032 森の遭遇者

 ホーンラビットに導かれるままに森を進んでいたソウは、遠くで何かが光っているのを発見した。

 つい先日火の玉モドキを見たばかりで、敵の可能性が十分に考えられる。ソウはコンソールから新樹の短剣と水晶玉を取り出して、いつでも戦闘可能な状態で先を進んだ。

 近づいてみると、3人の人間がモンスターを相手に戦闘をしているようだった。彼らの頭上を見れば名前が表示されていないのが確認できた。よってプレイヤーである。

 しかし、そのことにソウは疑問を抱いた。


「何故プレイヤーが居る? もうここは精霊の森ではないのか?」


 だが、これまでマップを見ていても位置情報の更新はされるものの名称自体の変更はされていなかった。つまり、ここはまだ精霊の森ということだ。


「どうなっている?」


 俺の他にも精霊の森へ出入り出来たプレイヤーがいる。しかし、それならばあれほど炎上しなかったはずだ。

 泉の存在が明るみに出ていないのは確定としても、森の存在はこうして知られているのだ。これはソウの知らない何かが働いているとしか考えられなかった。

 

「分からんな」

 

 なんにしても、初めてこの森で見かけたプレイヤーだ。少し話を聞いてみるのもいいかもしれんな。

 丁度狩りを終えたようで、彼らもソウの存在を把握したようだ。

 向こうはソウがこの場に居ることに対して驚いた様子を見せなかった。向こうは暫しの間こちらを気に掛けつつも、視線は別に向いていた。


「あの、少し話を――」

「お兄さん、やらないみたいだし、いただきっ!」


 ソウが話しかけようとしたとき、軽装備の少女がホーンラビットに対して攻撃を仕掛けようとしていた。慌ててソウはホーンラビットと少女の間に入ると、彼女の振り下ろした短剣を水晶玉で弾いた。


「なっ!」

 

 これには向こうも驚いたようで、片手剣を手にしたぼさぼさ髪の少年が近寄って来る。


「おい、お前。人の狩りを邪魔するってどういうことだよ!」

「というか、水晶玉って。占い師じゃん!」

「うわー、本当に居るんだな。ハズレEX持ち」


 物珍しいのは分かるが、煽りよる。

 ソウは顔を顰めて、フードを取った。


「そちらこそ、ご挨拶だな。突然ホーンラビットに切りかかるとは何事だ?」

 

 ソウが言うと、3人はポカーンと呆けた表情で見てきた。

 ふむ、何か変なことを言っただろうか。いや、改めて考えると異常なのは俺か。

 狩りの邪魔は公式に定められていないが、プレイヤー間のマナー違反に当たる。横取りはご法度。救援要請を出せば別だが、今回の場合だと俺が異常者なわけだ。

 この森は非アクティブなモンスターしかいない。経験値を稼ぐなら先手で対処できる分プレイヤーにとって有利となる。

 それは理解したが、こちらもアジーラへ案内してもらっている最中である。案内人を殺されるのを黙って見ているというのはあり得ない。

 目下、その誤解を解く必要があるな。


「邪魔をして済まないが、こちらとしてもそのホーンラビットを殺されるのは勘弁願いたいのでな」

「何言ってやがる」

「うん、変な人」

「モンスターですよ? 狩って何が悪いんです?」


 まあ、ごもっとも。

 彼らに攻撃されて怯えたのか、いつの間にかホーンラビットは俺の足を壁にしていた。

 それを見た彼らは怪訝な表情を浮かべた。


「おい、テイムのシステムって導入されたのか?」

「俺の知る限りでは未実装どころか、情報すら出て来ていないはずだが?」


 そのような情報があれば、とっくにひと騒ぎあるはずだ。思わずヘルプを呼び出したが、そのような項目は追加されていない。


「だよね。でもさー、そのウサギさんはお兄さんを盾にしているように見えるんだけど。私の見間違いかな?」


 恐らく盗賊だろうか。軽装備の少女はジト目をソウに向けてくる。どう言い訳しても面倒なことになりそうだが、マナー違反をしたのはこちらが先だ。情報を出すことになってしまうがここは仕方がない。

 足に隠れるホーンラビットを抱き上げるとソウは、少年たちに告げた。


「俺はこいつにアジーラまでの道案内を頼んでいるのだ。だから、こちらとしては殺されるわけにはいかんのだ」

「は?」

「アジーラに案内って……」

「じゃあ、お兄さんはモノシスから来たってこと?」


 抱えられて大人しいホーンラビットを見て、少年たちは興味を持ったらしい。説明しろと視線で訴えてきた。


「出来れば公言してほしくないのだがな。俺はモノシスからここまで歩いて来ている。しかし、そちらの反応から察すると信じられない様子だな」


 三人は首肯。それほど言葉を話さなかった魔法師の少女が口を開いた。


「この森はアジーラの南で深夜にしか現れない道を通って来られる場所。モノシスへ続いているなんて聞いたことがない」

「なるほど」


 この森は深夜限定で解放されるフィールドなのか。そうなると昼間にプレイヤーを見かけなかったことにも説明が付く。


「道案内は特殊なクエストの報酬だとしか言えんがな」

「ふうん。それじゃあ、私たちがその道を行こうとしてもダメなのかな?」


 試したわけではないが、恐らく無理だろう。


「一応、行ってみるか?」

「え、いいのかよ⁉」

「こちらも事情があるとはいえ、結果的に狩りの邪魔をしてしまったわけだしな。これで手打ちにして欲しい。とは言え、通れるかは分からんがな」

 

 到着が遅れるが、これは必要経費であろう。

 3人を引き連れて、来た道を戻る。

 彼らにマップが表示されていない場所まで歩くと、その付近で立ち止まった。

 

「ここから先があるのだが、君たちにはどう見えている?」

 

 ソウは続いている森の道を示しながら尋ねた。


「マップだと、行き止まり…… だな」

「ええ」

「うん」


 それぞれ、マップと見比べたが、この先は表示されていないらしい。

 やはりか。だとすると……

 ソウは一歩踏み出して、彼らにとっての境界を越えた。


「うそ!」

「あいつ居なくなったぞ」

「これは驚いた」


 驚いた様子の3人を、ソウは見ていた。認識阻害の壁によってこちらからしか認識出来ないわけか。

 3人の元へ歩くと、やはり驚愕の表情を浮かべた。


「突然、お兄さんが空間から現れたよ!」

「おいおい、転移じゃね?」

「それにしては魔方陣とかないのね。あれかしら。調合ギルドの一般ショップに飛ばされるのと同じシステムかもしれないわ」


 魔法師の少女も、前の俺と同じ考えのようだった。

 試しに彼らへ踏み込んでもらおうとしたが、何か壁によって弾かれたらしい。つまり、条件を満たした場合でしか通行出来ないことが分かった。

 そして、ソウは気になっていたことを質問した。


「因みにだが、この森は何というのだ?」

「はあ? 妖精の森・・・・だよ。マップ見れば分かるじゃん」

「防具も旅立ちセットだし、初心者なんだよ、きっと」


 なるほど。つまりはあのクエストをクリアしなくては精霊の森と認識出来ないのだな。

 ジーっと、魔法師の少女に見つめられていた。紺のローブから体形は分からないが、随分と小柄だな。150も無いだろう。


「……幽霊みたい」

「じゃあお兄さん、もしかして例の炎上した幽霊さんだったり?」


 ああ、ワープからして連想されてしまったようだ。


「確かに。言われてみれば、灰色の外套に容姿も一致するしそうだよ!」

「うわー、実在したんだ!」

「……悪男?」


 こちらが返答に迷っていると、勝手に断定されてしまった。

 偶々にしては容姿が一致しすぎている。もう、これは下手に否定する方がおかしいかもしれんな。あと、魔法師の少女は口が悪い子のようだ。


「隠しても仕方ないか。確かに俺は件の幽霊騒動に巻き込まれている。しかし、SNSで変に誇張されているようなことはしていないので、その辺は勘違いしないで欲しい」


 もはやどうなっているのかソウは理解していないが、彼らの反応からして碌なことになってなさそうだ。


「あん? そうなんか?」

「どう書かれているのかはきちんと見ていないが、最初に訪ねてきた少女とは二言くらいしか話していない。あれほど長く書かれる覚えもない」

「まあ、ネットって都合のいいように変換されちゃうからあれだけど、お兄さんも否定してないよね?」

「あれほど広まったなら、いくら本人であっても少数意見は霞む。騒ぎたいのであれば勝手にやって欲しいものだ」


 しかし、実害が出て来ている以上、対処を考えなくてはならないのは頭が痛い。自分で選んだ選択とは言え、本当に厳しい。


「ふうん。まあなんでもいいや。俺らは独自クエストって自分で見つけてこそと思ってるし」

「そうそう。ユニークなんて発見者の特権だから、クレクレなんてしても面白くないよね」

「同意」

「だから俺らからはその話は別に聞かないわ」


 ああ、この子達はこちら側なのか。風貌的に生意気なやんちゃだが、純粋にゲームを楽しんでいるプレイヤーのようだ。

 理解があるって素晴らしい。


「そうか。助かる」

「だけど、ひとつだけ答えてくんね?」

「何かね?」


 少年は真剣な眼差しでソウを見て、こう言った。


「妖精、見たことあるか?」

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