第5話 「ありがとね」 この笑顔は反則レベルだ。
雑談をしつつしばらく待つと、
楓ちゃんは俺の左手を握って隣を歩いている。
右隣りは藍那が歩いていて、後ろに
なんとなく、こんな布陣になった。
「なんか家族だけで出かけることもあんまりなかったのに、こんな大勢で出かけるなんて変な感じだわ」
「賑やかではあるな」
いつの間にか後ろの二人も盛り上がってるし。
楓ちゃんは俺たちか後ろの二人の会話に時々混ざっている。
今も後ろの二人と話している。
なぜかしっかり俺の手は握ったまま。
と、藍那が少し近づいてこそっと話してきた。
「お母さんがいないのは言ったでしょ?」
「そういえばそんなこと言ってたな」
「お父さん、仕事で夜遅くまで帰ってこないのよ。だから
「あーなるほどね」
ちらっと楓ちゃんを見る。
表情はあまり動かないが、時々手に力が入っている。
きっと楽しんでるんだと思う。
「楽しそうならなによりだ」
「ふふ。ありがとね」
さっきから何なんだこの笑顔。反則レベルだぞ。
本当に付き合ってる錯覚に陥ってしまう……。
「
「ホットケーキ? まぁ簡単だと思うわよ」
「ホントっ? じゃあそれも教えてくれないっ?」
「いいわよ」
「アタシ食べたい!」
お。藍那が後ろ二人の会話に加わった。
これはチャンス。
「楓ちゃん楓ちゃん。さっきの話の続きだけど……」
「麗お姉さまのお誕生日ですね」
「そうそう」
しっかりと憶えていてくれたようだ。
なんて頼もしい!
「実はもうすぐなんですよ」
「そうなんだね」
それは知っているが、楓ちゃんがうっかりバラしてしまう可能性も考慮して黙っておく。
というか、さすが
本当に誕生日がもうすぐなんだ。
「はい。なので七海お姉さまと準備をしています」
「仲のいい姉妹だね」
「そうなのです。それで、誕生日というのが、ら――」
「何の話してんの?」
思わずびくっと震えてしまった。
これも二回目。藍那がこちらの会話に入ってきた。
またしても聞きそびれてしまった……。
「楓たちがどれだけ仲がいいのかを康太お兄さまに教えていたのです」
「なんでそんな話に……?」
楓ちゃんは特に驚いていないようで、普通に藍那と会話を続けた。
どうしてこうも妨害されてしまうのか。
このままじゃいつまで経っても藍那の誕生日を聞けない!
「なぁ藍那」
「ん?」「なに?」「はい?」
「あっ……」
藍那を呼んだつもりだったのだが、七海ちゃんと楓ちゃんも反応してしまった。
それはそうだよな。みんな藍那だもんな……。
「あ、ごめん……。え、えっと……」
「
「じゃ、じゃあ……麗……さん?」
「あんた、変なところで恥ずかしがるのね……」
だ、だって仕方ないじゃん。
好きだって自覚しちゃったら名前で呼ぶのなんて照れくさいじゃん。
なんて口が裂けても言えないが。
「いやぁ……女の子を名前で呼ぶってなかなかなくて」
「七海と楓は名前で呼ぶのに?」
「それはちょっと違うというか……」
「ことちゃんも名前で呼ぶのに?」
「
「ふ~ん」
あ、なんか不機嫌になってる気がする……。
「えっと、麗は……さ。何か買うのか?」
「う~ん。なんか欲しいのあったら買うわね。七海と楓は欲しいのある?」
「ちょっとヘアピン見たいかな!」
「楓はサメさんのぬいぐるみが欲しいです」
「おっけー」
よかった……ちゃんと名前呼べた……。
ダメだダメだ。こんなので恥ずかしがってちゃいつもの俺じゃない。
言い合ってる時とかなら呼びやすいんだけどなぁ……。
と、今まで見ていた姫川さんが俺の近くにやってきた。
「本当に付き合わないの?」
「一回断られてるし……」
「でも、麗ちゃんも嬉しそうにしてるよ?」
「そうかな……?」
「そう思うよ」
「なら、俺もそう思っとく」
ふふっと微笑む姫川さん。
ふと俺は思った。
もし、俺と藍那……麗が付き合うということになった時、きっと恋のキューピッドは姫川さんだな、と。
なんだかそう思うと、自分がバカバカしくなってきた。
麗の性格のことだ。こそこそ準備しないで、堂々と直接準備すると宣言してやればいい。
そっちの方が喜ぶに決まってる。
「なぁ麗」
「ん? なに?」
「誕生日っていつだ? 近いんだろ?」
「誕生日? 十一月七日だけど……」
「そうか。七海ちゃん、楓ちゃん、俺もパーティーの準備、手伝ってもいい?」
七海ちゃんが驚いた表情を、楓ちゃんは何やら満足そうにコクンと頷いてからそれぞれ答えた。
「さては狙ってますな?」
「楓は大歓迎です」
「楓ちゃん、ありがとう。七海ちゃん、許してくれるかな?」
「康太さんなら許しますっ」
「ありがとう」
「ちょ! 何言ってんのよ!」
顔を赤く染めた麗が俺のことをペチペチ叩いてくる。
全然痛くない。
「あ、お姉ちゃん照れてる!」
「照れてない! ヘアピン買ってあげようと思ったのにな~!」
「あ、それはずるいよお姉ちゃん!」
「サメさん。サメさんは買ってくれますか?」
姉妹の微笑ましい光景に自然と笑みが零れる。
姫川さんの方を見ると、姫川さんもニコニコと笑っていた。
「ありがとう姫川さん。姫川さんのおかげで勇気が持てたよ」
「今日のお礼ってことで、よろしくねっ」
「俺何もしてない気がするけどなぁ~」
「準備してくれたの
「そうだったかな?」
くすっと笑い合いながらみんなで歩く。
ショッピングモールはすぐそこだった。
※※※
「お~。サメさんがいっぱいです」
「あんまり高いのは買えないわよ?」
「ちっちゃいサメさんにします」
お店に入っても楓ちゃんは俺の手を離してくれず、ぐいぐいと引っ張られる。
必然的に楓ちゃんと回ることが多くなった。
ぐいぐいと進む楓ちゃんと引っ張られる俺の後に、麗と姫川さんと七海ちゃんが続く。
「なんかアタシもサメ欲しくなってきちゃう……!」
「高いのはダメよ?」
「お小遣いを使うしかない……かっ!」
先に楓ちゃんの要望をということで訪れたショッピングモール内のお店。
かわいらしい服やぬいぐるみ、タオルや小道具なども置いている。
その中で、なぜかはわからないがサメグッズのコーナーがあり、現在はそこを散策中だ。
抱き枕にタオルにぬいぐるみにパーカーやTシャツと、サメがプリントされたものやサメそのものを枕にしたデザインなどが所狭しと並んでいる。
「わたしもちょっと買おうかな……」
「あたしも買おうかなぁ」
「麗、これいいんじゃないか?」
「どれどれ?」
俺は、サメそのものがデザインになっている帽子らしいものを手に取った。
実際に被ると、頭をサメにかじられているようになる。
それを麗に渡した。
「よくないわよ!」
「あはははっ」
「そんなに言うならあんたに買ってあげるわよっ?」
「あ、待って! ごめん! ごめんって!」
会計にマジで行こうとした麗を必死に止める。
その間も楓ちゃんは俺の手を離さなかったので本当にダメかと思った。
「もう恋人みたいだねっ」
「そう見える……?」
「見える見える」
姫川さんは大きく頷きながらそう言う。
本当なのか怪しいところだ。
「おぉ……!」
「どうしたの? 楓ちゃん」
ついに俺の手を離した楓ちゃんが、一つのぬいぐるみに飛びつく。
手にしたのは、全長約三十センチほどのサメのぬいぐるみだった。
「これかわいいです。これがいいです」
「お、いい感じだね」
「どれどれ?」
俺が同意すると、麗がこちらにやってきた。
ぐいっと俺側の方から覗き込んでくる。
なんで反対側から覗かないのか。近い……。
「ちょっとお高めだね……」
「あ、本当ですね……」
値段を見ていなかったようで、値段を確認した楓ちゃんもしょんぼりと落ち込んでしまう。
「俺がいくらか出そうか?」
「え、いやあんたそれはさすがに……」
「だって今しか買えないかもじゃん? なくなる前に買っとこうよ」
「でも……」
「いいっていいって。今日麗にほとんど任せちゃったし」
「いや、それは楓の面倒見てもらってたし……」
「じゃあ宿題頑張ってるご褒美ってことにしといてくれ」
「……そこまで言うなら」
真面目な麗を説得するのは大変だということは学園祭の時によくわかった。
ここはなんとしてでも引き下がらない。
普段から寂しい思いをしている楓ちゃんに、プレゼントくらいしても罰は当たらないだろう。
「康太お兄さま、いいのですか……?」
「いいよ。ほら、レジ行こ」
「ありがとうございます」
パッと笑顔になった楓ちゃんを見て、俺も思わず笑みが零れた。
表情が大きく変わったのを初めて見た。
俺の手をぎゅっと握った楓ちゃんは、嬉しそうに俺をレジへと引っ張って行った。
※※※
サメをぎゅっと抱きしめる楓ちゃんと手を繋ぎながら、今度はみんなでアクセサリーショップに入る。
周りは女性ばかりで、先ほどから場違いな空気を感じているが、なんだか慣れてしまった自分がいる。
麗に連れて行ってもらったアクセサリーショップや、琴羽と昔から一緒にいるのが原因なんだろうか。
それはわからないが、ともかくアクセサリーショップを物色する。
やはり大きなショッピングモールとあって、アクセサリーショップでも人の出入りは多くある。
正直、麗に連れて行ってもらったアクセサリーショップの方が客の出入りが少ないのではないだろうか。
あの店が女の子の中では有名なのかは知らないが、少なくとも俺はそう感じた。
「なんかいいのあるかな~?」
「七海ちゃん、こんなのは?」
「あ、かわいいっ!」
「こっちも良い感じのあるわよ」
「おお!」
今度は七海ちゃんが欲しいものを探す番だ。
さすがは女の子。
麗と姫川さんも物色を始めた。
自身の好みのものがあったら買うのだろう。
三人で「これはどう?」「あれは?」と言いながら店内を歩いている。
俺はたまに、「これいいかな?」と聞かれるのに意見を言いつつ、今もなおサメを大切そうに抱きしめる楓ちゃんと一緒に三人の後を追う。
しばらくすると、七海ちゃんはいくつかに絞ったようでそれを見比べながら悩み始めた。
「どっちにするか迷うなぁ……」
ちなみに、麗と姫川さんは個人で店内を回り始めている。
二人とも目がキラキラ輝いている。
物色を楽しんでいるらしい。
「七海お姉さま。どれで悩んでるのですか?」
「あ、楓。これとこれなんだけど……」
「どちらもかわいいですね」
七海ちゃんが手にしていたのは、桜の形をしたネックレスとピンクゴールドのブレスレットだった。
元気いっぱいの七海ちゃんに落ち着くような二つのアクセサリー。
なんだかそれを付けると大人っぽく見える気がする。
「七海ちゃん、一つは俺がプレゼントしてあげるよ」
「えっ!? 本当ですか!?」
「ああいいよ。会計行こうか」
「康太さん……。ありがとうございます!」
ひまわりのような笑顔を咲かせる七海ちゃん。
こっちまで元気が出るような笑顔だ。
お会計を済ませ、麗と姫川さんと合流する。
「あれ? まさか康太に買ってもらったの……?」
「片方買ってくれたの!」
「またそんな……。ごめんね康太」
「いや、喜んでもらえて嬉しいよ」
本当のことだ。
正直、出費が痛くないと言えば嘘になるが、それでも二人には何かあげないとという気持ちになった。
父親だけでもいるのなら、大事にして欲しいし。
「ふふっ。神城くんは優しいね」
「姫川さんには負けるよ」
「またまた。あ、そろそろわたし帰るわね」
「あ、もうこんな時間か」
もう夕方になってしまう。
今日は俺が当番だから早めに帰らないと、
「本当ね。それじゃあお開きにしましょうか」
「うんっ。今日はありがとうね、麗ちゃん!」
「いえいえ」
「またね姫川さん。喜んでもらえるといいね」
「うんっ。神城くんもありがとねっ」
「奏さん、また来てくださいね!」
「奏お姉さま、今度はもっと遊びましょう」
「うんっ。七海ちゃんも楓ちゃんもまたね!」
「康太、本当にありがとうね。今度お返しするわ」
「気にすんな。お前の分をもっと豪華にしとく」
「ちょっ!」
「お姉ちゃん照れてる!」
「真っ赤っかですね」
「照れてない!」
「ははは。じゃ、七海ちゃんも楓ちゃんもまたね」
「はい! 誕生日パーティー盛り上げましょう!」
「楓もお待ちしてます」
俺と姫川さんは、駅に向かって歩く。
そろそろ電車が来る時間だ。
歩いて行っても余裕で間に合う。
「今日は料理も教えてもらったし、買い物もできて楽しかった~」
「楽しかったなぁ」
電車に乗り込んでからも、会話は続いた。
今度はあれを作ってみたいこれを作ってみたいという姫川さんは、とても嬉しそうだった。
俺の方が先に電車を降りるので、
俺は、寄り道せずに家へと向かった。
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