029 初イベ終了

「で、結局どうなったの?」


 紙パックのジュースを口に銜えながら啓子が訊いてきた。


「おかげさまで無事クエストは達成したぞ」

「そっか」

「じゃあ、ようやくモノシスから移動できるのか?」

「ああ」


 大学のいつものラウンジで課題をしつつ、蒼は答えた。

 今日はイベントポイントを交換してからモノリスを立つつもりだった。レベルもモノシスのモンスターからの経験値では全く上がらなくなってしまっているし、潮時であろう。

 フェリアのクエストを達成した後、蒼はすぐにログアウトした。その後の記憶は無いので相当疲れが溜まっていたようだ。翌日はログインする気が起きず、バイトと課題で休日を過ごしたのだった。


「数日でアジーラに向かえるとは思っている」

「そう。じゃあ、迎えに行こうか?」


 アジーラまでは一本道と聞いているし、特に迷うこともないだろう。


「いや、俺の方から向かうよ。そっちは好きに進めていてくれて結構だ」

「それじゃあ、一向に合流できないじゃん」


 啓子が唇を尖らせて文句を垂れた。

 なりふり構わず合流することだけ考えるのであれば別だが、蒼は寄り道が多い。またクエストで捕まるかもしれないことを考えると、啓子たちからすれば迎えに行った方がさっさと合流できる。

 

「まあまあ、蒼はこういう奴だってわかってんだからそんな剥れるな」

「でもさー、皆揃ってパーティー戦したいよ」


 ぶーぶーと啓子はごね始めた。

 そう言ってくれるのは嬉しいのだがな。

 そうは思いつつも急ぐ気が無い辺り、蒼は頑固であった。


「そのうち追いつくさ」

「うん。蒼はなんだかんだ追いつくと思うよ」

 

 康太郎だけでなく、琢磨も宥めにかかる。

 彼女もそれは理解している。しかし、どうも全員で戦闘をしたい様子であった。

 啓子はうーんとこめかみに人差し指を当てて唸った後、名案とばかりに顔を上げた。


「じゃあ、こうしよ! 来月までに追いついてこなかったら強制連行ということで!」

「なぜそこまでこだわるのか」

「啓子、何か理由あるん?」

「単純に皆でクエスト――ボスも攻略したい。だからはよ!」


 単純に全員集まって遊びたいだけらしい。しかし、いつもは宥めるはずの鈴香が黙っているのが気になる。

 恐らく、何かしら目的があるけどこちらには伝える気がないといったところか。


「わかった。じゃあ、こうする。夏までにはそちらと合流することを約束しよう」

「ほんと! 約束だからね!」


 期間が伸びているのだが、気にしていないのは合流することの確約が欲しかっただけのようだ。

 横で見ていた二人も苦笑しているし、これはやはり何かあるな。別に訊かんが。


「とはいえ、合流してもソロで動く方が多いからそのつもりでな?」

「もちろん! 時々付き合ってくれればいいよ」


 時々と言いつつ結構な期間付き合わされそうなのが怖いところだが、予定が無ければいいか。


「それでさ、蒼。ユニーククエストを終えたわけだけど、情報ってどうする? 流すの?」


 琢磨が聞いてくる。どうやら、あのクエストはワールド関連ではなかったらしく、プレイヤー全体へクリアのアナウンスがなされなかった。よって、蒼の現状を知るのは幼馴染とごくわずかな信頼できるらしい上位層のみとなっている。


「それなんだが、抱え落ちしようと思う」

「おいおい、まじかよ」


 呆れた表情で康太郎が言った。

 言いたいことは分かるのだが、今回のクエストで得た情報はおいそれと流せるものではない。また、迂闊に広めればフェリアに迷惑が掛かる案件だ。流すとしても慎重にやらねばなるまい。


「ああ。この件を流すつもりは微塵もない」

「話せる範囲でいいから理由を聞いても?」

「余り出せる情報がないのが心苦しいが、簡単に言えば知り合いに迷惑が掛かるのは避けたい。それだけだ。あとは自然に広まるのを待つぐらいか」


 鈴香はこちらの顔を覗き込むようにじっと見つめていた。

 嘘発見器な彼女をもってしても、こればかりは本当であるから信じざるを得ないだろう。


「うん。嘘は言ってないわね。全部は話してくれなさそうだけど」

「もう爆弾を抱え込んでしまったのでな。複数持っても変わらん」

「ああ、ひとつじゃないのか……」


 蒼は琢磨に対して頷いた。


「ああ」


 幼馴染達はああこりゃダメだという顔をしていた。こちらが梃子でも動かないことが伝わったようでなによりだ。

 

「因みに、蒼。多分知らないだろうから教えておくけど、灰色の外套の噂がすでに広まってるから注意してね」

「糞が。そこまでして情報が欲しいか」


 目撃情報が出回ってしまったのだろう。現状で灰色の外套を所持しているプレイヤーがどれだけいるのか不明だが、ローブや外套にしても、フードまで被るプレイヤーは少数であろう。目立つことに変わりはなかった。

 抱え込むことを決めたものの、どうしてこう自由に動けないのか。


「イカちゃんに外套の色替え頼んだ方がいいかも」

「そうしよう」

 

 あとでメッセージを送っておこうか。となれば金はなんとしても捻出しなくては。特に使っていない手持ちのアイテムを流すか?

 いや、モノシス産で欲しいものがあるとは思えない。強いて言えばイベント産のワイルドボア素材辺りだろうか。


「聴きたいのだが、ワイルドボアの素材は値が付くか?」

「イベントボスの? 一応つくとは思う。なんだかんだ希少素材だし」


 イベントボスなのに希少とはこれ如何に? 

 蒼が首を傾げると、琢磨が納得と頷いてから口を開いた。


「市場に出回っている母数が少ないんだよ。今回のイベントの仕様を思い返して貰えれば分かると思うけど、ランダムエンカでレベルの低い人ほど出やすい。上位層は狩ってもそれほど得をしないのでモノシスに向かうことすらしない。そうなれば地味に希少となるのさ」

「なるほど」

「因みに、ワイルドボアの皮や牙でも武具が作れるってー」


 だろうな。特別な表記もされていなかったし、イベント終了後もイベントリに残されていることからほかの素材同様生産に使えるということだ。

 使う当ても無いので、自身の防具を新調して残りは烏賊に流すか。


「あ、時間だから行くねー」

「私も」


 女性陣が揃って席を立つ。この後は皆受ける講義が違うので、今日はこれで解散だろう。


「おう、行ってこい」

「いってきまーす」

  

 彼女たちを見送った後、男性陣も準備を済ませて教室に向かう。

 途中で琢磨たちと別れて、蒼は一人で教室に入る。

 適当な場所に腰を下ろした蒼の耳に離れた場所で固まっているグループの雑談だ入ってきた。


「イベント終わったからアプデ入るって?」

「そうらしいな。今度は何が始まるのかね?」

「連荘でイベントってことはないっしょ」

「そうよね。なにかしらキャンペーンが始まるくらいかしら」

 

 うちの大学はゲーマーが多いが、こうして日常会話に出るほどWEOは人気であるということだ。

 気になったので、蒼はPCを立ち上げて公式を覗く。確かに明後日の夜中にメンテをするとだけ書いてあるな。内容は相変わらず伏せているが。

 基本的に夜中にプレイしない蒼にとっては弊害にならないため問題ない。

 PCを落とすと、丁度講師が入室してきた。


「さて、切り替えようか」


 講義が始まったので蒼は思考を切り替えると、教員の流れるような説明へ耳を傾けるのだった。

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