026 優しさに包まれて

「ボスを倒すごとにイベントボスに遭遇するのはなぜだろうか?」

「さあ?」

「んなもん分かるか」

「君ら冷たくないか?」


 ヘッドホンから聞こえてくる冷めた反応に蒼はげんなりとした。今は自室の机でPCを立ち上げていつものメンバーと通話をしているところだった。

 

「だってさー、蒼がひとりでユニーク倒してるんでしょ。私たちだってやりたいよー」

「確かにそうなのだが……」

「それで、蒼はまだその不可視の森にいるの?」

 

 ふくれ面の啓子を無視して、琢磨が訊いてくる。


「いや、今はギルドで寝ている」

「あん? お前無事に抜けられたのか? なんでも教会裏に張ってる連中がいるらしいじゃねえか」


 表はそんなことになっているのか。しかし、情報ひとつでこれとかどうなんだとは思うが。

 教会裏の様子を知らないことには訳があった。


「ああ、だがこれは反則だろう」

「なにさ?」

「転移石を使わず転移した」

「「……」」


「「「「はあっ⁉」」」」


 耳元で絶叫を食らった蒼は思わずヘッドホンを投げ捨ててPCから距離を取った。つい先ほどゲーム内でも同じ攻撃を食らったばかりなのだから、勘弁してほしい。

 恨みがましい視線を画面に向けると、両手を合わせてごめんとジェスチャーしている幼馴染たちの姿があった。

 もう消してしまおうかとも考えたが、どうせ後で追及されるのも面倒だと蒼はヘッドホンを付け直した。


「蒼ごめん。流石に五月蠅かったわ」

「だけど、それはかなり重大な情報だよ」

「そんなことは言われずともわかっている」


 転移術はメルダが前に使っているのを見ているし、転移石の存在もあるためそれほど驚きはしないと思っていた。だが設置型の転移があると知って、それだけでもうお腹一杯である。

 キメラを倒して、なぜか道中でワイルドボアを2体も狩ったところでようやく泉にたどり着いた蒼はフェリアにキメラを倒した旨と睡眠薬のお礼を言った。そして、いつもの門以外に外へ出る方法は無いか尋ねたところ泉からの転移という強硬手段を教えてくれた。

 どうやら泉と占いギルドにパスが通っているようで、フェリアに頼めば送ってくれるとのことだ。しかし、ギルドから飛ぶ場合はメルダを頼ることになってしまう。日頃から行方の知れないご老体を探すのは困難であり、常駐しているフェリアと違って易々と使えないだろうことは想像に難くない。よって森に向かうことさえどうにかなれば解消される問題だった。


「詳細は省くが、転移門が存在しているとだけ言っておく」

「うわー気になるわー」

「それって、調べれば各街にあるかもしれない?」

「それは知らん」


 あくまで泉とギルドが通じていたのであって、街を繋ぐものがあるのかなど蒼の知るところではない。調べてみる分には構わないのでそちらでやってもらいたいものだ。


「とりあえず明日までは街からは出ないしフィールドにも出る予定がない。だから無理してこちらに来なくてもいいぞ」


 蒼が絡まれることを良しとしないのか、サートリスにいるこの幼馴染たちはモノシスに戻ってくると言うのだ。レベルアップした蒼は現状それほど弱くは無い。PK相手は面倒だが、どうにか逃げる手はある。


「リビルドしないと色替え出来ないの辛いよねー」

「もう、運営に事情説明して出来る様にして貰うとかどうです?」

「さすがに無理だろ」

「だねえ。ひっきりなしにアバターを変えられるとそれはそれで混乱の元でしょう」

「というか、あれだけ炎上してんだから流石に運営の目にも入ってると思うんだ。それでも動かないんなら、プレイヤー間の問題ってところでしょ」

「確かに」

「だな。とりあえず、こっちは心配しなくていいぞ。あと、お前たちには教えておくが今回のユニークから得たドロップ品は討伐者しか保持できない。俺がキルされてもモノシスの森で得たドロップ品か初期装備くらいが関の山で、PKにとって旨味の無いものばかりだ」


 それを聞いた面々は、心底安堵の表情を浮かべた。


「それはなにより」

「ねえ、それってどんなアイテムなのー?」

「さあ?」


 啓子は肩を落としてオーバーリアクションをしており、鈴香もあらあらと苦笑。

 仕方あるまい。フレーバーテキストも何もないのだから。名前が変異核ということくらいだ。2体ともこれ以外ドロップさせたものが無いので、割と泣きたい。その過程で秘匿しないといけないアイテムを手に入れているのが何とも言えないのだが。


「さあって、フレーバーテキストとかもなし?」

「ああ。なにも書かれていないな」

「たまにありますよね。総じてNPCに聴かないと分からないアイテム群ですが」

「そうだな。だから、後でうちのギルマスに尋ねるつもりだ。先ほどは会えなかったからな」

「碌なもんじゃないかもな」


 康太郎が不吉なことを言うが、割と同意である。

 メルダからの返答は恐らく予想の斜め上を行くと見て違いない。そんな予感がするのだ。それとなくフェリアに尋ねてみたものの、首を傾げられてしまった。


「それでひとつ頼みがあるのだが、外套が欲しい」

「あー、うん。成程ね、了解」


 変に注目されている以上、素顔で面を歩けなくなったのだ。これくらい自衛しておかなくてはならないのが辛いところだ。


「じゃあ、フレコ交換しなきゃ」

「ですね」


 WEOは店の売り買い以外に、プレイヤー間でアイテムのやり取りが可能だ。その際にフレンドになっていることが条件なのだが、どうせ後でするのだから今しても構わない。


「じゃあ、チャットに貼っていくから後で申請しておいてねー」

「ああ」

 

 チャット欄に5人のフレンドコードが貼られた。蒼はそれをコピーしてVR機器に送った。

 

「だとしたら、アイテムとかも渡そうか? 今プレイヤーショップに行くのも厳しいよね」

「ああ。武器も修繕してもらわないと耐久値が心許ないというのに……」


 獣骨シリーズも旅立ちセットも耐久値がお察しレベルまで来ている。

 後1体倒すにしても、準備は万端にしておきたい。が、これ以上強大な敵が来たらどうすればいいのか分からないのが現状だ。幸い、毒袋はまだ1戦以上のストックがあるので、無理に森へ行く必要はない。とりあえず青ポーションが必要だった。他にも何か使えるアイテムがあるといいのだが、先立つものもないのが更にネックとなっている。


「はぁ、何故ゲームでこんなにも苦労せねばならんのだ」

「もう、いっそ吐いちゃうとか?」

「もしやるとしてもクエストを終わらせてからだな」

「だね。ユニークが終われば秘匿する重要性は下がるし」


 独自クエストは発生させたプレイヤーが終了させると同じ内容のクエストは滅多に発生しないと公式から明言されている。詳細は不明だが、どうやら同じような内容でもプレイヤーの経験をもとに細部が違うように工夫されているのだとか。だから全く同じということは稀であるらしい。それでも何万という人口の対処は無理だろうからいくつかのパターンに割り振られていると攻略班は見ているとか。まだ独自クエストの母数が少ないので何とも言えないらしいが。


「なんというか、ソウは毎度災難に合うよねー」

「しかもまだ初期装備でやってんだろ? それでボス戦連発してんだからもう頭おかしいだろ」

「言ってろ」

「ちょっと、太郎先輩さすがに言い過ぎっすよー。蒼先輩は縛りプレイ大好きなんですから」

「……」


 さり気なく一言余計なこの後輩は本当に何とかならないだろうか。いつか本当に暦さんの胃に穴が開くぞ。あまり否定し辛いのが何とも言えんが。

 

「それで、こちらは外套以外に消耗品のアイテムなども送った方がいいかしら?」

「いや、外套があればそれでいい。買い物が出来る様になれば構わないからな」


 外套で顔を覆っておけば、尋ねてくるプレイヤーなど一握りであろうから。


「出来ればすぐに欲しいのよね」

「ああ。クエストの期限が明日までだからな。今日中に準備は済ませておきたい」

「じゃあ、今からログインして買って来るよ」

「いや、待て琢磨。今丁度いいところに……」


 琢磨が通話を切ろうとしたとき、唐突に康太郎が遮った。


「……? どうしたの?」


 なにやら、康太郎はカメラではなく自身のPC画面を見ているようであった。そしてキーボードを叩く音が響いてくる。一区切りしたのか、康太郎はこちらに視線を向けた。


「待たせたな。蒼、このフレコ持ってトレードしてこい。今すぐだ」


 そう言って、康太郎から一人のIDがチャット欄に貼られた。


「これ、誰のだ?」

「あ、そうか」

「なるほど」

「適任だねぇ」


 ほかのメンツは察したのか納得のいった様子である。

 

「潜ればすぐにわかる。もしかしたら持ち物関係全部解決するかもしれん」


 さっさと行けと顎で促して来る。

 仕方ない。こいつから渡されるってことは信頼のおける人物ってことだ。チャット欄のIDをコピーしてこれもVR機器に送る。


「なんだか分からんが了解。では、またな」


 蒼は通話を切って、すぐさまWEOにログインした。

 

 *


 ギルドの2階で起きたソウはすぐにコンソールを開いて、全員分のフレコをペーストしてフレンド申請を送る。

 最後に渡してきたIDで表示されたPLNを見て、納得した。


「確かに信頼できる人物だったな」


 あれからほかのメンツもすぐさまログインしたようで、申請承諾によりフレンド欄が埋まっていく。

 そして、ある人物からフレンド通話が届いた。

ソウは承諾し、着信に出た。


『やあ、ソウ。まずは…… そうだね、お帰り』

「こちらは初で言い回しが妙だが、まあそうだな。ただいまと返しておこうか。久しいな、スルメイカ」


 康太郎が送ってきたコードの相手は、過去に何度も一緒にしていたプレイヤーであるスルメイカであった。


『ええ、数日前にタロウからソウが復帰したって聞いてね。そりゃあ驚いたわ。 ……もう大丈夫なの?』


 本気で心配してくれていたようで、その優しさが身に染みた。


「ああ。WEOはそのリハビリも兼ねている…… が、どうも初手から躓いているようだ」

『そのようだね。まさか開始早々炎上案件とは、狙ってやってる――なんてことはないよね?』

「まさか」


 鼻で笑って一蹴した。誰がわざわざ炎上などしたいと思うのか。そんなのは炎上商法で遊んでいる連中に任せておけばいい。


『そっか。うん、調子もよさそうだ。安心したよ』

「心配かけたようですまないな」

『いいや、こちらもあの時は助けられなかったからさ』

「それについて気にする必要はないと何度も言っている。蒸し返すな」

『うん。そうだったね。ゴメン――さて、湿ったいのは終わりにして、いろいろと聞いているお姉さんが現状を打破するアイテムを渡してあげよう』


 切り替えたようで、普段の調子に戻った烏賊が早速トレード欄に装備を乗せてきた。

 そこには幼馴染たちに頼んだ外套の他に武器もあった。そして、トレードに記されている値段を見たソウは困惑した。


「おい、見返りは何だ?」


 お値段なんと0マーニなのだ。流石に何か裏があると踏んだソウは訝し気に尋ねる。


『これはお姉さんからの復帰祝いかな。どうせこの後も定期的に提供することになるだろうから、今回はいらないわよ。初期装備よりかマシだけど、こちらとしては貰ってもはした金だし。タロウから聞いてるけど、金欠なんでしょ。現状金策できる環境でもなさそうだし、貴方の性格的に申し訳なくなってんのは分かってるから後でなんか返してもらえばそれでいいわ』


 そう言って受け取れとばかりに向こうは交渉確定ボタンを押してきた。こちらがボタンを押せばトレードが成立する。

 ソウは一瞬迷ったものの、断るのは彼女の気持ちに対して失礼にあたると思い直して承諾。

 トレード完了の文字とともに、イベントリにアイテムが送られたとアナウンスが入る。


「すまない」

『いいって。私としてもまた貴方達と遊べるのが嬉しいし』


 そう言って、スルメイカは微笑んだ。気持ち声が弾んでいるのは気のせいだろうか。

 

『それ終わらせたらこっちに来なさいよ?』

「何か起こらなければ向かうことにしよう」

『すぐに来ないところが貴方らしいわね』

「言ってろ」


 軽口を交わす。

 ただのやり取りに懐かしさを感じ、ソウは帰ってきたと思えたのだった。

 こうした何気ないやり取りが、こんなにも心に染みるものなのだな。

 幼馴染達とは日常となっているが、どちらも温かいと感じるのだ。ソウは照れ臭そうに鼻で笑った。この日常は、自分にとって大切なものなのだと再確認できた。


「助かる」

『いいってことよ。じゃあ、さっさとクリアしなさいな。何やってんだか知らないけど』

「終わったら説明する」

『はいはい。待ってるわよ、隠したがりさん』


 カラカラとした笑みが返ってきた。


『じゃあ、またね』

「ああ。また会おう」

『いつでも通話かけてきていいからね!』

「ふん」

『ああ、酷いんだ! そうやってお姉さんの善意を一蹴するのよくない!』

「キャラがブレてるぞ」

『はいはい、本当に冗談の通じない子ね。でも適度に連絡寄こしなさいよ』

 

 啓子みたいなノリで来るほど鬱陶しいものはないな。が、どこか楽しんでいる自分がいるのも事実。本当に天邪鬼な性格だ。向こうも分かっているのだ。そんなことで気分を害する間柄ではないが、甘えだな。

 つくづく友人関係に恵まれていることを実感したソウだった。


「ああ、ではな」

『ええ!』


 通話が切れる。

 ソウはコンソールからイベントリにアクセスし、送られたアイテムの中身を確認した。


「おいおい…… はぁ」


 詳細を見ていったソウは、思わずため息が出てしまった。

 


・灰ノ外套


  DV:250

  【隠密】:隠密行動に補正。AGIに下方微修正

   

 製作者:スルメイカ


・新樹の短剣


  DV:260

  AT:90


 製作者:ゴルフェス


 

 プレイヤーが武器を製作した場合、フレーバーテキストの代わりにそれぞれの名前が表記されるようになっている。そのため、プレイヤー名がブランドとして成り立つのだ。よって、生産プレイヤーは自然と名が広まっていく。宣伝する手間が省ける代わりに格差が出やすいとも言えるので、一長一短な面はあれどプラスの面が強い。

 やはり、プレイヤーが作る武具はNPCよりも性能が上だ。だからこそ、クランがこぞって優良の職人を勧誘するわけだが。

 

「……ゴル爺も居るではないか」


 幼馴染達からも発見報告は無かったが、年配の鍛冶師はすでに烏賊と合流済みだったようだ。二人とも生産プレイヤーだから、自然と合流できたのだろうな。

 であれば、そのうち会えるのだろう。

 装備品にもスキルが付くようだが、こちらはレベルが無く常時固定の補正が掛かるようだ。装備している間のみ適用されるので、脱げばステータス欄からスキルは消える仕組みとなっている。


「有難いことだ」


 ソウはコンソールで武具の換装を終えた。

 旅立ちセットの上から足元まで覆う灰色の外套を纏った。適度に動いてみたが、やや動き辛いため戦闘時は脱いだ方がよさそうだった。僅かとは言えAGIにマイナス補正が掛かっているので、それこそ暗殺スタイルでない限りは脱いだ方がいいだろう。

 また、新樹の短剣はやや緑がかった木のシンプルな柄で刃には木の彫刻が掘られている。性能に関係するとは思えないが、こういうところにこだわりを見せるのが彼らしい。

 ソウは短剣をイベントリにしまうと、1階へ降りていくのだった。

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