を思い出して笑う様になってしまった。


 

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