第16話
神官の案内について廊下を進んでいくと聖堂の大広間に出た。
段差のある神の像の前で、立ってこちらに顔を向けていた聖女がうっすらと輝いていた。黄色い光が周囲を淡く染めている。
彼女の目はうつろで、明らかに焦点があっていない。
聖女を囲むように神官たちが遠巻きに見守っている。その中に、自分たちが飛び込んできた形となった。
「な、なんだ?」
「デイトリン! しっかりしろっ。どういう状況だ」
「聖女様がいつものように祈りを捧げておられたら、突然輝きだしたのです!」
「そこからはどれだけお声をおかけしても反応がなくて…近づいた者たちはなぜか遠くへ弾き飛ばされまして」
「これ以上は近づけないということか」
だからこそ遠巻きにされているのだとわかった。わかったところで、解決策はないが。
騒いでいると、突如聖女がびくんと体を震わせた。
「聖女は神の子を身籠りました、大切に育てなさい」
虚ろな瞳を向けたデイトリンから、神々しい声が響く。彼女の声に近いがずっと大人の女性の声だ。
カデフェイルには誰の声かすぐにわかった。
「なっ、神の子とは…」
「どういうことだ、何か仕組んだのか?!」
教皇が胸ぐらを掴んで揺さぶってきた。唾を飛ばす勢いで怒鳴り付けてくる。
思わず胡乱な瞳を向けてしまった。
「いや、聖職者なんだから、神の奇蹟くらい信じてやれよ…」
頑張って奇蹟を起こしている神様が憐れではないか。何をどうしているのかはさっぱりわからないが、これが女神の仕業であることはわかる。彼女の声だからだ。
「本当に愚か者だな、神の奇蹟は早々に起こらないから奇蹟なのだ。このタイミングで神の子だとか言われてもお前が仕組んだと考えるのは当然だろう」
「なんで、そうなるんだ?!」
確かにカデフェイルが仕組んだというか、女神に頼んだのは事実だ。神託でも与えて、自分は被害者であり、聖女を犯したわけではないことを証明してくれと頼んだ。
だが、まさかいかさまを疑われるとは思わなかった。
「デイトリンっ、しっかりしなさい! お前はあの男と手を組んで、こんなことを仕出かしてどうするつもりなんだ。お兄ちゃんだってもう面倒みきれないぞ」
「私の言葉を聞きなさい、神の子を大切にするのですよ」
思ったよりも効果がなかったことに、声に焦りが見えた。威厳を与えようとして失敗している。ますますやらせ感が増して、カデフェイルは居たたまれなくなった。
なぜかできの悪い子供の演劇発表を見せられているかのような羞恥に襲われる。
「あの、聞いてますか? 神の子ですよ?」
「ええい、ごちゃごちゃとうるさい。孫にいらんことばかり吹き込んで挙げ句に一芝居打たせて、こんな騒ぎまで起こすとは…今すぐに止めてしまえ」
「ええ、聞いてくれないと私が怒られるんですけど」
「やはり貴様が仕組んだことか、このろくでなしが!」
「いや、待て待て。どうやってこんなことするんだよ、俺は不思議な力なんてないからな」
「何が不思議な力だ。聖職者のほうが一般人と変わらん、只人だ。お前は作家だからおかしな装置など思い付くのだろうがな。生憎と孫は大根役者だったようだから、すぐに見破れる」
「いや、俺は劇場作家じゃないから、舞台装置とかさっぱりわからないぞ。それに、演技じゃないから、あんまり孫を貶めてやるな…」
舞台の演出だと思われるなんて心外だ。そもそも劇団なぞに関わったことなど一度もない。最近の劇はこんなに派手な演出を起こすのだろうか。
そもそも聖女が演技しているわけでなく、神が憑依して話しているのだが、大根役者とは。頑張っている女神が憐れだとは思わないのか!
聖職者たちの信仰心はどうなっているんだ。
「大主教様っ、聖女様に神の子とはどういうことです?」
「腹が膨らんでいたように見えたのは見間違いではなかったのかっ」
「聖女様にお子だと?!」
「猊下、これは由々しき事態ですぞ!」
その場にいた神官たちが口々に詰め寄った。
教皇も大主教も揉みくちゃにされている。だがその二人はカデフェイルを問い詰めてくる。
聖女を放置して、混沌とした押し問答を繰り広げるのだった。
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