037 やっぱりあれは貴重品

 ウォーターベアを蹂躙してジョブレベルを上げたところで満足したソウが占いギルドへ戻った時のことだった。

 中に入ると、メルダとは違う白いローブを身に纏った者が背を向けてカウンターの椅子に座っていた。

 ソウの入室に気が付いたのか、その人はこちらを振り向いて、


「おっそーい! どこをほっつき歩いて……」


 と、叱咤をしてきたのは若い女性だった。

 しかし、こちらを捉えたことでその言葉の続きは発せられなかった。

 二人の間に沈黙が生まれる。


「ええと……どちら様?」

「見知らぬ相手にそれはどうなのかね? 先に名乗るのが礼儀ではないか?」


 取り敢えず、先程の言葉はソウに向けられたものでは無かったようだった。

 女性は慌てて数度咳払いをすると、これまでと打って変わって凛々しい表情を見せた。


「失礼しました。まさかメルダ以外でここに用のある人が来るとは思ってなかったものでつい……。申し遅れましたが、アジーラ調合ギルドの副長、テルマ・クォッサと申します」


 NPCからもその認識なのか。いや、正直なところあのご老体であればいくら罵ってもらっても結構だが。


「渡り人のソウという。一応占い師だ」


 名乗った彼女に対して、ソウは返答をした。

 副長と言う割には簡素な皮鎧に、上から白いローブを羽織ったシンプルな服装だった。服の所々が染みで汚れているが、調合の作業によるものだろう。身だしなみには余り気を使わないらしい。しかし、顔は誰もが認めるであろう美女であった。また何より目を引くのが耳である。なんと彼女は――


「あっ」


 ソウの視線に気付いたのか、彼女の表情がドンドン青ざめてくる。

 サッと両手で耳を覆うと、すぐに退けた。すると、長かった耳は人間のものへと変化しているのだが、流石に遅いと言わざるを得なかった。


「エルフ、か」

「うう、何たる失敗。よりによって人間にバレるなんて……」


 非常に落ち込んでいるところ申し訳ないのだが、サートリスが解放されたことでプレイヤーにはエルフの存在が公となっている。

 その為、ソウはさほど驚いてはいなかった。

 アジーラだとまだエルフの存在は秘匿されているはずなので、その名残だろうか。

 彼女の体型はスレンダーでありつつも、均整の取れた美があった。しかし、この見た目でメルダを叱咤出来るのであれば歳も相当行ってるはずだ。エルフは老化が遅いという設定が定番だからな。


「何か失礼なこと考えてない?」

「気のせいだ」

「はぐらかす人って大体そのようなことを言うわよね?」


 やはり、俺の思考は駄々もれなのではないか? そろそろポーカーフェイスの練習を始めるべきだろうか。


「それで、ご老体に何か用かね? 見ての通り不在だが」

「ええ、そうみたいね」


 同意を得られた所で、彼女の目がすっと細められる。その視線はソウから見て左側へ向けられているようで、釣られてソウも背後を振り返る。しかし、そちらには何もなかった。

 改めてテルマを見ると、彼女は怪訝な表情を浮かべていた。


「どうかしたかね?」


 思わずソウは彼女へと尋ねる。

 それには答えず、頻りに左の一点を見つめていたが、暫くして頭を振ってため息を吐いた。


「いいえ、何でもないわ。メルダは現れないようだし、これで失礼するわ。間違えてしまって済まなかったわね」

「ああ。謝罪は受け取った。気にするな」

「そう。機会があればまた会いましょ」


 そう言うと、テルマヒョイと椅子から飛び降りて、占いギルドを出ていった。

 その背中を見送ったあと、ソウは何処ともなく言った。


「ご老体、さっさと出てくるがいい」


 すると、カウンターの奥がぐにゃりと歪む。そこからメルダが現れたのだった。

 ついでにクロスも一緒だったようで、メルダのそばから飛び立つとソウの右肩に留まった。

 どうやら彼はこのポジションがお気に入りのようだ。


「おや、気付いていたのかね?」

「いや、何となくだがな。テルマが現れないと言っていたので、どこかに隠れているのではないかと思っただけだ」


 割りと当てずっぽうだったので、まさか出てくるとはソウは微塵も思っていなかった。


「そうかの。しかし、あの子もしつこいものじゃ。最近は毎日ここに通っておるよ」

「それほどの急用ということではないのか?」


 神出鬼没なご老体を根気強く待つ相手などそうそうおるまいに。


「あの子の要件は知っとるが、こちらにも受けられない事情があってのう。一度人を通して説明してやったのじゃが、どうにも諦めがつかんらしい」


 ご老体が無理なら誰も出来ないのでは?

 そんな考えが頭をよぎる。


「ワシ以外にも解決できるものは少ないがおる」

「そうか。だとしても無理なのだろう?」


 候補があれど、ご老体はそもそも教える気が無いのだ。

 どんな要件だが知らないが、秘匿情報と言うのはそれでだけで厄介だ。知らぬ方が幸せというものだ。


「要件じゃがの。蘇生薬の流通よ」


 知りたくないと言ったであろうに!(思っただけ) このご老体はどうして、こう、都合の悪い方に持っていこうとするのかね!

 

「あれは泉の水が必要である以上、難しいのではないか?」

「そう言うことじゃ。フェリアに頼んでも月に10本も作れん。とても世の流通分は賄えんよ」


 思っていた以上に蘇生薬が貴重なのだが! そんなことを知れば此方も迂闊に使えないではないか。

 というか、世界で月10本と考えると相当なレアものだ。一体どのような価値になるのやら。


「だから、貴重品じゃよ」

「色々と察してはいたが、それほどのものなのか」

 

 しかし、彼女は調合ギルドの副長だったか。救える命があるならばといったところだろうが、迂闊に公になど出来ない。また彼女はエルフだ。調合の方法も知っているとなれば、余計むずがゆいことだろうな。


「ままならんものだな」

「それが世というものよ」


 今のやり取りから、ソウは疑問が浮上してきた。


「彼女は何故、ご老体へ交渉に? 直接フェリアの元へ行けばいいではないか」

「それが出来ないから、ここへ来とるのじゃよ」


 エルフである彼女ですら、フェリアとのパイプが無いのか。


「繋がりが無いのは正解じゃが、ちと状況が違うの。あの子は根本的に泉の水を使うことを知らんのじゃ」

「は?」


 どういうことだ。レシピを知っているならば、泉の水を使うことも判明しているはずだ。 ……まさか、俺らのように条件を達成しなければ素材の全てが判明しないのか?


「勘違いしていそうじゃから言うがね。あの子は素材も、調合方法も知らんよ。ただ蘇生薬の噂を信じてワシを訪ねておるのじゃ」

「そのような噂が立っているのか?」

「まあ、のう。失敗じゃったのう……」


 珍しく、ご老体が遠い目をしているが、何をやらかしたのか。


「そこでじゃ、ソウよ。ひとつ頼まれてくれんか?」

「物凄く厄介事の予感がしているのだが?」


 ここまでの話の流れからして碌なことがなさそうである。


「アジーラにおる、水の精霊。そ奴を探して欲しいのじゃ」

「寝言は寝てから言いたまえよ」


 正直、こちらは手持ちの情報でお腹一杯なのだ。更に増やされてはたまったものではない。

 断ろうとすると、クエストを受注したアナウンスがやってきた。

 

「……お願いと言う名の強制とは、これ如何に?」

「じゃあ、頼んだよ。ふぇふぇふぇ」


 してやったり、と憎たらしい笑みを浮かべ、メルダは転移でどこかへ消えていった。

 それを呆然と見送るソウであった。


「……あのご老体め、いつか痛い目に遭わせてやるからな」 

「ホー」

 

 こちらを気遣ってか、クロスが頬擦りをしてきた。

 フクロウがそのようなことをするのだろうか? いやゲーム的にはありなのかもな。

 ソウはイベントリからホーンラビットの肉を取り出して、クロスにやる。

 

「さて、またもや厄介事が舞い込んでしまったわけだが、どうするか」


 とりあえずはクエストの確認だろう。

 コンソールを開いて、クエストの内容を見た。



・メルダの依頼2


 アジーラに住み着いている水の精霊の捜索、及び精霊水の確保。

 報酬:不明



 なんともまあ、ざっくばらんとした内容だこと。それに報酬に至っては不明と来たものだ。これでどうやる気を出せと言うのだね?

 地味に依頼にナンバリングが付いているということは、もしや連続クエストということか。であれば、泉の水を汲む依頼を受けてしまったところで、このクエストのフラグを踏んでいたことになる。

 ソウは辟易としつつ、大水晶に触ってこれまでに受注したクエストを消化した。納品も含めて換金を終えたソウの身に変な疲れがどっと押し寄せて来た。やる気が起きず、2階に上がるとログアウトしたのだった。

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