Ⅲ 海賊の末裔 (2)

「――さすがヴッキンガーの末裔の国、やはり大柄で屈強な男どもが多いのう……」


 大勢の常連客がひしめき合い、賑やかな喧騒に包まれる庶民的な店の中で、周囲を見回しながらアウグストが誰に言うとでもなく呟く。


「ガハハハ! ま、ガタイのいいのは船乗り連中ってこともあるがな。それにあんたらの国じゃあ誤解されてるようだが、このデーンラントの全員が〝ヴィッキンガー〟の子孫ってわけじゃねえ。〝ヴィッキンガー〟ってのは、俺達ノルマニア人の中でも船に乗って交易や海賊行為を生業にしてたご先祖さまのことだ。もちろん、おかの上で農業や牧畜をやってた連中もいる。もっとも、俺はその〝ヴッキンガー〟の間違いなく子孫だけどな。先祖伝来の剣や武具なんかも残っている」


 その呟きを拾い、ティヴィアスは陽気な笑い声を響かせると、自慢げに胸を張ってそう説明をする。


 船小屋の家から誘い出されたハーソン達は、借りたデーンラント風の衣服を着たまま、ティヴィアス行きつけの港にある酒場を訪れていた。船宿が兼業でやっている、ごくごくありふれた料理屋だ。


 デーンラント人に比べれば小柄で華奢に見えてしまうが、地元民が着る赤と黒の縞模様の衣服が功を奏してか、二人も違和感なくこの酒場の空気に馴染んでいる。


 また、メデイアは逆に目立つので普段つけているベールを外しているが、エスニックなその褐色の肌も赤いワンピースの民族衣装に意外と似合い、なかなか可愛らしい町娘に映る。


「そんなことよりも〝シーサーペント〟の話だ。あの場におまえ達が来たのは偶然ではあるまい。あの煙幕の樽といい……なぜ、おまえ達のような民間人があのバケモノ退治をしようとしている? 本来ならデーンラント王国が討伐軍を出すところだろうに」


 酒場という雰囲気に話が逸れてしまっていたが、ホットワインを一口含んで喉を潤すと、ハーソンが早速、ティヴィアスに尋ねた。


 彼らのテーブルにはホットワインの他、 黒パンにスモークサーモンやチーズなどを載せたオープンサンドの〝スモーブロー〟、ニシンを入れたオムレツの〝エゲケー〟、魚肉のハンバーグである〝フレッガデーラ〟などの地元名物料理が並んでいる。


「…ゴクゴク…プハァ~……おおーい! ホットワインもう一杯だ! 若旦那…いや、ハーソンの旦那もこのセールンド島近海の持つ微妙な位置関係はご存知でしょう?」


 対してティヴィアスはジョッキ一杯のワインを一気に飲み干すと、おかわりをしてから話し始めた。


「このセールンド島とおとなりのスコーニア半島の間を通るエレズンドコ海峡は、ノルドス海へ出るための唯一の通り道だ。その支配権を巡ってはスヴェドニアとの争いも絶えねえ。加えて南のヴァリャト海も、旦那達の側のハンゼ都市国家同盟と制海権を巡って対立してる。んなとこに軽々しく軍船なんか出してみなせえ、すぐさま一触即発の事態でさあ……お、来た来た」


「なるほど。確かに政治的問題でなかなかヴァリャト海に追討軍は出せんか……だが、あのようなもの放っておいては、それこそ通商の害となろう? 制海権も何もあったものではない」


 ティヴィアスの説明に、一応の納得は示したものの、それでも腑に落ちぬ疑問が残り、おかわりのジョッキを受け取ってる彼を改めて問い質す。


「ま、確かな目撃情報でもありゃあ、さすがに国軍も動いたんでしょうが、本当に怪物の仕業ともただの遭難ともわからないもんにゃあ、軍船なんか出してくれませんぜ」


「……ん? どういうことだ? …モゴモゴ……現に我らも見ているではないか? それに今までにも幾度となくやつは出現しているのであろう? ならば、目撃情報には事欠かないはずではないのか?」


 その答えには、〝スモーブロー〟を抓んでいたアウグストが、ハーソンの代わりに怪訝な表情を浮かべて訊き返す。


「ああ、そうか……いやじつは、旦那や俺達は極めて稀な例でしてね、これまでは誰一人として〝シーサーペント〟をはっきり見た者はいなかったんでさあ……いや、もっと正確に言えば、間近で目撃して生還した者・・・・・は誰もいなかったというわけです」


「……!」


 その言葉に、三人は同時に表情を強張らせて固ってしまった。


「それでも、実際に遭難する船は続出してるわけですし、遠目に見て慌てて逃げて来たっていう連中もわずかにいるんですがね。そんな遠くからじゃあ見間違いと言われても反論できねえ。ま、そいつらの話のおかげでシーサーペントが出るって噂が立ったわけですが……」


「……そういえば、シーサーペントに出くわした者は、誰一人その遺体すら上がってこないと船長さんも言っていましたね」


 わずかの後、そのことを思い出してメデイアが静かに口を開く。


「ま、そういうことでさあ、魔女の姉さん。だが、その噂も正確な情報じゃねえ……遺体はちゃんと上がるんでさあ。ただし、かなり時間が経って、だいぶ腐敗が進んでボロボロになってからだ」


「魔女の姉さん……」


 彼の口にした奇妙な事実よりも、公衆の面前でさらっと〝魔女〟呼ばわりされたことの方が引っかかるメデイアであったが、幸い客達は誰も聞いていないようだったし、話の腰を折るのもなんなのでやむなくスルーすることにする。


「水死体が上がるのか? では、怪物に喰われるというわけでもないのか……」


「そういえば、俺達が襲われた時、水中に何かが潜んでいて、船長達はそいつに引きずり込まれていった。クラーケンのようなやつの触手かとも思ったが、そいつと何か関係があるのかもしれん」


 どこか不満げな顔で黙り込むメデイアの代わりに、アウグストとハーソンがその奇妙な現象に考察を加える。


「そうなんですかい!? いや、それは初めて知りやした。そいつはひょっとするってえと、やつの正体を探る重要な手がかりかもしれやせんね」


 そこまで接近して生還した者はハーソン達が初めてであり、その話にはティヴィアスも前のめりに食らいつく。


「だが、巨大なタコやイカといよりは、あれはどう見てもドラゴンだったがな。もっとも、鰭の付いた脚がたくさんあるところはやはり海の怪物という感じだが……」


「ええ。俺達も今回、あの姿ははっきりと拝みやした。ありゃあ、確かにドラゴン――デーンラントの言葉でいう〝ラヲン〈Dragen〉〟の類だ。けど、そもそもからしてあんな常識外れのバケモン、触手の一本や二本生えてても別におかしかねえですよ。もしかしたら尻尾がイカみてえになってるのかもしれねえですよ」


「イカの脚の付いたドラゴン……」


 ハーソンの疑問を受けてのティヴィアスの言葉に、皆は各々、天上を見上げながら脳裏にヘンテコな生物の姿を思い描く。


「いやいや、さすがにないでしょう。というか、前にも話になりましたが、そもそもあれは本当に生き物なのですか? あんなデカくて目立つ生き物がいたら、それこそ目撃情報もわんさか集まるように思えるのですが……まあ、この目でしかと見てるゆえ、その存在は確かなのでしょうが……やはり、悪魔や悪霊の類であるとか……」


 しばしの後、ありえないと首をふるふる横に振ると、また不毛な論争になるが、アウグストがそんな疑問を呈する。


「いや、フラガラッハやメデイアの矢を弾いたあの感じは、確かに実体を伴うものだった。悪魔のような霊体とはとても思えん……メデイア、実際に目にした後で改めて問いたい。君の知識・・・・からして、あれは本当に自然界に存在する生物だと思えるか?」


 そんなアウグストの疑問に賛同し、ハーソンも先刻の既視感デジャヴュを感じつつも魔女であるメデイアに再び質問をぶつけた。

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