033 アジーラ到着
「妖精、か」
その上位種である精霊なら見知った存在であるが、妖精は未だに見たことがない。
「見たことがないのだが…… この森にいるのかね?」
「そっか。しらないんだったらいいんだ。森の名前になってんだからいるはず。街の人たちも何人か見たって言ってるしさ」
住民の目撃情報があるのか。でも、プレイヤー間では情報が無い感じだな。隠されているのか、ただ単に誰も発見していないのか。恐らく後者な気がする。俺がフェリアと出会ったとき、全員に精霊の情報がヘルプに追加されたからだ。もし誰かが妖精と接触したのならヘルプ欄に出てきていいはずだ。
「純粋な疑問だが、妖精を見つけたら仲間になってくれたりするのだろうか」
「さあ? でも、見てみたいんだよな」
「そうそう。せっかくのファンタジーなんだから」
魔法師の少女もコクリと小さく頷いていた。
その気持ちはよく分かる。未知の存在との邂逅は胸躍るものがある。
「あ、そろそろ時間だよ!」
「んあ? ちっ、もうかよ」
「そう言わない。元々約束」
どうやら、彼らはログアウトのようだ。コンソールを見れば、そろそろ深夜1時を回ろうとしている。見た感じ高校生くらいであろうから、さすがに限界なのだろう。
「しゃーない、戻るか」
「ねえ、お兄さんもアジーラに来るなら一緒に行こうよ」
盗賊の少女がお誘いをくれた。
一応、ホーンラビットが案内してくれるから迷うことは無いのだが……。
当のウサギはいつの間にかソウの腕で熟睡中である。
これはどうしたものか。街の中に連れていけない以上、この場で起こして案内を続けてもらうのが一番だった。しかし、一向に起きる気配がない。
仕方なく、ソウは彼らの誘いに乗ることにした。
「いいのか?」
「うん。ついでだし」
「そんなに遠くない」
「あと、そのジョブについてちょっと聞いてみたい」
占い師をしているプレイヤーは少ないだろうからな。それくらいであれば問題ないか。
「では、歩きながら話そう」
「おっけー」
ソウは彼らと話をしながら森を歩いていった。
適当に揺らしたり耳を引っ張ってみたりと身体へいたずらをしてみたのだが、ホーンラビットが起きたのは森を抜ける直前であった。
起きた直後に慌てて首を振って現状を確認した時、やっちまったと項垂れていたのは見ていて面白かった。
街との境界が近づいたことで、ホーンラビットとお別れをした。
強く生きて泉まで帰って欲しいものだ。
「ほんと、変なモンスターだったな」
「可愛かったじゃない」
「同意」
彼女らには思いの外うけたらしい。確かにアホっぽくて可愛らしかったのは認める。
アジーラは水の都ということもあって、水で囲まれていた。ソウたちのいる森と街の境界には川が横断しており、入口までは橋が架かっていた。
レンガ仕立ての橋を渡って中に入る。アジーラの街はあちらこちらに水路が通っており、その中を多くの小舟が行き来していた。
街中の移動はギルドが運営している船を使うらしい。その際、プレイヤーはお金を払わず利用できるという。
地元のNPCが営む船は有料だが、街の観光案内やオススメの隠れスポットを教えてくれるようで、お使いクエストなどで度々お世話になることもあるとか。値段はまちまちだが、高くても1万マーニほどらしい。
船場に案内されたソウは、占いギルドへ行くためのゴンドラを発見した。
「俺らは仲間のところに帰るから、ここまでだな」
少年が別のゴンドラを指しながら言った。
「じゃあここでお別れだな。世話になった」
「こちらも面白い話が聞けたから満足」
「そうそう。それにやっぱりお兄さん悪い人じゃなかったねー」
まだ疑っていたのか。先入観というのは割と残るものだから仕方ないか。
「ではな」
「バイバーイ」
彼らに見送られて、ソウはゴンドラに乗った。
船を動かしてくれたのはNPCなのだが、別にギルドへ所属しているということではなくただのお手伝いらしい。
EXジョブはやはり取得者が少ないのか、儲けが少ないようだ。よって、操縦士たちはいつもメインジョブの仕事を取り合っているのだとか。
プレイヤーの動向がゲームに反映されている様子を見て、ソウは面白いと思った。彼らNPCはここが現実だ。それがプレイヤー次第でいくらでも変わってきてしまう。相場もそうだろう。素材が流通すれば潤うし、買い占めなどが起これば物価は高騰する。もしプレイヤーが問題を起こしたとき、NPCが責任を追及する先はギルドだ。一部のプレイヤーによって何等かの問題が起きた場合、ギルドを通してプレイヤー全体に被害が出てくるかもしれない。
「自由に遊べはするが、気を付けないと痛い目を見るな」
適当にアジーラについて聞いてみると、これまた精霊が関係しているらしい。もともとはただの村であったらしいのだが、過去に流行り病が起こってからは飢饉が続いたらしい。それからというもの、アジーラは寂れていった。畑も井戸も枯れ、森に囲まれていることから流通も少なく外に助けを求めても碌な物資がやってこない。そのような窮地を救ったのが水を操る精霊だという。水の精霊は自身の力を用いて病原を消滅させ、次々と感染者を治療していったのだとか。精霊の加護を受けたアジーラは復興し、今では街にまで成長した。街の水路は精霊の力が宿っており、アジーラの街を守っているらしい。
つまり、水路が魔方陣のような働きをしているのだな。それによって結界が張られている。そういったところだろうか。
妖精についても聞いてみたのだが、漕ぎ手は見たことがないらしい。
しかし、妖精の森での目撃は何度も報告されているようで有名となっているようだ。因みに、精霊の居場所を知っているか尋ねたのだがモノシスとは違ってどこに居るのか分からないらしい。
「しかし、また精霊か」
もしかしたら各街にひとり居るのかもしれないな。
ギルドの近くに着いたようで、発着所へゴンドラは寄っていく。
ゴンドラが止まったところで、漕ぎ手へお礼を言ってソウは地上へ移った。
マップを開けば、きちんと矢印が出て来ていた。
それを頼りに進むと、相変わらず細く入り組んだ路地裏へ案内される。そうして、占いギルドを発見した。
「相変わらず、ギルドとは思えんな」
水晶玉の描かれた看板が掲げられていなければ、ただの一軒家としか見えない。
入り口は木製の扉のようだ。上にはクロスの出入口もきちんとあった。
ソウが近づくと、扉は自動で開いた。
中に入れば、やはり黴臭い本の香りが漂って来る。
目の前にはカウンターがあり、その上には大きな水晶玉が半分以上を占拠している。その奥には本棚がある。
モノシスでもそうであったがプレイヤーはカウンターより向こう側へ行くことが出来ない。よって、本の盗難は仕様上不可能となっている。
「内部の作りはモノシスと似ている、か。ならばだ」
ソウは、左手を進んで壁に手を伸ばした。すると、手は壁を通り越した。そして、ふにゃっとした何かが伝わってきた。
「うわっ!」
ソウは咄嗟に手を引き抜いた。
一体何の感触だったろうか。いや、冷静に思い返せば何度も触れたことのある触感だった。
その心当たりをソウは告げた。
「……クロス」
そう呼ぶと、壁を通り越して黒い身体がにょきっと生えた。愛くるしい目をこちらに向けると、一鳴き。
「ホー」
バサバサと羽ばたいて、ソウの右肩に止まった。その頭を撫でてやると、目を細めて溶けていた。相変わらずこうされるのが好きらしい。
イベントリからワイルドボアの肉を出して、クロスに与える。ガツガツと肉を突くクロスは何とも幸せそうな表情をしていた。
「全部食べていいからな」
かなり大きな肉を手にしながら、ソウは壁をすり抜けた。現れたのは階段だ。勝手知ったるなんとやら。階段を上ると、モノシスと同じ構造らしかったのでそのままいつもの部屋へ直行。扉にはメルダからのメモが張られていた。
「好きに使え、ね」
鍵は掛かっていないようで、ドアノブを捻って中へ。踏み入れると見慣れた部屋が迎えてくれた。
「ありがたいものだ」
気付けば、手の肉は全てクロスの胃袋に収まっていた。現実とは思えない速さにソウは苦笑した。
確認を終えて一階に降りると、大水晶に触れる。
『ようこそ、アジーラへ』
無機質な女性の声と同時に、受注可能なクエストが現れた。メルダが不在の際、この声が自動案内をしてくれるわけか。
ソウは、出てきた一覧を見た。
・マッドフロッグ10体の討伐:6000マーニ
・マッドフロッグの毒袋 20個納品:8000マーニ
・レッドヘロン3体の討伐:10000マーニ
・レッドヘロンの羽10枚納品:20000マーニ
・ワイルドホーン1体の討伐:25000マーニ
・ワイルドホーンの大角3本納品:30000マーニ
一気に報酬の桁が上がったな。とりあえず全部取っておく。受注可能欄が残り1枠だが、大丈夫だろう。探索はまた次だな。
さすがに夜も更けてきている。
ソウは再び部屋に戻ると、クロスを肩から降ろしてログアウトしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます