028 月明かりの下で、爆弾を

 ソウは向かって来る毒を回避すると、顔面に近づいて短剣を瞳に突き付けた。肉が断ち切られ、ブチブチと嫌な音を立てて刃が沈み込んでいく。


「シャ、アァ……」


 青いエフェクトの涙を流して儚くも鳴いた白蛇の身体がポリゴン化し、霧散した。

 ソウの眼前にwinの文字とともに各種アナウンスが入った。

 構えを解いたソウはコンソールを開いて武器をイベントリに収納し、レベルアップ分で得たポイントの操作を終える。ドロップ品は相変わらずの変異核だった。

 クエスト欄を見れば、風精霊のお願いがクリアされたことを示している。ようやくクリアしたわけだ。

 コンソールを閉じると、ソウは首を傾げた。


「ふむ。こんなものか」


 結論から言えば圧勝であった。

 白蛇の動きはとてもゆったりしたもので、攻撃も噛みつき、のしかかり、後身による払い。後は毒吐きであったが毒霧などではないのでこちらも回避は容易だった。当たれば致命傷だったのかもしれないが、今となっては検証のしようもない。

 新樹の短剣が思った以上に切れ味が良いこと、ソウ自身のステータスが向上したことなど様々な要因が重なった結果、途中で跳ねた毒を食らってしまった以外は白蛇の攻撃をほとんど受けることなく倒し切ってしまった。

 正直なところ拍子抜けであったが、恐らく順番が違ったら厳しかったに違いない。毒蛇であることから同族のランドスネークの毒袋は効かなかったので、もし初めて戦った相手がこれであればまともな火力が出ずに相当苦戦したに違いない。

 やはり、あの猿鳥がラスボスであったのだろうな。単に俺の運が悪かったということか。

 むしろあそこで苦戦したからこそ白蛇を易々と倒せたのだとポジティブに考えることにした。

 ソウは重い荷がひとつ降りたことに安堵の表情を浮かべ、泉に向かって歩き出した。



「むう。だから、どうして、貴様は毎度終わったところで出てくるのだ!」


 ソウは声を荒げて文句を垂れつつワイルドボアが繰り出す突進を避けると、がら空きの横腹へ直剣を何度も切りつけた。

 

「【剣の舞】」


 ソウの身体が淡く青い光に包まれる。流れに任せて剣を振るい、遠心力を利用して水晶玉を叩きつけた。身体を反回転させ、再び剣で切りつける。途切れない動作で連撃を繰り出していった。

 更にワイルドボアの旋回に合わせてソウ自身も移動しつつ位置を調整。ひたすらに無防備な個所へ連撃を与えていった。

 【剣の舞】はモンキーキメラを倒した後に生えたMP20を消費して発動するスキルである。踊りに乗せて剣を振るうことで連撃時にダメージ補正が入る能力だ。

 一撃入れる毎にワイルドボアのHPが1割飛んでいく。敵が17レベルというのもあるが、オーバーキルであることに違いない。

 昨日であればこうはいかなかったろう。

 あっという間にワイルドボアを蹴散らすと、武器を仕舞って泉に向かった。

 今度こそ、邪魔に会わず泉に辿り着いたソウはひとつ溜息吐いた。

 夜にここへ来るのは初めてだったが、この光景は素晴らしいな。

 昼間と違って先ほどの戦闘フィールド同様月明かりに照らされた泉は眩しさが抑えられており、静寂も合わさることでより幻想的な景色を彩っていた。そこに見目麗しい精霊のフェリアが加わるのだ。誰もが目を奪われてしまうこと間違いなしだろう。


「あらあら、溜息は幸せを逃がしますよ?」

「そうは言うが吐きたい時もあるのだよ」 

「ふふ。お疲れのようね」

「ああ。正直かなり疲れている」


 休憩を挟んだとはいえ、ボスラッシュは相当身体に堪えていた。フェリアと会話をしたことで改めて終わったのだと認識し、どっと疲れが押し寄せてくる。疲労困憊のソウを見て、フェリアはやはり柔らかな笑みを浮かべた。


「ソウ、お疲れさまでした。貴方の活躍は森の子たちから聞いています。無事、悪い子達を倒してくれたようですね」

「ああ。これで、この森は静かになるだろう」

「ええ。この子たちも自由に動けると喜んでいますよ」

 

 ひょいっと足元に居たホーンラビットを抱えると、その腕を持ってピコピコと動かしながらフェリアは言った。

 持たれたウサギが困惑しているので下ろしてあげて欲しい。


「それは何よりだ」


 クエストクリア! 

 ファンファーレとともに眼前へクリアのエフェクトが現れた。

 

「さて、偉業を達成したご褒美を渡さねばなりませんね」


 ウサギを地面に下ろしたフェリアはトン、と軽く飛んで泉を超えるとソウの前に音もなく着地した。

 ふわりと優しい香りが鼻孔を擽った。


「では、ソウ? 貴方にこちらを差し上げます」


 そう言って、フェリアは自身の胸の谷間から丸められた細い紙を取り出した。


「そんなところにものを入れていたのかね!」

「ふふ。女にとって絶好の隠し場所ですよ?」


 残念ながら女であっても誰もが出来る芸当ではないことを自覚した方がいい。

 気にした様子もなく、フェリアはそれをソウに差し向けてきた。

 思わずドギマギしたソウだったが、覚悟を決めてそれを受け取った。


「これは?」


 照れ臭さを隠すように尋ねる。意味が無いのは分かっているが、単に気持ちの問題だった。


「蘇生薬のレシピです」


 想定外の返答に、今度こそ空いた口が塞がらなかった。

 その反応が面白かったのか、フェリアはニコニコと笑っているだけだった。

 しばらく固まっていたソウはようやく自我を取り戻すと、突然震え出した手でその紙を開いた。

 すると、紙は発光とともに消滅し、脳内にアナウンスが響いた。

 

 ――蘇生薬のレシピが追加されました。調合レシピ欄から参照ください――

 

 ソウはすぐさまコンソールを開いて、新たに追加された調合レシピ欄をタップ。

 すると、そこにはばっちりと蘇生薬の項目があるではないか。


「……これは、俺死んだか?」

「ふふ。おかしなことを言いますね? これで何度でも蘇られるではないですか」

 

 そういう意味ではないのだが。またもや炎上案件必死の情報が舞い込んできてしまった。

 ソウは隠すことなく頭を抱えた。

 その様子にフェリアはあらあらと苦笑しているだけだった。

 貴女の感覚ではこの苦悩は分からんだろうな!


「因みに、その蘇生薬は貴方達渡り人にのみ蘇生の効果があります」


 フェリアの説明にソウは引っ掛かりを覚えた。つまり、これは……


「それはつまり、渡り人以外の対象には別の効果がある?」

「はい正解です」


 フェリアは小さく胸の前で拍手をした。

 今更だが完全に子ども扱いである。しかし全く悪い気がしないのが不思議だ。


「それは、貴方達から見て現地人にとっては万能薬なのです。生き返らせることは出来ませんが、ほぼすべての病気を絶つとされています」

「ほう。そんな効果があるのか」


 レシピを見ると知らない素材が並んでいるが、その中で見知ったものがひとつある。

 

「モノシスの泉の水……」


 もう、これはご老体に確認するまでもなく確定ではなかろうか。この前に汲んだ水はこれに使われたに違いない。


「因みに、ここの水はいつでも汲みに来て構わないのかね?」

「……そうですね。貴方であれば、好きなだけとはいきませんがたまに差し上げますよ。それほどの成果を出していただきましたから」


 それだけでも十分な報酬だった。


「そうか。では偶に訪ねることとしよう」

「ええ。それがいいでしょう。では、こちらも受け取ってくださいな」


 またもや谷間から5本のポーション瓶を出してきた。

 ソウは狼狽えることなくそれを受け取った。その際、フェリアが少々残念そうな表情をしていたのはスルーした。

 そこは四次〇ポケッ〇か何かだろうか? 物理的法則を無視している気がするのだが。

 受け取ったポーション瓶は案の定、泉の水であった。暫くはこれで持たせろということだろう。幸い、ご老体から貰ったものも手付かずで残っている。有難く使わせて貰おう。


「では、これで私からのお願いは以上です。改めて、お礼申し上げます。ありがとうございました」

「うむ。こちらとしてもいい経験だった」

 

 辛くもあったが、心からクエストを楽しんでいた。ソウにとって充実したクエストがひとつ、幕を閉じたのだった。


「調合のスキルについては、メルダから聞いてくださいね? 彼女からは教えて貰えないでしょうけど、ヒントくらいは貰えるはずですから」


 とてもうれしい情報ではあるが、やはりただでは教えて貰えんか。


「ああ、あのご老体がすんなり教えてくれんのは承知している。地道に探すとしよう」


 何が面白かったのか、フェリアは唇に手をあててクスクスと笑った。


「ええ、そうね。あの子もあなたと似ているものね」

「かなり心外なのだが?」


 俺がご老体と似ている? いくらフェリアであれ冗談はよしてもらいたい。


「あら、そう? それはごめんなさいね」

「その全く反省の色が見えない顔で言われても、何も響かないのだが……」

「はいはい。ほら、疲れているのでしょう? 送ってあげるから今日は戻りなさいな」

 

 取り付く島もないらしい。

 げんなりとした表情を浮かべ、ソウはフェリアによって泉からギルドへと転移させられたのだった。

 ソウが消えたことで発生した光は、まるで水面に飛ぶ蛍のようであった。

 それを見送ったフェリアは駈け寄ってくるモンスターたちを順に撫でながら言った。


「ほんとうに、そっくりよ。あなたたち」


 そう言って、彼女は慈愛に満ちた笑みを浮かべたのだった。

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