Ⅲ 海賊の末裔 (1)

「――騎士団の団長!? いやあ、お見それしやした。そいつは大出世じゃねえですかい!」


 赤々と暖炉の火が燃える石造りの粗末な家の居間で、話を聞いたティヴィアスは驚きの声をあげる。


「それだけではないぞ? 帝国一の騎士に与えられる名誉称号聖騎士パラディンにも団長は叙せられておる」


 そこへ追い打ちをかけるが如く、暖炉の前で毛布にくるまっているアウグストが、まるで自分のことのように自慢して付け加える。


 暖炉で燃え盛る橙色オレンジの炎の前には、ハーソンとメデイアも頭からすっぽりと毛布をかぶって座っている。


 恐ろしい〝シーサーペント〟に襲われながらもティヴィアスの船で辛くも逃げ延び、王都クープンハウンゲンの港へと到着したハーソン達は、船小屋に併設された彼の家へと案内され、着替えと毛布を貸し与えられると、今、こうして冷え切った体を温めてるのだ。


 ちなみにメデイアの分の着替えは、近所の奥さんのもの頼んで借りてきている。


「へえ……何だか知らねえが、ずいぶん偉くなっちまったもんだなあ……しかし、あのハーソンの若旦那…いや、今や立派な騎士さまだからハーソンの旦那か? 宮仕えなんか死んでもしそうになかったあの旦那が、まさかエルドラニアの誇る騎士団の団長さまとはなあ……」


 ハーソンの今の身分を聞いても、ティヴィアスはなんだか信じられないという様子で、どこか遠い昔を懐かしむような眼をしている。


「なに、今だって宮仕えは性に合わん。だからこうして、団長の職権を濫用して好き勝手やらせてもらっている……ティヴィアス、おまえを訪ねて来たのもその一環だ」


 そんな自分の若き日を知る旧友ティヴィアスに、ハーソンは自嘲の笑みをその端正な顔に浮かべた後、毛布にくるまったまま居住いを正すと不意に本題を口にし始める。


「今、俺達は有名無実化した羊角騎士団から役立たずな貴族のお坊っちゃんどもを追い出し、実力ある団員だけを集めた本来あるべき実働部隊としての姿へ改革しようと動いている。そこで、おまえにも羊角騎士団に入団してほしいんだ。我らの船の操舵手としてな」


「お、俺が騎士団に!? い、いや、話がぜんぜん読めねえんだが……俺はただの船乗りですぜ? エルドラニアやイスカンドリア帝国領内の人間でもなけりゃあ、騎士の家柄でもねえ。馬にも乗れねえし、第一、なんで騎士団に操舵手なんか必要なんですかい!?」


 突然、いたく真面目な顔で告げられた勧誘の言葉に、当然のことながらティヴィアスは混乱する。


「〝新天地〟という新たな領土を獲得して以来、エルドラニアが海洋貿易に力を入れてることはおまえも聞いているだろう? 我々には近々、皇帝陛下よりその新天地における海賊討伐の命が下る。そのためには馬ではなく、もちろん軍船と、それを運用する人材も必要というわけだ。ならば、最も信頼のおける船乗りに舵は任せたい。かのヴィッキンガーの末裔でもあるおまえ以上に適任者はなかろう」


「ちょ、ちょっと待ってくだせえ! 船と船乗りが必要な理由はよーくわかりやしたが、だからって、平民の俺なんかが伝統あるエルドラニアの騎士団に入るなんてこと許されねえでしょう? いや、それどころか異邦人だ。どう転んだって無理な話ですぜ」


 当惑するティヴィアスにハーソンは理由を説明するが、それを聞いてもティヴィアスはむしろ途惑うばかりだ。


「うむ。私もそれを何度も団長に申したのだ。いくらなんでも異国人を羊角騎士団に入れるというのは如何なものかと…」


慌てて話を遮ろうとするティヴィアスに、アウグストも賛同の意を表して口を挟もうとするが。


「なあに、それなら心配いらん。紹介が遅れたが、こっちは副団長のアウグストだが、彼は俺の甥のテッサリオ家の分家の出で、本来なら副団長は無論、羊角騎士団に入ることすらできぬ低い身分の下級騎士だし、そっちの魔術担当官のメデイアなど修道女ではあるがもとは魔女だ」


 ハーソンはそれを無視すると、紹介しがてら二人の出自を前例に説得を試みようとする。


「うっ……面と向かって下級騎士と言われるとけっこうショックだな……」


「…………!」


 一方、ダシにされたアウグストはなんとも言い様のない表情で顔をしかめ、唖然と目を見開くメデイアも心の中で「さらっと魔女のことバラした!」と衝撃を覚えている。


「俺とてもともとは中流の騎士の出だしな。つまり、身分や出自など関係ないということだ。異国人ということだって、デーンラント系の移民ということにすればいい。そもそも船乗りのおまえはあちこち船旅をしていて、ほとんどこの国に居ついてはいないだろう? 帝国領に滞在することもあるだろうし、ならばあながち嘘ということもあるまい」


 だが、そんな二人の反応もお構いなく、ハーソンはさらにたたみかける。


「そこは皇帝陛下直々の任務、乗る船の質は保証する。さすがのおまえもこれまでに乗ったことのないような、大型で高速のエルドラニア製軍船だ。どうだ? 根っからの船乗りであるおまえにとって悪い話ではあるまい」


「うーん……事情はだいたいわかりやした。俺みたいなのでも入れねえわけでもねえってことも……ま、せっかくこんな遠くまで、わざわざ俺を頼って来てくれたんだし、そのエルドラニアの船も魅力的ではあるんですが……」


 熱心なハーソンの説得に、だいぶ心が揺れ動いている様子のティヴィアスであったが、太い腕を組んで目を閉じると、悩ましげな様子で考え込んでしまう。


「あの〝シーサーペント〟か?」


「ええ! まさしくそれでさあ! 現れたのは四ヶ月ぐれえ前からですが、じつはそいつのために、ここしばらくこのクープンハウンゲンを離れずにいるんでさあ」


 それにはハーソンも思い当たる節があり、そのことを口にするとティヴィアスもその通りと相槌を打つ。


「異国のこととはいえ騎士の端くれとして、俺もあの怪物を捨て置くのはどうかと思っていたところだ。それに、ここまで世話になった船長達の仇も取らねばならんしな……あれはいったいなんなのだ? 何か知ってることがあるのなら詳しく話してくれ」


 どうやら思うところは同じらしく、今度はあの怪物のことに話題を変えると、ハーソンは重ねて旧友に質問をぶつける。


「そりゃあもちろんかまわねえですが……せっかく久々に再会できたってえのに、酒もなしに長話すんのも味気ねえ。この先は酒場に行って、温ったけえ飯とホットワインでも飲みながらにしましょうや」


 すると、ティヴィアスはそれに答える代わりとして、おもむろに椅子から腰を上げると三人を街の酒場へと誘った――。

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