第15話

前回と同じ神殿内の部屋に応対した二人をカデフェイルはじっくりと観察した。だがすぐにそんな暇はなくなる。じろりと眼力鋭く睨みつけられたからだ。


「で、調べはついたのか」

「今日こそはきちんと納得のいく説明ができるんだろう?」

「待て。俺の方からも聞きたい。ここ最近、神託とか神様からの啓示とか何かそれっぽいことはなかったのか?」

「啓示だあ?」


どこの荒くれものかというくらいドスの利いた声を教皇が発する。

あれ、どこからそんな声がと耳を疑ったほどだ。

聖職者のトップなのだから、せめて取り繕え。


「猊下、落ち着いてください。つまり、どういうことだ?」

「いや、だから腹の子についての―――」

「啓示なんて早々あるわけないだろうが。ご神託なんて数百年前にあったとされる記録が残っているくらいだ。それも今年は大豊作とか穏やかに過ごせるとか曖昧なものだった。個人的な事柄など触れることはない。聖女の腹の子の父親について語るわけないだろうが。教皇や大主教は多数決の投票で決まるしな。この期に及んで言い逃れか?!」


いや言い逃れでなく、事実なのだが、どうにも神から神託を受けた様子はない。

しかも、とんだ教会の裏事情を知ってしまった。もっと神様働けよと言いたい。


だが、今はこれまでの働きにケチをつけている場合ではない。実際に自分は直接総主教の神である創造神代理に頼んだはずだ。なぜ話が通っていないのか。

というかそもそもこの総主教を崇めている神は、創造神代理たるあのヴェルティという女神らしい。代理なのに創造神として奉られているのは大丈夫なのかと問えば、代理だから平気だとの返答がもらえた。総主教ができる前から代理を務めていたので、下界では代理=創造神として定着しているらしい。

そんな教会の天界事情などどうでもいいが、とにかくあの女神が総主教の神なのは間違いがない。そこへ直接神託するように要請したにも関わらず、何も奇蹟的なことは起こっていないようだ。

どうなっているのか、カデフェイルは叫びたくなったが、目の前の二人は聞く耳持たないだろうことは簡単に予想ができた。


「何もわからなかったということか?」


暴れる教皇を取り押さえたのは、さすがは年のこうというか大主教だった。

務めて冷静を装いながら、口を開く。


「いや、確かに俺の子ということはわかった」

「貴様―――時間をくれてやった結果がこれとはどういうことだっ」

「火あぶりも水攻めも鞭打ち、磔も、何でも用意できるからな」


途端にいきり立つ二人に、カデフェイルはどうどうと手で落ち着くように示す。


「ま、待ってくれ。子供はあと三か月ほどで産まれるらしい。とにかく父親がいなくなるのはまずいだろう?」

「貴様なぞいなくても神殿で立派に育てる」


吐き捨てるように大主教が言えば、はっとしたように教皇も答えた。


「そうだ。むしろ未成年に手を出す極悪人が父親だと知られないほうがいいだろう」


これは、秘密裏に消される雰囲気では?

カデフェイルは慌てて首を横に降る。


「待て待て待て…聖女は来月には成人すると聞いたが」

「だからといって手を出した時点で未成年だったことには変わりはない。遺言はそれだけか」

「俺にはもうすでに養わなきゃならない子供と女がいるんだ」

「まったく姦通の罪まで孫に擦り付けて…とんだ男だ」

「重婚はこの国では犯罪だろう。そんな夫を持つ未亡人は生きていくのが大変だ。こちらの子供の世話はあんたらがするとしても、もう一人の母子の方は俺が面倒をみなければならないんだ。外国人だから俺が殺されると困るんだよ」

「なんと卑怯な…ご婦人と子供の命をたてにするなどと…」


この際、使えるならばなんでも使う。

というか、あの神たちめ、覚えていろ。あれほど頼んだというのに、何の役にも立っていないではないか。

三日間かけて書き上げた本には大喜びしていたくせに。

そういえば、書き上げた本のことで、編集者を思い出す。人質にとられたが、なぜかこの場にはいない男を。

まさかすでに消されたりしていないよな?


「ところで、アイタルト―――俺の編集者はどうした? 人質だから、後で連れてくるのか」

「彼ならばとっくに神殿から追放した。神官女に手あたり次第に手を出しおって…とんだ人質だった。さすがお前の仲間だな」

「一緒にされても困るが…」


新刊の打ち合わせをしたかったが、ここにはいないらしい。というか、アイツ何をやっているんだ。

厄介ごとかまた増えただけだった。自分の心証はもともと悪かったが、少しくらい作家を庇ってくれてもいいだろうに。

むしろ悪化させている。

追放されていたのにカデフェイルの前に現れなかったということは、叱られるのを覚悟して逃げているのだろうか。


「あんなヤツの話はどうでもいい、結局どうするんだ」

「うむむ、単純にくびり殺すこともできないということか…」

「た、大変です。聖女様が!!」


ばたんと部屋の扉が荒々しく開けられた。

真っ青になりながら、駆けつけてきた神官が部屋に転がり込んできたのだった。

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