041 漕ぎ手の恋路
あれからウォーターベアを5体ほど狩ったことで、自分の装備に必要な分の素材は揃った。あとは流す分だが、こちらは急ぎではないので手に入り次第流せばいいだろう。
散々お世話になっている獣骨の直剣の耐久値が心許ないので、そろそろ新しい直剣を購入してもいいかもしれない。
「獣骨シリーズを完全に卒業する時だな」
幸いにして、所持金が5万マーニを超えている。今回のクエスト分も加えると6万に届くかもしれない。
8千マーニで購入した直剣であるが、良く持ったものだ。
スルメイカに防具を依頼した以上あまり奮発はできないが、3万までは出してもいいだろう。それくらいであれば、1日で十分取り返せる。
ゴル爺と連絡が付いたとしても払える資金は暫く無い。そのことを考えると、まだ店売りの装備を頼ることになりそうだ。
「街に戻るか」
ドロップ品の確認を終えたソウは、マップに従って街へと帰還する。
道中で数体のマッドフロッグと交戦することになったが、奴らであれば新樹の短剣でサクッとやれるので今のソウにとっては障害にならなかった。
無事街に戻ったソウは、マップで装備屋を探す。
「位置的に南か」
精霊の森がある方向に装備屋はあるらしい。
ソウは精霊の森で狩りをしない関係で、南の区画へ足を運んでいなかった。
「これを機に散策するのもありだな」
行くにしてもまずはギルドに戻って換金してからだな。
マップから視線を外すと、なにやら背後から視線を感じた。
久しい感覚に、嫌な予感を覚えた。
ソウは恐る恐る振り返ると、そこには先日案内してくれた魔法師の少女が立っていた。
彼女は無表情でじっとソウを見上げていた。
「なんだ、君か。久しいな」
「ん、久しぶり?」
数日しか経っていないので微妙なところだが、まあ別にいいだろう。
「他の2人はどうしたのかね?」
「いつも一緒というわけではない」
それもそうか。しかし、この少女は自ら声を掛けてこないのだな。特に人見知りというわけでもなさそうだが、こちらから振らないと会話が続かないのはどうにかならんものか。
「では、どうした? 何か俺に用事か?」
「別に。たまたま見かけたから、見てただけ」
用は無いらしい。であるなら、彼女には悪いが一度ギルドに戻らせて貰おう。
「では、これからギルドへ戻るのでな。用が無いなら、済まないが行かせてもらう」
「うん、どうぞ。こちらは呼び止めてない」
確かに言われてみればそうだった。なんというか、掴み処のない少女だな。一見ボーっとしているのだが、抜け目がなさそうな印象で何を考えているのか分からない。そういう意味では敵対すると厄介そうな相手と言えよう。
今のところ対立する予定はないが。
「ではな」
「うん。またね」
またね、か。互いにアジーラを出ないのであれば、またどこかで会うだろう。
今度こそソウは占いギルドへ戻る為、船着き場へ歩みを進めた。
*
コンソールウィンドウでゴンドラを呼んだところで、ソウは横にいる少女へ言った。
「で、何か用かね?」
先ほども同じようなやり取りをした気がする。
中央区で別れると思いきや、彼女はここまでついてきた。ソウが尋ねると顔を上げて、ソウをじっと見つめてくる。
「なんとなく、占いギルドの場所が知りたかった」
「場所など、マップで出てくるではないか」
検索を掛ければ街中なら何処でも出てくるはずだ。
しかし、ソウの問いかけに少女は首を振った。
「EXのギルドは出てこない」
「ん? そうなのか?」
試しにソウはマップでダンサーギルドを検索してみた。すると、不明と出てきた。
ほう、同じEXであっても場所が分からんのか。通りでギルド周りで他のジョブプレイヤーと遭遇し無いわけである。
「多分、入れないと思うけど」
「そうと分かっていてもついてくるのかね?」
「一応。知っておいた方がいいかもしれないから」
少女はコクリと頷いた。
そういえば、初めて彼女から会話が始まったな。
それ以降、2人は特に話すことなく待っているとゴンドラが近づいてきた。
船着き場にゆっくりとした動きでゴンドラが寄ると、漕ぎ手の兄ちゃんがオールを使ってぞんざいに船の動きを止めた。
「はいよ、お待たせ」
「ああ、世話になる」
「……」
さっさと乗り込むと、ギルドへ続く船着き場に向けてゴンドラが動き出した。
ゆっくりと流れる風景を眺めていると、オールを漕いでいる兄ちゃんが口を開いた。
「そういや、占いギルドに行く渡り人は珍しいな。2人とも占い師なのかい?」
「俺が占い師だ」
そう言って、イベントリから水晶玉を取り出した。
「そうなのか。てっきりお嬢ちゃんかと思ったが、兄ちゃんだったか」
「俺で悪かったな」
「まだ何も言ってねぇ……」
まだと言っている時点で自白したも同然だった。
「じゃあよ、いっちょ俺のことについて占ってくれねえか?」
こうした占いの依頼は初めてだな。
人の未来はどう見えるのか、ソウは興味が湧いた。
「因みに、どんなことを占ってほしいんだ?」
「あん? 引き受けてくれんのか?」
そっちから言ってきて、何を言ってるんだ?
怪訝な表情で、兄ちゃんを見た。
「すまんすまん。で、占ってほしいのは俺の恋よ」
すると、目の前にクエストの受注確認をするウィンドウが現れた。
なんだ、恋占いか。確かに占いとしてはメジャーだが、果たしてそんなのを視ても大丈夫なのだろうか。
MPは40にまで回復している。ある程度正確な情報が出る数字ではあるので、引き受けてもまあ、問題ないか。
ソウはYESのボタンを押した。
「そうか。では具体的にどう占ってほしい?」
「そうだな。今度プロポーズするつもりなんだが、それが成功するかだな」
プロポーズするとは男だな。しかし、それは占いを通さずやった方がいいのではなかろうか。依頼を受けてしまったのでもう遅いが。
NPCを占うとあって、少女もやや興味を持ったらしい。こちらへ視線を向けて来ていた。
「なるほど。では、そちらの名と相手の名を教えて欲しい。あと、相手の外見だ。内面は別にいらん」
「おっと、失礼。俺はギブンだ。相手はエスカーナってぇ、同じ漕ぎ手でな。くすんだ金髪で、身長は大体俺と同じくらい。日焼けしてて身体つきはスレンダーだな」
「承知した」
これだけの情報があれば、相手を見間違うことはないだろう。
ソウは水晶玉を両手で持つと、詠唱を始めた。
「対象、直近でエスカーナを相手としたギブンのプロポーズが成功するか否か。MP40消費で【未来視】発動」
スキル硬直と抜け落ちる感覚の後、ソウの視界に結果が映し出された。
どこかの船着き場の上で、ギブンとエスカーナと思わしき人物が面と向かって何か会話をしていた。ギブンは赤色の花束を手にして、片膝をつくと彼女へ花束を献上した。
すると、彼女はなにやら花束を指したあと、どこかへ行ってしまった。
そこで映像は途切れた。
「ふむ、これは……」
「ど、どうだったんだ?」
芳しくない表情を浮かべたことで、ギブンは焦りを見せた。
さて、どう伝えたものか。音声があればまだ分かるというのに、こういう時は面倒だな。
ソウはもう一度結果を再生する。
気になるのは何故彼女は花束を示したのかだ。
ソウはそのシーンを注目して見た。口元の動きを真似て、声を出してみる。
「あ、た、い、あ、お、の、あ、あ、い、あ、い」
「なんて?」
読唇術は難しいな。
「……何か見えたなら、それを言うべき」
今まで黙っていた少女が口を挟んだ。
確かに正論であった。
「船着き場で、ギブンはエスカーナと思われる相手に赤い花束を渡してプロポーズをした。その結果、彼女は花束を指した後何かを言って、離れていった」
「兄ちゃん、俺が持っていこうとした花が良く赤いって分かったな?」
「さっきのは、その時に発した彼女の言葉を読唇術で真似したと」
少女の的確な読みに、ソウは頷きを返した。
「……エスカーナはいつも自分をなんて言っている?」
少女はゆっくりとギブンへ首を向けると、そう尋ねた。
「え、いつも私だな」
狼狽えつつ、ギブンは返した。
「じゃあ、最初は私。で、情況と母音から当てはまりそうな言葉を探すと、「わたしはそのはなきらい」……だと思う」
「なるほど。安直だが、当てはまるな。となれば、彼女の好みを把握してから挑むべきだな」
好きならば彼女の好みを把握してから挑むものな気がするのだが、それは偏見だろうか。
シーンの結果からで正確性はないが、別に彼女はギブンに対して嫌いと言うわけでもなさそうだ。
「そ、そうか。じゃあ、花をきちんと選んでから挑むことにする」
「ああ。成功するといいな」
そんな会話をしていると、いつものギルドへ続く船着き場へと到着した。
二人がゴンドラを降りると、
「ありがとよ。まさか失敗するとは思ってなかったから、注意して挑むわ」
そう、ギブンは言った。
「ああ、成功を祈っている」
「……がんばって」
彼は、やる気に満ちた表情で、ゴンドラを漕いでいった。
なんというか、ポジティブな奴だな。
彼を見送った後、ソウはギルドへ足を向けた。
その後ろをトコトコと少女がついてくる。特に会話することなく、占いギルドへ到着した。
「ここだ」
「……そう。普通の家」
彼女には別の家に見えているようだ。
「……ありがと。多分私は入れない」
「試してみるがいい」
コクリと頷いて、彼女は取っ手にてを掛けるがびくともしないらしい。首を横に振っていた。
試しにソウが両扉の片方を開けてやる。
「これでどうだ?」
「開いてない」
どうやらダメらしい。なるほど。これでは対応したEXジョブに就いているプレイヤー以外、そのギルドを発見出来ないし、入ることもできないのか。
割と面白い結果だった。
「残念。用は済んだから帰る」
「ああ」
「またね」
とぼとぼとした足取りで、彼女は来た道を戻っていった。
それを見送ったソウは、占いギルドへ入ったのだった。
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