Ⅳ 海竜の正体(3)

「な、なんだ? 潜ませていた伏兵か? ……あっ! あれは船長殿! 他にも幾人か見たような顔が……皆、生きておったのか!? だが、やけに顔色が悪いな。おおーい! 大丈夫かぁーっ!?」


 20名はいると思われるその者達の中には、ハーソン達を船に乗せて来てくれたハンゼ都市国家同盟の船長の顔もあり、懐かしい顔を見つけたアウグストはうれしそうに声をあげる。


「……いや、そうじゃない……彼らはもう……そうか。あの時、水中で我らを襲って来たのはこれか! あれは触手ではなく、以前に海へ引きづり込んだ・・・・・・・・・者達だったのか!」


 しかし、ハーソンは幽霊にでも会ったかのような顔をして誰に言うとでもなく呟くと、アスビョルドの行っていた卑劣なカラクリに気づき、思わず声を荒げる。


 そう……彼らはもう生きた人間ではない……かつて人間だった・・・・・、今は息をしていない屍肉の塊なのだ。


「その通り! このドラッガーに宿している悪魔・龍公ブネは死霊術ネクロマンシーにも長けていてな。こうして死体を操り人形にもできるのさ。そこで、沈めた船の人間を手駒に使えば一石二鳥と俺は考えた。頭いいだろう? 水死体なら賃金支払う必要もねえし、海に沈んだ船から積み荷を回収するのも容易だしな。ま、一つ難点をいえば、腐敗が進むと脆くなって使えなくなるってことだな。だから仕事・・をする度に、古くなったやつと新しいのを入れ替えてんだ。後になって見つかる水死体は、その捨てた役立たずどもってわけだな」


「ひどい……なんてことを……」


 ハーソンの声に答え、なぜか自慢げな笑みを湛えて嘯くアスビョルドに、メデイアは吐き気を催おすくらいの嫌悪感に表情を歪める。


 亡き者の尊厳を奪い、遺体を使い捨ての物のように操る死霊術……彼女はかつていた女子修道院で起こったある事件の折に、そんな魔術を使う者に同朋を殺された嫌な思い出がある。


「どうだ? 船を襲う度にその労働力を獲得し、なおかつ刷新できる、これまでにない効率的なやり方だろう? その上、どんなに傷つけられても、ずっと水の中にいても決して死なない不死身の戦士だ。なんせ、もうとっくに死んでるんだからな、ハハハハハハ…!」


 だが、アスビョルドはまるで恥じる素振りも見せず、むしろその合理的な方法を考え出した自分を誇らしげに讃えて高笑いをあげる。


「さあ、どうする? デーンラントの艦隊ならいざしらず、貴様らの如き船乗りの寄せ集め、この不死身の戦士達相手に勝ち目はないぞ? それに、いくらカラクリを暴いたところで、この〝シーサーペント〟の恐ろしさは何もかわらん。そちらにも魔術師はいるようだが、俺の造り出したこの魔獣で、貴様らも全員、操り人形の仲間入りをさせえやろう……おい、ブネ! 術が解けているぞ! 龍公の名に恥じぬよう、しっかりと契約の務めを果たせ!」


 そして、脅し文句を浴びせると背後のドラゴンに命じ、自分は再び改造ドラッカーの内部へと戻ってゆく。


「フン! 人間風情ガ舐メタ口ヲ利キオッテ……」


 対して三つ首のドラゴンもそう答えると、ドラッカーの船体と重なるようにしてその姿を消した。


「み、見ろ! また船があのドラゴンに……」


 直後、ドラッガーを二つ重ねて造られたドラゴンの模型は、再び赤い眼を爛々と輝かす、漆黒の鱗で覆われた紛うことなき〝ドラゴン〟へと姿を変貌させる。


「フン! これから海賊討伐の任に就くには良い予行演習だ。アウグスト、俺はあのドラゴンを始末する。土左衛門・・・・達の相手は任せるぞ」


 だが、その恐ろしい巨竜を前にしてもハーソンは臆することなく、むしろ不敵な笑みにその口元を歪めると、傍らのアウグストに指示を出す。


「ハァ……また死体が相手ですか……最近、そんなのばかりでいい加減うんざりですが、致し方ない。羊角騎士団の演習と思い、励ましてもらいましょう」


 彼も女子修道院での一件で〝蘇った死体〟には苦しめられた経験があり、その団長命令にほとほと嫌そうな深い溜息を吐くアウグストであったが、それでも腰のブロードソード(※当時主流のレイピアよりは幅広の戦用の剣)を引き抜くと、無理矢理に気合を入れる。


「メデイア、あまりいい気分はせんと思が、やることはわかっているな?」


「はい……確かに気乗りはしませんが、それ以上にあの胸糞悪い野郎をぶっとばしたい気分の方が遥かに強いので。ついでに、騎士公爵エリゴスに頼んで〝秘密を見通す眼〟を団長に授けてもらいます。そうすれば、あの龍公ブネの造りだしたドラゴンの弱点もわかるでしょう。あと、この黒雲と強風からして、相手は海の悪魔も味方につけているようですが、その点は事前にこちらもこの船に海洋公ヴェパルの力を宿してあるので相殺できます」


 続いて、メデイアの方を振り返ると意味ありげな言葉を投げかけるハーソンであるが、彼女は真っすぐな瞳を向けて力強く頷くと、指示されたこと以上の作戦を早口に提案する。


「フッ…さすがはもと魔女。なんとも頼もしい我らが魔術担当だな。ティヴィアス! おまえ達も準備はいいな? 勇猛果敢なヴィッキンガーの歴史に、今日の〝竜殺し〟も加えるがいい」


「おうともよ! ノルマニア人の心意気、今こそ見せてやろうじゃねえか! 野郎ども! 相手はたかだかハリボテのドラゴンと水死体だ! これまでに沈められた海の男達の無念、俺達が代わって晴らしてやるぞーっ!」


「オオオォォォーっ!」


 心配する必要もなかった有能な腹心に顔を綻ばせ、最後にティヴィアスにもその覚悟を問い質すと、彼も言わずもがなとばかりに巨大な戦斧を肩に担ぎ、鼓舞された他の船乗り達もけたたましい雄叫びをあげる。


「よし。では参るぞ! ガルマーナの英雄シーグルーズや聖人ジョルジオスによろしく、我らも〝竜殺し〟といこう……」


 そんな気合充分な一堂を見回した後、ハーソンも魔法剣〝フラガラッハ〟を引き抜くと、目の前に立ちはだかる巨大な黒いドラゴンを見据えた。

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