Ⅲ 海賊の末裔(3)

「……いずれにしろ、わたしもあれには実体があったと思います……俄かには信じられないことですが、一つ可能性があるのだとしたら、前にも少し言ったようになんらかの魔術で造り出しれないた魔獣です」


 わずかに紫色の眼を伏せて考えた後、メデイアは自身の考えを語り出す。


「例えば、わたしの用いる〝ヘカテー女神〟の魔術には、蛇やトカゲを素体に悪魔や悪霊などを宿し、使い魔を創り出すというわざがあります。あのシーサーペントも、そのようにして造られた魔獣なのだとしたら……ただし、悪魔を宿して怪物に変えるにしても、もとからその怪物と同じ性質を持つ依代でないとなかなかうまくはいきません。あのように大きく成長し、ドラゴンのような姿を持つ生物など……それこそ、本物のドラゴンか大ウミヘビになってしまうような……」


「うーむ……では、可能性は低いにしろ、あれが魔術で造り出された魔獣かもしれぬということだな? だが、誰がなんのためにあんなことを……ハッ! もしや、スヴェドニアかハンゼ都市国家同盟がデーンラントの通商を邪魔するために……」


 メデイアの仮説を聞くと、そこからさらにアウグストはそんな陰謀論まで唱えてみせる。


「いや、それはねえですぜ。デーンラントだけでなく、スヴェドニアやハンゼの船も同様に襲われてやすからね。迷惑こうむってるのはどこも一緒でさあ……ま、あれが何者で何がしてえのか? 何から何までわからねえことだらけだが、どの道、取っ捕まえてみりゃあすべてがわかるでしょう」


 だが、その敵国の仕業説をティヴィアスは一蹴し、あれこれ考えるのが面倒臭くなったのか、元も子もないようなことを口にする。


「つーわけで、おちおち船も出せねえってのに国も動いてくれねえんで、俺達クープンハウンゲンの船乗りが自警団を組んで警戒に当たってたんですが、そしたら見回りに出たところでちょうどあのバケモノと、それに襲われた旦那達を見つけたってわけでさあ。いやあ、用意していた煙幕樽・・・が役に立ちましたさあ。ま、あのとんでもねえ姿目にしちゃあ、もう逃げることしか考えられやせんでしたけどね」


「いや、まことに命拾いをした。改めて礼を言う……その返礼もかねて、討伐するのであれば我らも力を貸そう。今回は突然のことにおくれをとったが、充分な備えをして臨めば、たとえ相手が正真正銘のドラゴンだとて勝機がないわけではない……もっとも、竜退治など恐ろしくて無理だというのであれば、我らだけでやってもかまわんが」


 続けて、自分達を助けてくれた時の状況を説明するティヴィアスに、ハーソンは謝意を示して協力を申し出ながらも、意地悪に挑発するようなことも冗談めかして口にする。


「フン。俺達ヴィッキンガーの末裔をなめちゃあいけませんぜ。今日は見回りが目的だったんで小型のスネッケ船で兵隊も少人数でしたが、本格的な討伐となりゃあ、もっと大型の船で屈強な男どもをたくさん引き連れて行ってやりまさあ。かつて、この北の海を支配した、ヴィッキンガーの時代の再現といきましょうや」


 すると、彼もそれが冗談だとわかっているらしく、怒る代わりに不敵な笑みをその髭面に浮かべると、筋肉質の太い腕に大きな力こぶを作って意気込みを示す。


「さすが、海賊の血を引く船乗り。いい度胸だ……ということで、アウグスト、メデイアの二人もいいな?」


「無論。助けてもらった恩を返さぬとあれば、エルドラニア騎士の恥ですからな」


「わたしは団長の命令でしたら悦んで従がいます」


 そんなティヴィアスにハーソンも口元に笑みを浮かべ、一応、二人にも確認を取ると、真面目なアウグストは騎士の義から大きく頷き、密かにハーソンを慕うメデイアも躊躇いなく色よい返事を返す。


「よーし! 決まりだ! そんじゃ、シーサーペント討伐の成功を願って乾杯といこうじゃねえですかい! はい。皆さん、ジョッキを持ってえ……では、かんぱ…」


 それを見て、陽気な海の男の顔に戻ったティヴィアスは皆にホットワインを持たせると、野太い大声で乾杯の音頭をとろうとするのだったが。


「なんだ、ティヴィアス。また、いもしねえ怪物の話かあ?」


 その時、彼の背後から何者かが声をかけてきた。


 振り返ると、そこにはデーンラント人にしてはやや細身の、栗毛の口髭を生やした男が立っていた。


 細身ではあるが筋肉質で、やはりデーンラント風の黒いシュミーズを着た船乗り風の恰好だ。特徴的なのは、その首から大きな山羊の角笛をかけていることだろう。


「ヒャヒャヒャ、無益な与太話をいつもご苦労なこって」


 また、その背後にも男がもう一人立っているが、こちらは大柄な長い黒髪の人物で、屈強な体に毛皮のジャーキン(※ベスト)を羽織っている。


「アスビョルド……」


 振り返ったティヴィアスは、その声をかけてきた男を苦々しげに睨みつけた。


「フン! 何も知らんくせに……これまでは証拠もなかったが、ついさっき、俺はこの目でシーサーペントをはっきりと見た! ここにいる三人も含め、他にも大勢の者が見ている。海に怪物がいることは間違いない!」


「そんなのはクジラでも見間違えたんだろう? でなきゃ、夢でも見てたんだろうさ」


 ティビアスは腕を組んで鼻を鳴らすと、どうやらシーサーペントの存在を信じていないらしいその男に自身の体験を示して反論するが、彼ははなから聞く耳を持とうとしていない。


「なんだと!? では、頻発している船の遭難はどう説明する!? それも夢だというのか!?」


「ハン! んなもんただの事故だよ事故。もしほんとにバケモノのせいだっていうんなら、ぜひお目にかかっていたいもんだぜ。ま、せいぜい俺達の安全な船旅のために、幻の怪物退治に邁進してくれたまえ。ハハハ…」


「シーサーペントなどただのマヤカシだ。マヤカシ。ヒャヒャヒャヒャ…」


 人を小馬鹿にしたようなその物言いにティヴィアスは激昂するが、さらに男はおちょくった態度を見せると、背後の男と連れ立って店の奥へと去って行ってしまう。


「今のやつらは何者だ?」


 彼らが店の奥の席に陣取ると、ほかの二人同様、それまで白い目を向けて成り行きを見守っていたハーソンが、少し声を潜めてティヴィアスに訊いた。


「アスビョルドっていういけすかねえ野郎でさあ。このクープンハウンゲンを拠点に交易をしてる商人なんですが、最近、妙に羽振りがいい。じつは海賊行為をして盗品を売り捌いてるっていう悪い噂もあったりしやす。で、あんまし良く思ってねえ俺達への嫌がらせか、ああしてシーサーペントなんかいないと主張する急先鋒でもありやすね。ったく、んなこと言ってて、自分が怪物に襲われて吠え面かいても知らねえからな……」


 対してティヴィアスは、聞こえてもかまわないとばかりに、普段の大きさの声で彼らの方をなおも睨みつけながら答える。


「商人? あの後のデカイ長髪のやつもか? 人相も悪いし、どう見ても野盗の類にしか見えんがな」


「あの角笛……もしや、彼らもやはりヴッキンガーを祖先に持つ者か?」


「ありゃあ、アスビョルドの用心棒でビャルネンって男ですね。ええ。納得いかねえが、お察しの通り、あいつらもヴッキンガーの血を引く同朋です。なんともムカつくことっすが……ゴクゴク…うぷ。やつらの顔を見てると酒が不味くなっていけねえ。そろそろ行きやしょう。見せたいもんもりやすしね」


「あ、それ、わたしのワイン……」


 まるで他人事なアウグストとハーソンの質問に苛立たしげな様子で答えたティヴィアスは、残っていたメデイアのホットワインを一気に飲み干すと、椅子から立ち上がって皆を促した――。

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