第4話
「彼女の父親が凄い怒って、相手を殺してお前も殺してやるって息巻いてるもの」
「なんでそんな面倒な娘を孕ませるんだ…」
いや、むしろ自分の娘が孕んだ男親などそんなものかもしれない。しかも相手について話せないのであれば尚更だ。
「その娘を助けることはできるのか?」
「こっちに連れてくればいいの?」
「そうだな」
「アタシの力じゃ、一人ずつしか連れて来られないから、彼女が産んでからじゃないと無理よ」
「それで、いい。事情を説明してわかってもらえ」
勝手に人の子種を使って、女を孕ませたことを怒鳴りたいが、相手の女の方がよほど不幸だ。とにかく、命の危険からは回避させたい。
見ず知らずといえども、この邪神に人生狂わされた被害者が増えるのは心苦しい。
彼女たちを助けるためにはこの邪神の力が必要だ。ここで彼女を怒らせれば、無駄に女の命が失われるだけなのだから。
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「まだ新作はできてないぞ」
自分の家で仕事をしていたら急に呼ばれた。
いつものことなので、蔦に絡まった女神を見上げれば彼女はひどく慌てたように捲し立ててきた。
「子供が産まれたから、ミアを連れてきたのよ。事情を説明したらすごく怒って手が付けられないから助けて! アタシ逃げられないのに、刃物を探して殺してやるって息巻いてて」
「自業自得だろうが…」
「ひどい! 良かれと思ってやったのに!」
「欲求不満が高じて力が暴走したんだろう? 何が俺のためなんだか…」
「独り身のアナタに家族をあげたかったのは本当よ。どうして感謝してくれないの?!」
押し付けがましいうえに図々しい。ここまで傲慢でなければ神にはなれないのか。
蔦に絡めとられているというのに、女神は相変わらず元気だ。
飲まず食わずで縛られて何千年も立ったままなのだから、体は丈夫なのだろう。
神の体を心配するだけ無駄だ。
それより、彼女の足元に転がっている赤子に目を向ける。
藤で編んだゆりかごに収められた赤子はすやすやと気持ちよさそうに眠っている。
あまりに小さくくしゃくしゃの顔だ。
髪色は確かに自分に似た黒だが、色が随分と薄いうえに、量も少ない。
「まさかずっとハゲじゃないよな?」
「当たり前でしょ、生まれたばかりの赤子なんてみんなこんなものよ。たまにすごい頭の子もいるけど」
「小さいんだな…」
思わず手を伸ばすと、指の先をきゅっと握られた。ふにゃふにゃの小さな指は、小さくて作り物みたいに頼りない。
「これで生きてるとか、不思議なものだ」
騎士を辞めたときに身内とは縁が切れてしまったので、確かに自分に家族と呼べる存在はいない。
それなのに、今日から突然家族が増えるとか現実味がない。
「貴方が父親、ですか……?」
不意に後ろから殺気が飛んできて、振り返った。
見慣れた石畳の上に、上等な寝間着を着た女が立っていた。
赤色の巻き毛に菫色の瞳が美しい成人を迎えたばかりの女だ。
だが驚いたのは、何も女の美しさに目を奪われたからだけではなかった。
もちろん、彼女が抱えていた子供の頭ほどの大きさのある石でもない。
まさか、それで女神を殴りつけるつもりだったのだろうか…。
「え、カデフェイル…貴方なの…?」
「サリィミア公女殿下…?」
数年前に別れた元主人を見つめて、お互いに固まってしまうのだった。
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