025 進化する変異体3
「ちいっ!」
鼻先を黒い羽が通り過ぎていく。ソウの視線の先にはすでに次弾が迫っているのが見える。
軌道からして右斜めの振り下ろし。だが、やや腕が霞み纏っている。
ソウはとっさに回避を断念し、その場から離脱するために全力でバックステップ。振るわれた風に乗せられて更に後方へ飛ばされる。水晶玉を地面に擦り付けてブレーキ替わりとした。
下半身に力を入れて踏ん張りを利かせ、移動が止まったところでソウは地面を蹴って前進する。
ダメージは軽微。まだ戦える。
キメラは飛び上がると羽を飛ばしてきたが、すでにソウはおらず無駄打ちに終わった。
首を下に向けてソウの姿を捉えると、ライダーキックを実行。向かって来ることを把握していたソウはなるべくキメラの背後に陣取るように移動した。
地面に着地したキメラの背面……これまでしつこく攻撃した羽へ再度斬撃を加える。すると、ようやくと言ったところで漆黒の羽が両断された。
スパンと気持ちの良い音が木霊した。
「ガアアアアアア!」
地に落ちた羽はポリゴン化して霧散する。
軽く地面を揺らす咆哮を間近に受けてソウはバランスを崩すも気力でその場から離れた。
「近くで聞くものではないな」
スタンほどの威力は無いが耳がキーンと鳴っており、頭が揺らされているようで少々気持ち悪い。何度か後頭部を叩いて正常に戻す。
見れば、キメラのHPは3割になっており再び赤いオーラを身に纏っていた。
終盤戦だ。恐らくもうオーラは解除されないだろう。しかし、片羽を失ったことで飛行は出来ないはずだ。
制空権というアドバンテージを失った今、奴の行動は制限される。飛ばれることでWTを回復されるということも無くなった。地上戦であればこちらにも分があるため、一方的な展開にはなり難い。
怒ったキメラは片羽を振って黒い羽を飛ばして来るが、範囲が半分になったことでもはや脅威では無かった。
ソウは難なく身を横に動かしてやり過ごすと、キメラに向かって駆け寄った。斜めの振り払いがやってくるが、風纏いでないため軌道を読んで回避。
ソウはイベントリから毒袋を取り出すと、またタイミングよく投げつける。そして、ラストの毒袋も投げつけた。
ひとつはダミーである。案の定、一つ目を払った後にやってきた追撃が被弾して毒状態となった。
キメラは両手を広げて自身を抱くように両腕を横に振るう。
「しゃがんでもギリ当たるか」
ソウは咄嗟に地面に伏せた。頭上を勢いよく風が通過して髪が少し持っていかれたが別にどうでもいい。
鳴りやんだとともに起き上がると、眼前に翼刃が迫っていた。
「っちぃ!」
水晶玉を羽に合わせて突き付けると、弾かれた刃は横の地面を切りつける。ギリギリ直撃は免れたようだ。
ソウは転がって何とか離脱。
こちらのHPもそろそろ3割になろうとしている。敵さんは毒によって2割五分まで削れているが、それ以降はあまり期待できないか。
遠距離による攻撃を諦めたのか、MPが尽きたのかは不明だがキメラは頻りに近距離攻撃にシフトしている。
「なりふり構っている余裕はない。最後の手を使うぞ」
連続で羽による切りつけを行ってきたキメラをやり過ごしつつ、ソウは最後の手を使うべく位置を探った。
横の払いは、風纏い。弾くことはせず大人しく範囲外まで逃げる。その背を追うように羽が飛んできた。
ソウは反転し、羽に向かって全力でスライディングを決めることで頭上を通過させた。
やはり翼刃の攻撃がやってくる。身を捻って転がり回避。
ジッという音がして、HPが削れた。
そのまま転がって少し距離を取ると立ち上がる。
「……危なかった」
あと少し反応が遅れていたら死んでいたな。
まだ羽が飛んでこないことを見越して、ポーションを取り出して飲み干した。
HPが8割にまで回復する。
「残り1本」
更にソウはイベントリから睡眠薬を取り出した。
「こんな状態の奴に効くのかは分からんが、フェリアの言を信じてみようじゃないか」
あれほど自身満々に言われたのだ。役立ってくれるはずだ。
直剣も短剣に入れ替える。
ほんの僅かの時間であったが、このスタイルがなんだか懐かしく感じた。
これで、向こうの特殊はしばらくやってこない。
キメラが足に力を入れてやや前傾姿勢を取っていた。すると、豪速ともいえる速さで突進をかましてきた。なりふり構わず、緊急回避。
キメラは木々に突っ込み、何本かまとめてなぎ倒していた。
土煙が舞う。
倒れた木はすぐにポリゴン化したのち、新しく生えて元通りであった。
「さすがインスタンス化フィールド」
普通のフィールドの場合、こうも修復は早くないだろうな。
土煙からキメラが現れる。登場の仕方がなんだか様になっていた。まるで初登場の戦隊ロボが攻撃されても無傷で歩いてくるような、そんな格好の良さを覚えた。
ソウは駆けだしてキメラに近づいていく。キメラも地面と平行に飛んで翼刃を構えた。
その間、僅か2秒。キメラの間合いに入ると、ソウは腕の軌道を読んで横の2段攻撃と推測。
「せい!」
地面の隙間を狙ってスライディング。見事、キメラの下を抜けた。
立ち上がったソウは通過したキメラの背中目掛けてダッシュ。着地したキメラがこちらを振りかえる。そのタイミングで睡眠薬を投げつけた。それに気付いたキメラは腕で振り払おうとする。見事、睡眠薬は腕に防がれたものの、そこで睡眠薬の粉がばら撒かれる。
漂う粉はキメラの顔面にも届いていた。そうして、睡眠薬を浴びたキメラの動きがピタリと止まった。
「どうだ?」
これで駄目なら次の手を考えなくてはならないが、果たして。
一向に動かないキメラだったが、ゆっくりと前後に身体が揺れており意識はまだ保っているようだ。
「グルルゥ……」
情けない鳴き声を上げ、キメラは脱力したかのように地面に横たえた。
バフンと土埃を巻き上げて、キメラは眠りについたのだった。
様子を見るため1分ほど時間を置いたが、一向にキメラは起きる気配を見せない。
「効いているようで何より」
これで捕獲が出来たらどれほど楽であるか。
ソウは短剣を仕舞って直剣と水晶玉を取り出すとキメラの頭部へ近づく。
「行くぞ。起きてくれるなよ」
まずは一撃。今までよりも柔らかな手ごたえとともに斬撃のエフェクトが散った。いつでも離脱できる準備をしていたが、起きる気配はないようだ。これはチャンスである。
ソウは直剣と水晶玉を交互に繰り出しつつ時にその場で回転を加え、まるで踊るように滑らかな連撃を行っていく。
こちらのHPがどんどんと減っているが、敵のHPも残り1割まで来ている。
そしてついに、こちらのHPがレッドゾーンに入った。ジャイアントキリングの発動条件を満たしたのだ。
連撃に合わせ、キメラのHPは先ほどとは比べ物にならないほどの削りを見せる。これでもキメラは気付くこともなく眠りについていた。
「このような情けない〆で申し訳ないが、終いだ」
直剣を逆手に持ち、その頭蓋を貫いた。
溢れ出たエフェクトを浴びつつ、ソウはキメラがポリゴン化する様を目に焼き付けた。
ファンファーレとともに眼前にはwinの文字が浮かぶ。そして各種レベルアップのアナウンスが木霊した。
残心の後、ソウは僅かに地面に埋まった直剣を引き抜くと最後のポーションを飲み干した。
「終わったな」
安心した途端、どっと倦怠感がやってきた。
インスタンス化されたフィールドが解除されていき、様々な鳴き声が森に響いている。中には聞き慣れたものがあり、そちらを向けば黒フクロウがソウをじっと見ているではないか。
「……おいで」
手招きすると、フクロウは一鳴きしてソウの肩に留まる。首を傾けて、ソウの頬を撫でた。
お返しにそっと頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
「さて、一度フェリアの元へ戻らなくては」
残り1体だが、さすがに連戦するにはポーションを補充しなくてはならない。また、別の出口があるのであれば教えて貰いたいところだ。
疲れた身体に鞭打って、ソウは泉を目指して歩くのだった。
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