Ⅳ 海竜の正体(2)

「……なっ!? こりゃ、いったいどうなってるんだ!?」


 それまで、皆の眼にはドラゴンのように映っていたものが、自分達が乗っているのと同じ〝ドラッカー〟へと一瞬にして変化したのだ。


 ただし、それはただのドラッカーではなく、一艘のドラッカーの上に天蓋のようにしてもう一艘のドラッカーを船底を上に反転させて載せ、さらにその全体を鱗状の黒い鉄板で覆っている。


また、船首にあるドラゴンの木彫りも通常のものよりも大きく、素朴なデザインではなく緻密な彫りで、牙の並んだその口の中には大砲のようなものが覗いている。


 加えて、両舷に突き出した無数のオールの先は魚の鰭のように装飾され、一番前に設置された一際大きな二本の太いオールだけは、先端に鋭い三本の鉄の爪が付けられ、それまで同様、今でもドラゴンの脚のように見える。


「皆、とくと見よ! これが〝シーサーペント〟の正体だ! 何者かがこの改造したドラッカーに魔術を施し、本物のドラゴンのように幻を見せていたのだ! もしも誰かに目撃されたり、襲った船の者を取り逃がしたりした場合でも怪物のせいにできるようにな! おそらく目的は商船を襲って積荷を奪う、海賊行為を働くためだろう!」


 驚き、呆然と立ち尽くすティヴィアスや船乗り達に、ハーソンはドラゴンだったもの・・・・・を指さしながら、よく通る声でそう説明する。


「そ、そんな……ハーソンの旦那は、そのことをご存知だったんですかい!? でも、いったいどこから……」


 この予想だにしなかった真実を前にしても、まるで驚く様子のないハーソンにティヴィアスは焦って尋ねる。


「半信半疑だったがな。この前、このドラッカーの船首を見ていてふと思いついたんだ。メデイアによれば、その変化させたいものと同等の性質を持つ依代でなければうまくいかないという話だったが、なにも生物でなくとも、このドラッカーという船を使えばなんとかなるんじゃないかと思ってな。で、メデイアにその幻術を暴く悪魔の力を使ってもらったところ、大当たりだったというわけだ」


 そんなティヴィアスに、別に大したことはないといわんばかりの口調でハーソンは種明かしをする。


「し、しかし、いったいどんなやつがこんな手の込んだ海賊行為を……やっぱりデーンラント人ですかい? それともスヴェドニアの……」


「ああ、それも凡その検討はついてる。シーサーペントの正体が読み通りドラッカーだったからな。おそらくそいつも外れてはいないだろ」


「じつは、団長に頼まれて少々調べて廻っていたんだがな。そうしたら怪しいは怪しくないは、最近の行動とシーサーペントの出現日時が意味ありげに重なっておったわい」


 重ねて尋ねるティヴィアスに、さらっと口にするハーソンの爆弾発言を受けて、今度はアウグストが補足説明をする。


「ええ!? 犯人までわかってるんですかい!? い、いったいそれは誰なんです!?」


「なに。あれが生物でない以上、今もあの中に入って操縦をしているはずだ。聞くは一見にしかず。じかに見てもらった方が早いだろう……さあ! そういうわけで、もうすべてお見通しだ! いい加減、出てきて顔を見せたらどうだ! アスビョルド!」


 さらに驚きの表情を見せて素っ頓狂な声をあげるティヴィアスに、彼ではなく改造ドラッガーの方へ顔を向けたハーソンは、質問に答える代わりとして声を張り上げて問いかける。


「な、なに!? アスビョルドだと!?」


 すると、またもティヴィアスが驚きの声をあげてからわずかな沈黙を挟んだ後。


「……フフ…フハハハハハ……どこの誰だか知らんが、よくぞ見破ったな。なぜわかった?」


 ガコン! とドラゴンの背……否、逆さにしたドラッカーの船底の中央部に設けられた蓋が開き、中からハーソンの言葉どおり、あのアスビョルドが高笑いを響かせながら姿を現した。


 ただ、今日の彼はメデイア同様、左胸に金の五芒星ペンタグラム、右裾には仔牛の革製の六芒星ヘキサグラム円盤を付け、手にもオークの木でできた自身の身長よりも長い魔法杖ワンドと魔導書『ゲーティア』を握っている。


「あ、アスビョルド……ま、まさか本当におまえの仕業だったのか!?」


「最初に疑念を抱いたのは、先日、酒場で偶然会った時だ。なぜかそなたは執拗にシーサーペントなどいないと言い張っていた。船で交易を行う者であれば、少なからず恐れたり、気にかけたりするのが自然な反応だろうにな。おおかた、海の怪物に偽装して海賊稼業を始めたはいいものの、その存在が確実のものとして人々に認知され、デーンラントや周辺諸国が軍を差し向けてはさすがにマズイと思ったんだろう。沈めた船の人間を全員生かして返さなかったのもそのためだ。なんともご丁寧なことだな」


 またしても驚愕の表情で唖然と立ち尽くすティヴィアスらデーンラントの船乗り達であるが、ハーソンはそれを無視してアスビョルドの質問に律儀にも答える。


「それに、船乗りで交易商のそなたなら、非合法で魔導書を手に入れ、それを用いる術も心得ているだろうし、ドラッカーを依代にドラゴンを造り出すなんて発想は、ヴィッキンガーの末裔でもなければそうそう思いつくものでもないだろうしな……しかし、わからないことが一つだけある。なぜ、沈めた船に乗っていた者達の遺体がしばらくあがらない? 水死体を隠すメリットは思い当たらないし、隠すなら隠すで後々見つかるといのもあまりにずさんだ。こうまで手の込んだことをする貴様とはどうにも噛み合わん』


 そして、続けてその推理の理由を言って聞かせた後に、最後まで解決できなかった疑問について正直にぶつけてみた。


「フン……これまで唯一取り逃がした時にも思ったが、あの不思議な勝手に動き回る剣といい、貴様、ただ者ではないな? だが、死体のことまではさすがに思い至らなんだか……いいだろう。教えてやる……霊よ、現れよ! 偉大なる神の名において汝に命ずる! ソロモン王が72柱の悪魔序列26番・龍公ブネ! 汝の傀儡どもをこの場に現しめたまえ!」


 その問いに、意外やアスビョルドはあっさりと応じ、魔法杖ワンドを天に掲げると、悪魔を使役する呪文を唱えた。


 すると、彼の背後に、人間、グリフォン、犬の三つの顔を持った半透明のドラゴンが、ドラッカーの中から煙が立ち上るようにしてその巨体を出現させる。透けて見える長い体は翡翠色の鱗で覆われており、四本の脚には頭目にもわかる、銀色の大きな爪が生えている。


「ひぃっ…ま、またドラゴンが出たぞおっ!」


「こ、今度こそ本物のドラゴンだあっ!」


 その人智を超えた姿には、さすがの屈強な船乗り達にも怖れの声が沸き起こる。無理もない。それは実体を伴わない霊体の悪魔といえど、確かに正真正銘の〝ドラゴン〟ではあるのだ。


「我ノ人形達ヲ見セタイト申スカ? ヨカロウ。トクト披露スルガヨイ……」


 そのドラゴンの三つの首が、シンクロした聴き取りにくい低温の声で、アスビョルドに答えてそう告げる。


「キィィィィ…!」


「クァアァァァ…!」


 と、今度は改造ドラッカーの周辺の海面からバシャバシャと次々に水飛沫が上がり、潰れた喉から無理矢理発しているような、奇妙に擦れた雄叫びを上げながら異様に蒼白い顔の人間達が姿を現した。


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