038 水精霊の情報を求めて

 翌日。

 ログインしたソウは、昨日レベルアップした分のSPを振り分けるとギルドの1階へと降りた。

 フロントに出ると、カウンターの奥にある止まり木の上でクロスが毛繕いをしていた。

 彼は降りてきたソウに気が付くと軽く飛んで右肩に乗って来る。その頭を適当に撫でた後、大水晶に触れて討伐クエストをいくつか受注した。


「さて、面倒な物は早めに片付けるとしよう。まずは無難に情報収集からか」


 水精霊について探るのは何処がいいだろうか。NPCに聞き込みは大前提だが、やはり調べ物で定番なのは……


「図書館、もしくは郷土資料館などがあればベストか」


 モノシスではその手の施設を碌に探していなかったので、まずはそこからだ。

 ソウはマップを見て、アジーラの図書館を探した。

 図書館の場所はすぐに発見することが出来た。


「よし、行ってみるとしよう」


 このマップは目的地を設定すると矢印で道案内をしてくれるので迷う心配はない。道中でNPCショップを物色し、市場の相場と特産品があるかチェックをしてから図書館へ向かった。


「金に余裕が出来たことだし、後でポーション類を補充しておこう」


 アジーラのクエスト報酬が高いおかげで、金策の効率はグンと上がっている。特に予定が無い限り、序盤の動きに慣れたらモノシスを出るのが吉ということだな。

 ソウにとっては余り関係のない話であるが、パーティであれば尚更早々にアジーラへ向かう方が効率的であろう。

 そんなことを考えて大通りを歩いていると、図書館に辿り着いた。

 外見はレンガ仕立ての古めかしい小さな旅館といったところだろうか。年季が入っているのは確かなのだが、建物自体ははしっかりとしているように思える。


「まあ、古き良き図書館と思っておこう」


 これはこれで、味があっていい。

 両開きの扉を押して中に入ると、本独特の黴臭い匂いが漂って来た。

 入ってすぐの場所にカウンターがあり、恰幅の良い職員のおばちゃんがひとり、書き物をしている姿が目に入った。

 カウンターの向こう側に本棚が並んでいるのだが、何処を探してもそちらへ行く手段が見当たらなかった。

 もしや、欲しい内容の本を探して貰う形式なのだろうか。

 こちらに気が付いたようで、彼女は手を止めてソウに声を掛けてきた。


「あら、いらっしゃいませ。本日は閲覧でございますか?」

「そのつもりだが、本を借りることは出来るのか?」

「失礼ながら、お客様は住民票をお持ちでいらっしゃいますか?」


 施設用のカードとかではなく住民票?


「いや、持っていないな」

「であれば、閲覧のみとなります。誤って持ち出してしまいますと、衛兵によって拘束されてしまいますのでくれぐれもご注意くださいな」

「ああ。承知した」


 ソウは頷くと、カウンターの横にある壁がスライドして入口が現れた。

 装備屋でも見たが、運営は仕掛け扉が好きだな。

 おばちゃんに首肯して、ソウは中へ入っていく。 

 中に入るとNPCが数人いる程度だった。静かに調べものが出来るので有難い。


「さて、目的の本を探すのはどうしたらいいか」


 適当に歩いていくと、壁際に古いデジタルゲームの筐体に似た箱が設置されていた。


「あれか」


 近づくと、嵌め込まれた画面からコンソールウィンドウが浮かび上がってくる。

 検索バーとキーボードの簡素な検索画面だった。


「これで検索しろと」


 ソウは水精霊とだけ入力して検索を掛ける。すると、かなりの件数ヒットした。


「144……やはりアジーラにとっては馴染みのあるものだから当然か」


 しかし、これほど公になっているのであれば、プレイヤーの方でも何か情報がありそうな気がする。ログアウトして調べてからこちらに来る方が都合がいいかも知れんな。

 そう考えた彼は、マップを見てセーフティエリアを探した。


「無ければギルドに戻ることになるが……ここか」


 休憩室がセーフティエリアとなっているらしい。

 そちらに移動して空いているリクライニングチェアに腰を下ろすと、早々にログアウトした。



 意識が浮上し、現実へと戻る。

 頭からVR機器を外してベッドに置くと、蒼はPCを立ち上げた。

 アジーラの水精霊について検索すると、wikiや掲示板でも話題となっているようだった。

 掲示板は口コミや未確認情報が多く落ちているのだが、欲しい情報をすぐに見つけられないというデメリットを持っている。だからまずはwikiから探していくことにした。精霊の項目があったので、それをクリックする。各街の精霊について記載されているようだ。

 フェリアについてどのように書かれているのか見てみたい気もするが、今はアジーラの精霊だ。リンクを辿って内容を確認する。一通り読み終わった蒼は余りの手がかりの無さに項垂れた。


「ふむ、さっぱり分からん」


 内容としては漕ぎ手から聞いた昔話をより詳しくしたものであったのだが、居場所などの重要な情報は一切載っていなかった。

 仕方なく居場所について掲示板の方を漁ってみたのだが、こちらも空振りに終わった。精霊を探している人は一定数居ることが分かったのだが、核心に迫る回答は何ひとつ載っていなかった。

 果たして、精霊と接触出来たとして情報を乗せるだろうか。


「答えは否。余程の善人か考え無し以外は俺のように秘匿するだろう。であれば、独自で探した方が早いな」


 そう結論付けてPCを落とすと、蒼は再びゲームの世界へ落ちていった。



 図書館の休憩室で目を覚ましたソウは、もう一度水精霊について書かれた本の検索を行った。

 絵本から分厚い辞書のような本まで、種類こそあれど大まかな内容はやはり飢饉を救った英雄の誕生について書かれたものばかりだった。

 気になるのは、何故水の精霊はアジーラに居つくようになったのかだ。アジーラを救った後の情報が一切見当たらないことに、ソウは疑問を覚えた。


「これは、一度領主を尋ねてみるべきか?」


 ここに碌な手がかりがないのであれば、代々アジーラを治めている領主に直接尋ねる方がいいのかもしれんな。

 ソウは図書館を出ると、領主の館をマップで検索する。すぐに場所は判明したものの、問題はどうやって精霊の情報を聞き出すかだ。

 水の精霊について教えて欲しいと押しかけるのは何か違う気がする。


「……ああ、居たではないか」


 となれば、今日はもう駄目だろう。明日、また見に行けばいい。

 解決に繋がる手掛かりを思いだしたことで、一旦精霊のことは後回しにする。

 そして、ソウはポーションを求めて調合ギルドへ足を向けたのだった。



「いやー、強かったね。というか、堅かった?」

「だな。碌に攻撃が入りやしねえ」


 コンソールに表示された己の大剣の耐久値を見て、“MAX”タロウは顔を顰めた。彼の相棒はすぐにでも鍛冶師に修繕を依頼しなくてはならないレベルまで耐久値が落ちていた。

 スモポンの短剣とライトシールドも似たようなものであったようで、げんなりとした表情をしていた。


「こういう時だけは、耐久値の減りにくい遠距離の奴らが羨ましく思うわ」

「二人とも、武器は厳しそう?」


 ベルカの問いに、二人は頷いた。


「これを周回するって、上位陣は変態よね」

「まあ、後々人のことを言えなくなるからノーコメント」

「俺らだって似たようなもんだろうが」


 予備の剣へ切り替えを終えた太郎がスモポンに言った。


「そうですよ。先輩たちはすでに変態じゃないですか!」

「その減らず口を今すぐ閉じろ!」


 うがー! とスモポンはハヤブサに飛びつくと彼の口を両手で塞いた。


「はにふるんぜづか?」

「本当に、この子はどうして一言多いのか!」

「今に始まったことではないでしょうに」


 ベルカはやれやれと首を振った。

 ロックリザードの討伐は無事に終えたものの、格上ということもあってこちらはかなり疲弊することになった。とはいえ、死に戻りすることなく討伐出来たのは僥倖であったと言える。出現条件にある以上、避けては通れないものの、出来る限りトカゲの討伐回数は少なくしたい。


「とりあえず、一旦サートリスに戻るわよ」

「へーい」


 戦後処理を終えたベルカ達はサートリスへと帰還するのだった。

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