039 忘れられた記憶
大学のいつものラウンジで、蒼は琢磨と二人で課題に努めていた時だった。
「んで、蒼はまた何かやらかしたの?」
作業中のPCから面を上げた琢磨が言った。
昨日は結局情報収集を取り止めて、アイテムと金の補充をしていたので特に進展はなかった。
散策がてらに西のフィールドも覗いてみたのだが、こちらは東と打って変わって草原のフィールドだった。
クエストで討伐対象だったワイルドホーンはこちらで狩ることが出来た。
ワイルドホーンの体型は所謂サイで、ヘラクレスオオカブトみたいな一対の角が頭の上下に生えたモンスターだ。行動パターンは前回のイベントボスであるワイルドボアを少し賢くした形で、大振りな行動が減ったことで隙が生まれにくくなっていた。また、行動の緩急にも波があり、迂闊に接近攻撃を続けていると思わぬカウンターを食らうこともしばしばあった。しかし、こいつにも毒が有効で、毒中は敵の動きが鈍くなる疑似デバフが追加されていたこともあり比較的簡単に討伐することが出来た。
レッドヘロンなるものとは残念ながら遭遇することが出来ず、討伐・納品のクエストを受注したままとなっている。
「いきなりどうした?」
「いやさ、アジーラに着いた訳だし何か進展あるかなって」
「それなら普通に聞けばいいだろうに……」
作業の手を止めて、蒼はため息を吐いた。確かに面倒なクエストが増えたが、
「サートリスまですぐに向かう予定だったが、用事が出来たので暫くアジーラに留まることになったくらいか。これが進展言えるか微妙なところだな」
「それってまたクエスト?」
「だな。強制クエストのようだ」
「強制? 今までクエストを強制で受けさせられたことないんだけど…… また変なフラグ立てたの?」
琢磨は呆れた視線を向けて来るのだが、こちらとて別に欲しいくはなかったわい。あのご老体が悪い。
「やはり、特殊なケースか」
「今更だけど、毎度毎度良く引っ掛けてくるよね」
半場呆れ気味に琢磨は言った。俺もそう思うよ。
「啓子の運は何故クエスト側に向かないのか?」
「リスク回避でしょ。むしろこっちのフラグ回収班は隼人だし」
言われて納得できてしまうのが悲しいものだ。まさかとは思うが、街を移動する度に精霊関連のクエストが発生するのではあるまいな。
嫌な予感が頭をよぎり、蒼は胃が痛くなってきた。
「急にお腹を擦ってどうしたのさ? 便秘?」
「ありもしない胃痛」
「あ、そ」
冗談みたく言ったので流されてしまったが、意外と本当に起こっているかもしれないな。
「で、こっちの進展としては例の独自クエストをクリアしたよ」
「それはなによりだ。素材は一度で集まったのか?」
「いいや、啓子ですら少し足らないくらいで、他はもっと不足。周回しないと全員分は集まらないね。敵が堅くて前衛組の装備費用が嵩むから、僕たち後衛のDPSを高めようかなって話になってるよ」
「ヘイト管理が難しそうだな。鈴香はなんて?」
「康太郎が上手くタゲ取ってくれば行けるって。あとは、啓子を回避から罠に変更するくらいだけど、そこまで火力が出ないだろうからやっぱ康太郎次第かな」
爆弾でもあれば盗賊でもヘイト管理が出来そうだが、そんなものは実装されていなかった。麻痺毒があるならそのうち出て来そうなアイテムではある。
指令塔の鈴香が行けると言うのであれば、実行は可能なのだろう。後は周りの動きが合えば問題なさそうだ。脳筋な康太郎がどこまで仕上がるかによって、周回効率は変わってくることだろう。
「だから、最低5周は見てる。今週はそれで終わりかもしれないな」
「そうか。まあ、頑張れ」
「うん」
偶然ではあるが、幼馴染も独自クエストで拘束されているようだ。
こちらの内容を少し出すことになるが、情報が無い以上、精霊について聞いてみるのも手か。
「琢磨、アジーラにいると噂の水精霊について何か知らないだろうか?」
「ああ、それなら僕たちも住民から話を聞いてるよ。 ……でも、蒼が欲しい情報ってその辺じゃないんだろう?」
流石。察しが良くて何よりだ。
「ああ。その精霊の居場所が知りたくてな」
「独自クエストがそれって…… 蒼、ヤバくない? また爆弾じゃんか」
「こちらも泣きたいよ」
言葉とは裏腹に無表情で頷いた。
泣きたいのは本心だがな。
「掲示板とか見た?」
「粗方確認した。居場所について誰も公言していないのは把握済みだ」
「そっか。じゃあ、これは知ってるかな? 知り合いが精霊の情報を集めていたらしいんだけど、一番情報を持っていそうなのはアジーラの領主だろうって、そいつは突撃したらしいんだけど。聞いてびっくり。現領主は精霊の情報どころか、対面したこともないらしいんだよね」
琢磨から聞かされたのは驚愕の情報だった。
現領主が把握できていないとは、どういうことだろうか。
「なんと…… つまり、精霊の情報は領主以外から集める必要があるのか」
「知り合いはそう見ているね。でもさ、これっておかしな話だよね?」
「ああ。どう考えても、精霊と一番繋がりが強いとすれば領主だ。ギルドも考えたが、そちらよりも優先されるだろう」
少なくとも街を守るほどの存在である精霊に、領主が出向かない訳にはいくまい。しかしながら、現領主は対面の経験がない。これは予想以上に面倒になってきたな。
あまり使いたくない手ではあるが、一度フェリアへ尋ねに行くことも候補に入れないといけなくなってしまった。
「前途多難だな」
「そのようだね。まあそちらも頑張ってくれ。何か情報が出たら教えるから」
「助かる」
「どっかの秘匿したがりとは違うからね」
皮肉を飛ばして来るが、それもいつものやり取りだ。こちらには何も響かない。
「さて、そろそろ僕は行くよ」
「ああ、また明日な」
琢磨は簡単に机の上を片付けると次の講義がある教室へ向かって行った。
蒼はすでに講義を終えているのでこのまま帰ってもよかったが、もう少しで課題が終わりそうだった。
そのため、蒼は残って課題を片付けてから帰宅したのだった。
*
いつも通りギルドの2階で目覚めたソウは、船着き場へと向かった。
到着すると、ゴンドラを呼ぶことなく対岸へ視線を向けた。すると、目的の人物を発見。右手側に橋が見えたので、そちらを通って対岸へ。
縁に立って釣りをしている老人に向かって、ソウは声を掛けた。
「ご老体、ここでは何が釣れるのかね?」
「ここではのう、アリュが釣れるでな」
老人はソウに視線を向けることなく、水面を見つめていた。この透明度で魚が居ないことなど分かるはずなのだが、彼はどうして糸を垂らしているのだろうか。
「アリュとは?」
「なんじゃ、お前さん。アリュを知らんとは外のもんかの?」
そこで初めて、老人はソウに振り返った。やはり、年齢の割には若く見えた。頭髪は白いが、眉は色素が残っており薄茶色をしている。顔の皺も少なく、メルダと同年代とは考え辛かった。
なにより印象的なのはこちらを見つめるその瞳だ。深い青の瞳にはどことなく強い力を感じられ、過去の冒険者として生きていた証がそこにはあった。
なんだろうか、対面しているだけで圧を感じる。
彼は自然と立ってソウを見ているだけなのだが、ただそれだけの動作でソウを圧倒していた。
思わず、ソウは唾を飲み込むと、ぎこちなく口を開いた。
「ああ、失礼。俺はソウという。俗に言うところの渡り人でな。アジーラには昨日やってきた」
こちらが名を明かすと、先ほどの圧が消えた。オーラを纏っていたとしても納得がいくほどで、見た目の変化が無いのことがとても不思議だった。
「それはそれは。ようこそ、水の都アジーラへ。とはいっても、この名が付いたのは最近じゃがの」
「ああ、それについては少し聞いている。なんでも水の精霊が居ついたことで、こうなったとか」
「そうとも。あの方はとても穏やかで、手を差し伸べてくれた」
老人はまるで懐かしむように昔語りを始めたわけだが、今あの方と言ったか!
「ご老体、水の精霊と会ったことがあるのか?」
「過去に2度の」
ソウは、内心で満面の笑みを浮かべた。
昼間に琢磨から情報を聞いておいて正解だった。昨夜予想は立てていたが、やはり手がかりはこちらだったか。
「それで、水の精霊はどこにおられる?」
「お前さん、精霊様に会いたいのか?」
「ああ」
ソウは頷くと、老人の返答を待った。
しばし考えるような姿勢を取ったあと、老人は口を開いた。
「さあて、どこだったかのう……」
カクンと、ソウの身体が傾いた。やはり、一筋縄ではいかないらしい。
健忘症とは聞いていたが、都合の良い忘れ方をしている…… というわけでもなさそうだ。声のトーンからして、おどけているとは考えにくい。となれば、本当に忘れてしまっているのだろう。
「そうか。知っていたら教えて欲しいところなのだがな」
「すまんのう。最近は息子にもせっつかれておるが、如何せん記憶が飛んでのう。思い出せんのじゃ」
自覚はあるのか。こうして会話が出来ているので割としっかりとして驚いたものだが、成程。そして、領主が水精霊について知らないのはこのためか。
本来であれば継がれるはずの情報がこうしてせき止められてしまっていたわけだ。
これでは、ご老体が万が一に死んでしまったら手掛かりがなくなってしまう。
それは領主も焦る訳である。
「そうじゃそうじゃ。思い出したわい。開放日は明日じゃったな」
思い出す内容が違わないだろうか!
こちらの思いは他所に、老人は釣り道具をまとめるとソウとの会話は無かったかのように縁を上がって行く。
「ちょ、結局、水精霊については思い出せないのかね?」
「はて、誰かの?」
おいおい、まじか。なんか変なループに入ってないか。
「先ほど挨拶したが、渡り人のソウだ」
「ソウ…… ああそうじゃったな。なんか話しておったが、はて、何じゃったか」
老人は首を傾げた。
これはダメかもしれんな。
先ほどのやり取りはどこへやら。これからも会話がループしそうで、ソウは今後の展開を想像して項垂れるのだった。
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