040 魚の意味は
ソウにとって、老人は厄介事を呼ぶ要因である気がしてならなかった。
あれからも何度か会話がループし、結局はこちらが折れる形で終わった。
恐らく明日も同じ時間に彼はやってくることだろう。
「その時にまた挑戦すればいい」
明日は開放日と呼ばれ、漕ぎ手が言うには水路に魚が現れる日なのだという。
開放日は2日間続き、その後3日間のインターバルがあり、また開放日が始まるといったサイクルになっているようだ。
放流される魚はご老体が言っていたアリュ1種だけのようなのだが、どうも同じアリュでも色違いが存在しているらしい。
確認されているアリュは全部で3種類。
まずは黄金のアリュ。文字通り黄金に光り輝いているアリュ。こちらを食べると昏睡して1週間は寝込むことになるらしい。人によって期間は異なり、最長で2週間寝たままだったという記録も残っているようだ。
次に危険なのが黄色のアリュ。こちらも食べると昏睡を起こすらしいのだが、比較的軽微なもので、1日から最長でも3日ほどだという。
どちらにしても、目が覚めてから数日は倦怠感が続くとのことだ。
で、最後に白のアリュ。こちらは食べても特に害はないとのことで、アジーラの主食のひとつとなっている。
よって、色付きを釣った場合は直ぐに放すことがアジーラの暗黙のルールとなっていた。
話によるとアリュが出現する起点はランダムということで、住民たちも当たりを付けられていないようである。
一体どこから魚は湧いて出るのか、ソウは少し興味があった。
「水路に魚を放流させることに意味はあるのだろうか?」
この現象を引き起こしている者がいるとすれば間違いなく水の精霊だ。
もしこれが飢饉を起こさない為の処置なのだとしたら、全て食べられる魚を放流させるはずだ。
そこに何か別の意味があるように思えるが、それが何なのか見当もつかない。
ソウはギルドのカウンターに座ってそんなことを考えつつ、コンソールを開いていた。
「まさかウォーターベアの皮が人気とは思わなかった」
ソウは手持ちのウォーターベアの皮を全てトレード欄に突っ込むと、完了のボタンを押した。トレードが成立したとアナウンスが入り、黒、白、茶色と3種類の外套がイベントリに送られてくる。
トレード相手は勿論スルメイカであった。
話を聞くと、どうもアジーラのフィールドボスが水属性らしく、その耐性を付与出来る防具の作成にウォーターベアの皮が必要となっているらしい。
彼女の知り合いが受け持った案件で大量に必要となったようで、あれば回して貰いたいとのこと。ソウとしてはまだアジーラを出られない為に使う予定が無かったし、すぐに狩りに行けるということもあって全放出を決めた。
「烏賊には世話になっているから、これくらい安いものだ」
メッセージで皮がまだ必要であるかの確認を飛ばすと、あれば欲しいとの返信が来た。後々の事を考えると、ソウも耐水装備を用意しておいた方がいいだろう。
スルメイカに耐水装備一式の依頼を出すと、装備に必要な素材の一覧が返ってきた。いくつか足りないものがあるが、どれも見覚えのある素材だったのですぐに集まることだろう。
後日送るとだけ返信し、ソウはコンソールを閉じた。
「さて、これからどうするか」
明日にまた老人と会う予定はあれど、それ以外は特に決めていない。水精霊の情報を集めようにも碌な情報源もないとなれば、後は素材集めと金策目的でフィールドに出るくらいか。
「ひとつ、試してないことがあったな」
ソウはイベントリから水晶玉を取り出した。
「対象はアジーラ内部および周辺に居る水精霊。MP50消費で【未来視】発動」
げっそりと身体から何かが抜けるような感覚と硬直が発生する。
そして、視界に【未来視】の結果が投影される。
その映像内で、ソウは薄暗く広い空間に居た。
目の前には湖が広がっており、所々が青く光り輝いている。
ごつごつとした岩肌の壁が四方を覆っており、そちらも青白く光る箇所が多くあった。よく見れば、それは水晶っぽい鉱石だった。
周りの把握をしていると、湖から天井まで水の柱が生まれた。
やがてそれは渦を巻き始め、徐々に成型されて巨大な龍の姿に変わった。それは一瞬にしてソウへ襲い掛かって来る。大きな口が眼前に迫り、視界が暗転したところで映像は途切れた。
「……情報はあるものの、居場所の手掛かりとは言い辛いな」
そして、また俺は厄介事に巻き込まれるのが確定してしまった。また、先ほどの情報からして、洞窟の内部であるような気がする。
NPCから洞窟があるか聞き込みをしなくてはな。
教会のように何かヒントがあればいいのだが、どこを探してもそれらしいものは見つからなかった。
「今のところ【未来視】で見た結果は確実に現実となっている。どこかのタイミングで俺は水龍の餌になるわけか」
そんな予知など見たくなかった。
ソウは深いため息を吐くと、水晶玉をしまう。偶然とはいえ、耐水装備の依頼を出しておいて正解だった。迅速に素材を集めて烏賊に送らねばならんな。
大水晶に触れると、東の貯水池フィールドで狩れるモンスターのクエストだけ受注していく。
「さて、狩りの時間だ」
気持ちを切り替えて、ソウは東のフィールドへ向かうべく占いギルドを出たのだった。
*
東のフィールドへやってきたソウは、早速ウォータードラゴンフライの洗礼を浴びることとなった。
3体のトンボを相手に、ソウは直剣でそれぞれの羽を切り裂いた。地に落ちた順に頭をかち割っていき、一撃で仕留めていく。
「まだいるのか」
倒したところで、アラートは未だ鳴り続けている。視認できるだけで4匹。その程度であれば狩ってしまう方が早いか。
ソウは、獣骨の短剣を取り出すと、トンボの1体へ投擲する。
頭部へ直撃とはいかなかったが、細い胴体に短剣が突き刺さる。それでヘイトを稼いだようで、こちらに向かって飛んで来た。
近づいて来た1体は、羽に黄色の粉を纏い始める。それが麻痺粉であった。
慌てて、ソウはイベントリから黄色のポーションを取り出すと口に含む。すると、視界の端に30秒のカウントが現れた。
黄色ポーションは即時麻痺回復の性能で知られているのだが、麻痺状態でないときに使用すると等級に応じた時間分の麻痺無効状態が付与させる性能があった。
「もっと早く気付けばよかった」
仲間いれば麻痺後でもポーションを投げて貰って回復できるのだが、ソロだと食らったら終わりだ。その救済もきちんと用意されていた。
「しかしそれを公にしない辺り、さすが運営と言わざるを得まい」
プレイヤーたちに探させたいという意図が透けて見える。
これほど隠し要素が多いと考察組が重宝されるだろうな。
麻痺を気にしなくて良くなったので、ソウはトンボに向かって走ると勢いに任せて跳躍し、光る羽をぶった切った。それだけでトンボは霧散した。短剣分の攻撃が入っていた結果である。
「こいつらのHPが少ないのか防御値が低いのか分からんが、倒しやすいのは素晴らしい」
後の2体はいつも通り地に落としてからワンパンで倒す。経験値とドロップ品を獲得した旨が伝えられる。
「レベルアップは無しか」
直剣をイベントリに戻してから短剣を拾うと、そちらも仕舞った。
結構な数を倒しているせいで、トンボの素材だけ有り余っている。今のところクエストも発生していないので、素材の吐きどころがない。
いっそトンボの防具でも頼んでみるか? でもウォーターベアの方が強そうではある。
そう思っていると、遠目にウォーターベアを発見した。
「さて、熊狩りと行こうか」
ソウは素材を求めて水浴びをしている熊へ駆け寄ると、戦闘を始めたのだった。
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