027 夜に心霊現象はつきもの

 1階に降りて見回すも、相変わらずご老体の姿は無くフクロウも居なかった。

 仕方なしにソウはギルドを出てポーションを補充するべく調合ギルドへ向かうことにした。

 灰ノ外套によって認識され難くなっているおかげで、誰にも絡まれることなく到達できた。道中で訝し気に見てくる人は何人か居たが、声をかけてくるまでには至らなかったようだ。完全に気配を消すことは出来ないということも分かったのは収穫だ。

 もし性能が向上したものが出回るのであれば、PK達がこぞって手に入れようとするだろうな。

 そんな怖い想像をしていると、


「しまった」


 調合ギルドに入ろうとしたところでソウは所持金が無いことを思い出した。

 入口から逸れてクエスト欄を見ると、泉の水汲み以外のクエストがない。直剣を買うために奔走したばかりで、次のクエストを受注している余裕などなかったのだ。


「うっかりしすぎでは?」


 仕方なくソウは占いギルドに戻ると南の森でまとめて稼げるクエストをピックして急いで森を目指した。

 レベルが上がったことで息をするかのように狩り終えたソウはまとめてギルドで換金してから再び調合ギルドを訪れた。

 いい加減、この方式でしか報酬を貰えないのは修正されないものか。

 入口を潜ると時空が歪んで一般のショップにワープした。転移で思い出したが、これも一種の転移だよな。随分身近なところにあるではないか。一応後で指摘しておこう。

 頭の片隅に残しつつ、青ポーションを10個購入。またもや所持金がすっからかんである。対応してくれたギルド所属のNPCに毒や麻痺を付与できるアイテムはないか尋ねたところ、この街では売ることが禁止されているとのことだ。

 よって、ソウが得られる手段としてはモンスターからのドロップ品かプレイヤー間のトレードに頼る手段に限られてしまった。

 なぜ禁止されているのかを考えてみるが、ここは所謂始まりの街だ。そしてまともなチュートリアルが無いということ、森に出るモンスター達の狩りやすさを考慮した結果、導き出される答えはこの街全体を通してプレイヤーたちにアバターの操作を慣れさせるという意図があってのことだろう。

 初端からアイテムに頼るとその手法で戦うようになってしまう。そうすると必然PSが身に付かない訳だ。だからこそ公にアイテムを売るという手法を取っていない。しかし、使用禁止はプレイの幅を狭める要因であり、プレイヤーに反感を買う恐れもあることから自身で狩ったものから得たものであれば使用可能としている。落としどころとしてはこの辺りであろうか。

 ただの推測だが、あながち間違いではないと思っている。


「無いものは仕方あるまい」


 相場を聞けば、一番低い毒薬で1000マーニ取られるらしい。それならコツコツ貯めて武器を買うか、ランドスネークを狩った方が断然マシである。しかし、値段に見合うだけの能力があるようで、毒袋は現実同様接種しなくては効果が発動しない反面アイテムとなった毒薬は瓶を対象に当てることで効果が発動するとのことだ。効果自体は毒袋に劣るものの、利便性という面では圧倒的にこちらへ軍配が上がる。細かいところでバランスがきちんと取れているのを見て運営の優秀さが窺えた。

 ショップを出たソウは精霊の森に向かう。

 効果はあるものの、やはり人出の無い道で外套姿は浮きやすい。通りすがる人たちは怪訝な表情を浮かべ、ソウを見てきた。

 しかし、それを無視してソウはいつもの門へ辿り着く。ようやく近くのプレイヤーが声を掛けて来そうになったタイミングで門を潜った。

 無事森に入ったソウは、外套のフードを下ろしてため息を吐いた。


「やれやれ、やはり姿が見えないと近寄っては来ないか」


 いかに怪しまれていようとも、あの場に居た連中はいきなり声を掛けてくるような真似はしなかったようだ。壁を突っ切ろうとしたタイミングでソウだと確信したのだろうが、そこまで行けてしまえば障害ではない。

 ソウは落ち着いてコンソールを開き、まだ確認していなかったステータスを見る。レベルアップで入手したSPをDEXとAGI、STRに振る。先ほどの戦闘でかなり経験値が入ったようで、占い師のレベルは21となっていた。


「ようやく20代か」


 初めて一週間ちょっとだが、ソロの割にはいいペースだ。

 それもこれも格上の戦闘ばかりの結果ではあるが、強くなる分には一向に構わなかった。

 この森に居る間は外套も必要ないのでイベントリにしまうとソウはコンソールを閉じた。

 

「今日中に終わらせられると楽なのだが……」

 

 明日も休日ではあるが、バイトもある。それほどこちらに時間を割けない以上は、今日中にやってしまいたいところだ。

 今回は案内人? が居ないので適当に森を散策する。

 道中で痺れ草を見つけたが、フレーバーテキストを読んだ限りこれは直接使用できないもののようだ。一度調合して薬にする必要があるらしい。

 生憎ソウは調合スキルを持っていないので現状はどうしようもなかった。


「調合スキルは買えるのだろうか?」


 もしかしたら誰かに教示して貰えば生やせるかもしれないが、もしスクロールが店売りしているのであればそちらも視野に入れるべきだろう。金欠続きでスクロールなど二の次になっていたが、こうも必要となってくるのであればそちらも調べるようにしなくては。

 ソウは痺れ草をイベントリにしまいながら、目標を探すべく森を歩き続けた。


 

「そろそろ闇が深くなってくる頃か……」


 現実だとそろそろ20時を回ったところだろうか。

 森も暗くなっていき、月明かりが頼りになってくる。幸いにしてプレイヤーは日中ほどではないがフィールドを見ることが出来る。スキルによって昼同様くっきりと見渡すこともできるらしいが、所持していなくてもこうして見えるのだからそれで十分であった。

 ソウにとってこの森は敵対関係にあるのがボスだけで、マップも粗方埋まっていて道に迷う危険性も少ないことからそれほど警戒する必要が無かった。

 

「さて、どこから出てくるか。一度昼間の戦闘区域に行ってみるか?」


 ソウの知るところでは、昼間に戦った場所が一番広く平面が取られている場所であった。もしかしたら居るかもしれない。

 そう考えたソウは、再度戦闘した区域に向かって歩いて行く。

 いくら視界が確保できているとはいえ、薄暗い夜道ということもあって足元を取られることが何度か繰り返しつつも無事目的の広場へ辿り着くことが出来た。

 広場に月明かりが差し込み、そこの中心に人が立っていれば幻想的な光景を見ることが出来ただろう。しかし、そこには人どころかモンスターの姿も無かった。

 ソウはその広場に足を踏みいれると、中心に向かって歩いて行った。

 見上げれば、月が浮かんでおりこちらを優しく照らしている。

 もしかしたら昼間のように月からキメラが落ちてきたりするのだろうか?

 思わず身構えたものの、特に変化は無い。杞憂に終わったソウは構えを解くと別の場所へ向かおうと振り向いた。

 そこで、接敵のアラートが脳内に木霊した。


「なっ⁉」


 思わず頭上を見上げたが、それらしい物体は見当たらない。

 周囲に視線を向けたところで、森の隙間に赤く光るものが二つ浮いているのを発見。ソウは取り出していた武器たちを再び構えた。

 

「最後は火玉かね?」


 心霊現象が相手とはやってくれる。

 しかし、それが見当違いであることはすぐに発覚した。

 段々と近づいてくるその赤い光は瞳。

 ズルリズルリと地を這う音は静かに一定のリズムを打ちながら夜闇に乗せて漂ってくる。そうして、ソウの前に現れたのは月明かりを浴びて白い鱗を輝かせた大蛇であった。

 全長は20mほどであろうか。

 思ったよりは大きくないが、横幅も1m程度でこちらを飲み込むには十分すぎる。

 くりくりとした赤い瞳は、しっかりとソウを捉えている。時折覗く赤い舌は細長くもソウの腕と同程度の大きさはあった。

 徐々に近づいてくる白蛇はソウと一定の距離で対峙したのち、上体を持ち上げて彼を見下ろした。

 その時になってようやく準備が整ったのか、白蛇のHPと名前などが表示された。


・ホワイトスネーク(変異体) lv22


 共通してボスは変異体のようだが、何と此度の相手は同格であった。

 

「ラストだ」

「シャー」

 

 擦れた鳴き声が静かに空気を揺らす。

 これが戦闘の合図となり、ソウはクエスト最後のボスと対峙することになった。

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