Ⅴ 竜同士の戦い (1)
「全員、突撃ぇーきっ!」
ハーソンの号令一下、ついに闘いの火蓋は切って落とされた。
「帆をたためーっ! 半分は武器をとって両舷を固めろ! 残り半分はそのまま操船だ! 脇腹へ回り込めーっ! 真正面だと火に焼かれるぞーっ!」
「オォォォーっ! ……オーエス! ……オーエス…!」
ティビアスはかねてからの決め事通り船乗り達を半分に分け、戦闘要員を除いた残りの者達は息を合わせてオールを漕ぐ。ただし、そのままドラゴンへ向かって直進するのではなく、船尾に付いた舵を取ると、海面に弧を描きながら敵の右横へ船を突進させてゆく……脇につけて取りつこうという戦法だ。
オオオオオオ…。
「うわ熱っ! 水だ! 水をかけろーっ! 船が燃えちまうぞーっ!」
だが、それに気づかぬ敵ではなく、ドラゴンも低い唸り声をあげながらその巨体を右へ旋回させると、案の定、ティヴィアスが恐れていたように口から紅蓮の炎を吹きかけてくる。
「おい! もっと水を汲んで来い…うわあっ! あ、危ねえ……だめだ。これじゃあ近づけねえ……」
また、樽に海水を汲んで消火に当たろうと船首へ駆け寄る船乗り達だったが、すると今度は鋭い爪の生えたドラゴンの前肢が襲いかかり、危うく引き裂かれそうになった者達は慌てて船首から遠ざかってしまう。
「その腕は俺がなんとかする! おまえ達は消火に集中しろっ!」
それを見て、やはり先祖伝来の〝ラウンドシールド〟という大きな円盤型の木製盾を手に取ると、ティヴィアスは船首目がけて突っ込んでいった。
「このハリボテ野郎が! 俺が相手だ! うくっ……おりゃあああっ!」
振り下ろされる巨大な前脚を時に盾で受け止め、時に戦斧で打ち払ってティヴィアスは勇猛に立ち向かう。
「今のうちに水を撒けーっ! 船が燃やされたら勝ち目はないぞーっ!」
その間に火の付いた船首には急いで海水がかけられ、とりあえずはなんとか鎮火することができた。
「まずは、あの炎をどうにかせんといかんな……メデイア!
だが、またいつドラゴンの息吹を食らい、火が付くとも限らない……ハーソンはメデイアの名を呼ぶと、先程話していた悪魔の力による支援を頼む。
「はい! 騎士公爵エリゴス、ハーソン団長に秘密を見通す眼を授けてください。お願いします」
「心得た。かの
その声に、あれからずっと三角形の上に控えていた悪魔エリゴスにメデイアが依頼すると、その半透明の騎乗の騎士は快く手にした旗をハーソンの方へ向けて振るう。
そこはやはり悪魔。人間の素性などすべてお見通しなのか? 帝国最強の騎士を意味する
「…! 見える……あのドラゴンの中が手に取る様に覗い知れるぞ……」
ともかくも、エリゴスの加護を受けたハーソンの眼がぼんやり青色に光ったかと思うと、彼の視界にはドラゴンの――改造ドラッカーの内部が透けて見えるようになる……。
ドラゴンの背――即ち天蓋のように被せられた船底の下では、甲板の中央に描かれた魔法円の上でアスビョルドが悪魔を使役し、その前後に二列で並んだ水死体達がせっせとオールを漕いでいる……そのオールこそが、ドラゴンの体の左右に突き出た魚の鰭のような無数の脚だ。
また、大きな爪の生えた二本の前肢も、やはり水死体が操るオールを素体にしたものであるが、こちらはもっと可動域を広くして、自由自在に動くようにしてある。
それは、一種幻術のようなものでもあり、確かにこの船は龍公ブネの力で人々の目に真実〝ドラゴン〟と化して見えているが、そのためにはそうなるべき同質の仕組みが必要であり、即ち、船体やオールはドラゴンの骨格、水死体達はドラゴンの筋肉なのである。
そんな代用の骨と筋肉を動かしてドラゴンを操るための指示は、アスビョルドが首から下げた角笛を吹いて合図としており、あの
オオオオオオ…。
という不気味な唸り声は、どうやらその角笛の音であったようだ。
そして、肝心のハーソンが見たかった炎を吐く仕組みだが、口の中に納められた大砲のような金属の筒には絶えず灯明皿で火が灯っており、その筒から伸びた真鍮の管が長い首の中を通って甲板まで伸びていて、その管に繋いだ革袋の中のガスを送ることで、灯明の火が大きくなって勢いよく炎が噴き出す…という構造であるらしい。
「あの管か袋を断ち斬れば炎を吐けなくなるだろうが……この前のフラガラッハを弾いた様子から見て、あの硬い鱗で覆われた首や胴を斬り裂くのは至難の業だな……」
悪魔エリゴスの力を借りて、その構造を理解したハーソンであるが、それは同時にその破戒が極めて困難であることも彼に理解させる。
「同じ至難の業ならば、いっそのこと一撃でやつの動きを止められる心臓を狙った方が勝機はあるか……即ち、あの腹のど真ん中に隠れているアスビョルドを……」
その状況に、ハーソンはまず強力な武器から潰してゆくという順当な戦い方を取りやめ、一撃必殺の戦法へとその作戦を変更する。
「ティヴィアス! また火を吐くだろうがしばらく堪えてくれ! 俺は〝竜殺し〟のセオリー通り、こいつの心臓を突き刺しに行ってくる!」
「…え? 心臓? そりゃあ、いったいどういう? うぐっ…!」
そして、巨大な爪の相手で手いっぱいのティヴィアスにそう告げると、自身は魔法剣を前方のドラゴンへ向けて掲げ、船首の船縁を思いっきり蹴って跳び出して行ってしまった。
「飛べ! フラガラッハ!」
だが、船からドラゴンまではそれなりの間隔が空いているというのに、彼は海に没することなく、その距離を楽々跳び越えたばかりか、身長より遥かに高いドラゴンの背の上にまで軽々と到達する。
ひとりでに宙を飛ぶ〝フラガラッハ〟の性質を転用し、その柄に掴まることで自らの体も引っ張って行ってもらうという魔法剣の特異な使用法である。これならば、わずかな距離であれば疑似的に空を飛ぶようなこともできる。
「意外やこの背中の上は無防備。取りついてしまえばこちらのものだ。あとは頑丈な扉をどう破るかだが……」
竜の背に見事着地したハーソンは、先程、アスビョルドが姿を現した入口の蓋を開き、そこから内部へ攻め入ろうとそちらへ向かう……。
「おっと。そう簡単にはいかねえぜ、ヒャヒャヒャヒャ…」
ところが、やはり鱗状の金属で強化された分厚いその木の扉は、ハーソンが取りつくよりも先になぜか内側からひとりでに開き、中からはあの、長い黒髪に毛皮のジャーキンを着た大柄の男が姿を現す。
「おまえは……いたのか。その存在をすっかり忘れていた……確かビャルネンとか言ったか……」
若干、驚きはしたものの、ハーソンは立ち止まるとフラガラッハの柄を握りしめて身構える。
「ああ、いたよ。こういう時のためにな…ふぁあ~あ……船倉で寝てたんだが、行ってこいとアスビョルドに叩き起こされた。ま、用心棒としての仕事は一応、しねえとな……グビグビグビ…」
そのビャルネンという大男は扉を脚で閉め、大あくびをしながらそう答えると、なぜか手にしていた革袋の酒を豪快に飲み始める。
「酒を飲みながらとは、ずいぶんと余裕だな」
「ヒャヒャヒャ。こいつはな、マジック・マッシュルームをつけ込んでアスビョルドが作った特別な酒だ。こいつを飲むことで、俺は何倍もの力が出せるようになんだ……グビ、グビ、グビ……ウゥ……ウウゥゥ……ウォオォォォォ…!」
皮肉を言うハーソンに下卑た笑いを見せながら答え、またも酒を飲みだすビャルネンだったが、そうする内にも彼の表情がみるみると変わってゆき、野犬が威嚇するような唸り声をあげたかと思うと、その長い黒髪は逆立ち、焦点の合わぬ両の眼は赤く血走って、まるで獰猛なケダモノのような顔つきになる。
「北エウロパに伝わる
「…ウゥウゥゥゥ……殺ス……全員、ブッ殺ス……ウォオオオオっ…!」
尋常ならざるその様子にそんな伝承を思い出すハーソンであるが、狂人と化したビャルネンは、背中に背負っていた長大で肉厚な剣を軽々と振るい、見境なく突っ込んでくる。
「…フン! ……くっ……これは、少々手間がとれそうだ……ティヴィアスが持ちこたえてくれればいいが……」
その剛腕により振り下ろされた一撃をフラガラッハで払い流したものの、その重たさにビリビリと痺れる手の感触に、ハーソンは内心、焦りを覚えていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます