031 暫しの別れ

「あいつだ! 逃がすな!」

「「うぉおおお」」


 迫り来る男衆に、ソウはウンザリしつつどう回避したものかと考える。

 彼らは通路を塞ぐように陣取ってきた。どうやら待ち伏せをしていたようだ。

 この先を抜ければ精霊の森へ滑り込めるのだが…… 

 いつ来るかも分からない相手を待つとは、なんというか暇なのだろうか?


「鬱陶しいことこの上ないな」


 ずらりと並ぶ、複数の男性。

 彼らの装備はばらばらであるものの、その一部に赤色が刺しているのをソウは確認した。

 もしかしらたどこかのクランに寄せているのかもしれないな。

 さて、相手をするにしてもここは街だ。どちらが仕掛けてもPKの心配はないが、街中で騒動を起こせば住民から衛兵を呼ばれる可能性もある。それは避けたいものだ。

 などと考えていると、30代後半くらいの男性が前に出てきて口を開いた。


「おい、外套のにいちゃんよ。別にとって食おうという話じゃねえんだ。ちょっと教えて欲しいことがあるだけなんだよ」


 ドスの効いた低い声で、ソウに告げた。どこぞのヤーさんですかと伺いたくなるほどロールプレイが上手かった。

 もしや、本職……?


「人の進行を妨害しておいて、よく言ったものだ」

「おめえさんの悪行は聞いてるぜい。前に尋ねた奴にいろいろと酷いことしたってなぁ」


 だから人を集めました、というところだろうか?

 身に覚えのないことをつらつらと並べているのだが、正直言って付き合うだけ時間の無駄である。先日鈴香と見て以来SNSは開いていないのだが、いいように内容が改変されているようだった。もはや呆れを通り越して笑えてくるレベルにまで昇華したらしい。

 後々の為にこいつらのスクショを撮っておくとしてだ。付き合うのは面倒なので、強行突破させてもらおう。

 ソウは身を翻して、きた道を少し戻るように駆けていく。奴さんたちは余裕の表情でゆっくりと後を着いてきた。

 それならむしろ好都合である。ソウは振り返り、助走をつけて斜めに走ると壁へジャンプした。そして壁をキックして反対の斜め上に飛ぶことで男達の頭上を飛び越えた。

 

「なっ⁉」


 この超え方は想定していなかったのだろう。呆けた顔を一瞬拝むことが出来た。


「待ちやがれ!」


 着地したソウは背後を見ることなく走って扉へ駆け込んだ。


「逃げるな、この野郎!」

「寧ろ何故逃げないと思うのか」


 一度視界がぐにゃりと歪み、無事ソウは精霊の森に移動できた。一応背後を見るが、大きな門が開く気配はない。


「ふう。逃げ切れたようでよかった」


 しかし、あの連中は本当に何だったのだろうか。もし毎度絡まれるなら動くに動けんぞ。街中ではやってこない辺り、狡い思考をしている。少し調べてみる必要があるかもな。

 赤に連なるクランは割と多そうで、絞り込めない可能性もあるがスクショで姿は分かっているのでSNSで探せば幾らか情報が出てくることだろう。

 

「クランが出来てくれると楽なのかもしれんな」


 ソロでやっているのに何を言ってるんだという話だが。

 情報の秘匿もあるが、勧誘が消えるというのは大きなメリットだろう。無論、ソウは幼馴染達の立ち上げるものに入る予定があるので、勧誘が来たとしても揺れはしない。

 ソウはゆるりと歩いて居ると、なにやらゆったりとした旋律が耳を撫でてきた。誘われるまま進んでいくと、無事に泉へと到着した。

 

「相変わらず、ここはのんびりとしているな」


 その音の正体は中心に位置する祠の上に座るフェリアだった。彼女の周りにはモンスターたちが集まっており、いつもは水に入っていないホーンラビットですら脱力して水面を漂っていた。

 言葉は分からないものの、澄んだソプラノの声音はモヤモヤした心を落ち着かせてくれる。

 初めて彼女の歌声を聞いたな。

 邪魔にならないようにソウはその場で腰かけると、1匹のホーンラビットが近づいていた。

 そいつはぴょんと飛び上がり、膝の上に乗ってくる。もぞもぞと動いて収まりがいい場所を見つけたのか、白い身体が僅かに沈んだ。

 落ち着いたホーンラビットの耳の間をソウはポンポンと優しく撫でる。柔らかくふかふかな毛の感触にソウは病みつきになりそうだった。モフモフが好きな人の気持ちが分かる気がした。

 ソウの手が気持ち良かったのか、ホーンラビットは目を細めている。この様子だと寝入ってしまいそうだな。

 暫くして、フェリアの歌が終わった。

 歌い終えて目を開けたフェリアは、対面に座るソウの姿を見つけるとその目を細めて微笑んだ。


「あらあら、いらっしゃい」

「うむ。うまいものだな」

「精霊にとって、歌は大切なものですから」

 

 そう言って、フェリアはいつもの微笑みを浮かべた。それは引き込まれるほどまぶしい笑顔であった。月明かりによって照らされた彼女の姿に思わずソウは唾を飲み込んだ。


「それで、今日はどうしたの?」


 フェリアの言葉によって、意識の飛んでいたソウは現実に戻される。

 思わず見惚れてしまったソウは顔を赤らめた。


「あ、いや、アジーラへの行き方をフェリアが知っているとご老体から聞いてな。そろそろモノシスを立とうと思うので、その挨拶も踏まえて来た次第だ。時々戻っては来るとは思うが、暫くはお別れだ。いろいろと世話になった」


 ソウが言うと、フェリアの表情に影が差したような気がした。


「そうなの。あなたも冒険者、旅立つのは仕方ないことだわ」


 祠から立ち上がると、フェリアは水面を滑るように飛んでソウの前にやってきた。転寝をしていたホーンラビットだったが、フェリアが近寄ったことでピギーンと耳が天に立ち、全身が覚醒したような状態だった。

 フェリアはその場でしゃがみ込むと、そんなホーンラビットへ聞き取れない言葉で語り掛けていた。それに対し、ウサギはプゥとだけ鳴いた。


「アジーラへの案内はその子にお願いしました」


 そう言って、フェリアはソウの膝で寛いでいるホーンラビットを指した。

 

「こいつに?」

「ええ。それと、アジーラへ続く道は夜深くにならねば開きません。ですからソウにはそれまで待っていて貰うことになります」


 深夜にしか行けない裏道か。普段プレイしない時間帯のため、情報を貰わなければ一向に気付かなかったかもしれんな。

 しかし、今森から出ると面倒なことになる。ここで一度ログアウトして時間を潰した方が効率的だな。


「では、一度眠ることにする。また後で会おう」

「そうですか。では、また後で」


 ソウは膝のウサギを抱えて地面に降ろすと、ごろんと地面に寝転がりログアウトしたのだった。

 


 現実に戻ってからもろもろ大学の課題を進めていたら、気付けば23時半になっていた。

 

「そろそろインするか」


 幸い、明日は大学が午後からである。少し寝るのが遅くなるくらいであれば問題ないだろう。

 諸々の仕度を済ませた蒼はベッドに寝転がるとログインした。

 意識がアバターに移った途端、目を開けたソウへ待ち構えていたのは双丘であった。


「またかね」

「あら、起きてしまいましたか」


 どことなく残念そうな声を漏らしたフェリア。どうも、彼女はスキンシップが過ぎる。

お恐らくだが、精霊とは言え寂しいのだろうな。

メルダを除けばこうして気兼ねなく話すことができる人間というのは珍しい。モノシスの住民は彼女を神聖化して見ているので、敬うべき存在だ。おいそれと言葉を交わすのさえ叶わないのだろう。

 役得だとは分かっていても、ソウの気持ちとしては擽ったくも恥ずかしいといったところであった。

 起き上がってフェリアを見るも、彼女の浮かべる表情に影はなかった。


「落ち着いたら、顔を見せる」

「分かりました。では、お待ちしておりますね」

「うむ」


 声のトーンからして寂しさが伝わってくるのに、やはり彼女の表情は笑みであった。

何かあるのは分かるが、下手に突くほどの気概をソウはまだ持っていなかった。


「プ、プゥ」


 ソウは声のする方を見ると、ホーンラビットが後ろ足だけで立っており、前腕で森をの方を指している。


「行きましょう、と言っているわね」

「そのようだ」


 空気が読めるんだか分からないウサギだが、まあいいだろう。

 暫しの別れだ。かける声はシンプルでいい。


「では、またな」

「はい」


 フェリアと泉に居座っているモンスター達に見送られながら、ソウは泉を立ったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る