第3話
最近、おかしな夢に悩まされている。
それは大きな体躯の黒髪の男が自分の体を好き勝手する夢だ。夢の中なので、相手の顔まではよく覚えていない。
そんないかがわしいことを経験したことなど一度もないというのに、夢の中では自分はいろんな姿や立場で、男に抱かれるのだ。
時には誰かの母になり、誰かの姉になり、誰かの妹になり、誰かの弟になり、子供になり、熟女になり、メイドになり、教師になり、芸術家になり、お金持ちの我儘令嬢になり、優しい村娘になる。
性格も立場も何もかも違うが同じ黒髪の男に抱かれることは共通している。
だが、所詮は夢―――そう思っていた。
黒髪から連想される彼を想って何か可笑しな夢を見ているのかもしれない。そんなことを思いながら、罪悪感を抱いたりもして。
戻ってこない相手にいつまでも未練がましい自分を恥じたりもしていたのだ。
体が変化するまでは。
まずは月のものが来なくなった。そのうち、気持ちが悪くなり、食べ物が受け付けなくなる。寝込むことが多くなった。それが治まった頃に、腹が大きくなってきたような気がした。
それは気のせいではなく、日増しに大きくなる。驚いたことに、勝手に腹が動くこともある。まるで誰かが中で動いているかのように。
腹の様子に最初に気がついたのは自分の部屋付きの女官だった。それが妊娠だと指摘したのも彼女だ。
そこからはあっという間だ。父親に知られ、相手は誰だと激怒される。
だが身に覚えはない。相手を答えることはできなかった。
それが余計に父の怒りをかった。言えない相手だと思われたのだ。
自分の立場では、結婚も処女も価値がある。それがどちらも無価値になったのだから、父の怒りはすさまじかった。それを許した自分を殺さんばかりの勢いだ。
子供が産まれて相手の特徴を受け継いでいれば、父は相手を探しだして殺すつもりだ。そのあとに、母子そろって殺されるだろう。証拠がはっきりするまで生かされているだけだ。
これまで立場をわきまえて、父に言われた通りに生きてきた。
なのに、なぜこんなことになったのか。
どうして、なぜ自分が。
欲しいものも、夢も諦めた今になって。
「助けてカデフェイル……」
自室の寝台に膝を抱えて丸まりながら、縋りつくことはもう二度と許されない男の名前を、ぽつりとつぶやくのだった。
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