024 進化する変異体2

 問:敵が空中でひたすら旋回を繰り返しているため降りてくる気配がないのですが、その間何をしていますか?


 回答:砥石で武器を砥ぐかポーション飲むか肉を焼く


 肉を焼ける余裕などあるわけもなく、ソウはひたすら飛んでくる羽やら風を避けていた。

 進化を遂げてからというもの、戦場はキメラによる一方的な展開が続いていた。

 キメラは羽を飛ばしてくるわ、空中からかぎ爪で攻撃してくるわ、ソニックウェーブも追加されるわのやりたい放題であり、避けるソウはてんやわんやであった。

 まだ行動パターンを掴んでいないが、毒のスリップダメージと陸へ降りてくる隙を突いた攻撃によって9割までHPを削っていた。

 

「はたして、8割でオーラを纏うのだろうか?」


 全体的に細くなった分機動力に磨きがかかり、ついていくことに必死であった。しかし、どの攻撃も一撃必殺というほどではないため、1、2回被弾しても死ぬまでには至らない攻撃が増えている。その分広範囲の攻撃を多用され、回避を余儀なくされているのが嫌らしいがそこはバランスの問題であろう。

 そもそも進化して弱体化したら本末転倒だ。一段階強くなって然るべきである。

 とはいえ、通常・全体攻撃問わず必ず抜け穴が存在しているので運営の優しさが目に染みた。

 かぎ爪による攻撃を水晶玉でパリィ出来るのは収穫で、わざわざ避ける必要が無いのは有難い。また、弾き返すついでに攻撃も出来るためこのパターンはソウにとって格好の獲物であった。しかし、集中力が持たなくなってきたこともあり、うまくタイミングを合わせられずに攻撃を食らってしまうこともしばしば発生している。

 ポーションも残り3本と心もとないので、気力で持たせる必要があった。

 

「ソニックムーブからのかぎ爪!」

 

 飛んでくる風を回避すると、その地点にはすでにキメラが移動しているという機動力をフル活用した攻撃モーションだった。攻撃を凌ぐことは出来ても、反撃に繋げにくいのが難点である。

 細身になったとはいえ攻撃力はキメラの方が上であり、滑空速度も合わさっていることから弾いたとしてもバランスを崩す一方であった。

 そのため、着地を狙った攻撃をするべく只管回避を繰り返す位置取りゲームとなっていた。

 

「そろそろ毒が消える頃か」


 飛ばれているせいで顔面を狙い難く、毒袋による攻撃は安定しないため迂闊に投げられずにいるもの辛い。

また、毒の効力も減少している気がする。


「残り4つだが、貴重な攻撃手段に変わりない。無駄になど出来ん」


 羽攻撃が飛んでくるが、これはもう完全に見切れていた。攻撃タイミングでソウのいる場所を中心に羽の着地する範囲が決定しているようで、なるべく前に走ることで回避が可能だった。しかし、向こうもこちらが回避するなど予測済みであった。羽を出すタイミングは羽ばたき一回であり、両腕は健全だ。

 キメラは向かって来るソウにソニックウェーブを放った。

 このソニックウェーブ、爪の本数しか飛んでこず、範囲も狭いため飛ばされる軌道さえ掴めば回避可能だ。しかし、半透明で実態が見え難いことからソウはあえて風を見ずに振るわれる腕の方向から推測して回避をしている。正確性は落ちるものの、掠るくらいであれば直接死に至ることが無いためこの方法を採用していた。


「毒……そうか!」


 水晶玉を使う関係で装備は強化出来ないものと思い込んでいたが、これは直剣である。手を加えることが出来るはずだった。ソウは毒袋を出して、直剣に毒を塗った。

 

「この後はかぎ爪が来る!」


 宣言通り、キメラが速度を乗せた爪を振り下ろしてきた。

 いかにも左手が後ろから振って来そうな構えだが、実際は胸前に構えられた右手による薙ぎ払いがメイン攻撃だ。左手は仕留め損なった際の保険である。

 これもまた腕が到達する瞬間を狙ってスライディングすることで回避が可能だが、ソウは獣骨の短剣を取り出すと顔面目掛けて投擲した。

 右腕によって弾かれるがそれでいい。

 ソウは攻撃モーションが逸れたことで、振り払いの位置を少しずらしたのだ。

 そして振り払われた一撃をソウはしゃがむことで回避。ついでに隙となっている足を切りつけた。


「ギャッ!」

 

 切りつけた場所が毒に侵され、徐々にHPを削っているのを確認。

 今の一撃で直剣には毒がほとんど残されていないのが見て取れる。恐らく、アイテム1回分として処理されたのだろう。

 じわじわと削れていき、ついにキメラのHPが8割に到達した。

 

「さあ、どう来る?」



「グ、ラアアアアアア!!!」



 怒号が森に木霊した。

 ソウは咄嗟に耳を塞ぎつつも、次の行動を見逃すまいとキメラから視線を逸らさなかった。

 燃え上がるように赤いオーラが出現してキメラを覆うと、かぎ爪がより長く太くなっていく。胸筋や腕回りの筋肉がバランスよく成長し、誰が見ても太しく美しく盛り上がりを見せたではないか。そうして出来上がった上半身は第一形態を引き継ぎつつもよりスタイリッシュな逆三角形のフォルムを形作っていた。

 

「細マッチョは地味人気があるかもしれんな!」


 人によるだろうが。

 変化を終えたキメラはぎろりとこちらを睨みつけるとひと羽ばたき。

 なんと飛んでくる黒い羽も赤いオーラを纏っているではないか。若干ではあるが纏っている光の膜の分だけ当たり判定が広がっていそうだ。

 

「勘弁してもらえないだろうか!」

 

 受けなくても分かる。あれには触れてはいけない。

 本能がそう告げていた。

 

「しかも射出範囲も広がっているではないか!」

 

 ソウは全力で範囲外まで走る。これは例え掠ったとしても大きなダメージが入るに違い無いからだ。

 なりふり構わず逃げたこともあり、無事羽たちが地面に着地する音を聞けた。

 ついでに短剣が地面に刺さっていたのでそれも回収。イベントリにしまった。


「さて、案の定スーパーモードになってしまったがどうするか」

 

 毒袋は残り3個。フェリアから貰った睡眠薬も手付かずで3個残っているが、使いどころがイマイチ掴めていない。

 これまでのパターンのどれもが連発して発動した技はない。恐らく裏でWT(ウェイトタイム)が設定されているのだろう。複数技のコンボで間を繋いでいる形だ。

 

「羽飛ばし、ソニックウェーブ、風纏い、スタン咆哮…… 特殊はこれだけか? オーラは常時で後は基本攻撃のかぎ爪だが、これは特殊のトリガーでもある」


 ただの振り下ろしや薙ぎ払いに特殊行動が付いているのは厄介で、どこに潜んでいるのか解り辛い。

 しかし、特殊の連発が不可能であると推測するなら話は変わってくる。

 

「あの空中に居る間にWTを回復しているのか」


 やはり、制空権を取られているというのは精神的に辛いものがある。

 これが弓士や魔法師であればそのまま遠距離の打ち合いが可能だが、近距離特化のソウからすればちまちまと削る分時間がかかる。

 

「どうにかして落とせないものだろうか……」


 どこかに閃光玉でも落ちていないだろうか。

 馬鹿なことを考えていたソウは、羽が飛んでくることを確認し、向こう側へ全力でダッシュ。

 今思えば、これほどフィールドを自由に動けるのはソロだからだ。

 もしPTでこの戦闘に挑んだ場合、広範囲攻撃で誰かしら落ちてしまうことだろう。そうなれば、自然と瓦解して詰みになるケースがほとんどだ。

 キメラは息を深く吸い込むモーションに移った。


「スタン!」


 耳を塞ぎつつも次の行動を予測するが恐らくソニックウェーブが飛んでくることだろう。

 案の定咆哮を終えたキメラは頭上に腕を振り上げてこちらに向かってその場で振り下ろした。

 耳を塞いだことで早めに復帰したソウはすぐさま身を捻らせて軌道から逸れる。ソニックウェーブを躱した後は木のある方へダッシュした。

 追随するようにキメラが近づいてくるのを肌で感じ、ソウは薄らと笑みを浮かべた。

 ちらりと後ろを見ればこちらに向かって腕を構えているのを確認。そして落下して来ている。かぎ爪の攻撃が確定した。

 ソウは僅かに走るスピードを落として、キメラとの距離を調整する。

 そろそろ腕が振るわれるであろうタイミングで、ソウは地面を蹴り上げた。斜め前に飛んだソウの向かう先には太い木が一本生えている。

 更にソウは眼前の木を蹴り飛ばすことで壁キックをした。【跳躍】【滞空】の補正を受けたソウの身は現実では不可能なバック宙を可能にした。

 間一髪でキメラの頭上を通り抜けたソウは、無事に背後へ着地する。

 振るわれたかぎ爪は先ほど踏み台とした木を切り裂いていた。

 ソウは飛び上がり、羽に向かって剣を振るった。堅いが弾かれることなくダメージが入る。また、僅かに切れ込みが入ったのをソウは見逃さなかった。

 着地すると右からスイングがやっていている。ソウは回避を諦めると左に飛びつつ水晶玉を構えて腕に当てる。

 流されるままに宙を舞った。バランスが悪かったため肩に負担がかかり、脱臼するのではないかと思うほどの激痛が走る。さらにHPが4割にまで減った。

 

「ぐうっ」


 見晴らしの良い中央に飛ばされたソウは、地面を滑りながら着地しポーションを飲んだ。

 しかし、おかげで敵のHPは7割に差し迫っている。本体よりも羽の方が攻撃が通るらしい。

 キメラは一鳴きしてまた空へ飛び立つも、これまでより低い位置でこちらを見下ろしていた。

 そして、キメラはこちらに向かってまたかぎ爪で攻撃を仕掛けてきた。

 それを回避したソウはキメラに近づいてまたも羽を狙って飛び上がると、同じ個所へ一撃入れた。


「ガアアアア!」

 

 またも振り払いがやってくるが、先ほどの経験からソウは着地とともにジャンプを挟んでいたので難なく避ける。

 さらにソウへ羽が放たれるが、飛んでくる数が減少しているのを見逃すことなくそれを回避。

穴が増えたことでそれほど力を入れることなく避けることが出来た。

 

「なるほど、それならば羽を狙っていくべきだったな」

 

 これまでより簡単に接近できたソウは横からくる腕をしゃがんでやり過ごす。すると、キメラの足が迫っていた。


「ここで、というよりようやく蹴りが追加されるのか」


 しかし、蹴りはより敵に隙を与えやすい攻撃であり、大振りであればあるほど隙が大きくなる。

 ソウは反動で背面を晒したキメラに切り込んだ。

 2撃、3撃と加えたところで、羽が振るわれる。それを水晶玉でガードしつつ飛んで距離を取る。腕よりはダメージが少なかったため2割ほどで済んでいる。

 敵のHPが6割に到達した。


「グルルルル」


 オーラが解除され、キメラが落ち着きを見せた。

 そう思ったのも束の間であり、キメラは息を吸い込むモーションを取った。思わず耳を塞いだソウだったが、それほどの声音でないことに疑問を持った。耳から手を離したソウは警戒した。

 すると、キメラに変化が訪れた。前腕からぼこぼこと黒い羽が生えていき、それらは幾重に重ねられていく。そうして出来上がったのはブレードのような小さい一対の羽であった。  

 漆黒の刃を交差して構えたキメラはこちらに向かって軽く飛んだ。それだけで速度が乗り、瞬く間に距離を詰められる。

 戸惑うことなくソウは軌道を予測すると回避した。


「近接攻撃の範囲が広がったか」


 攻撃方法としてはトンファーに近いだろうか。

 しかし、厄介な。

 

「あと何回変身すれば気が済むのかね?」


 そう投げかけるも答えが返ってくるわけもなく、キメラの飛行が加えられた突進が近づいて来ている。ソウはなるべく少ない移動で回避を実行。

 隙があれば胴体に一撃を加えていく。

 インファイトが続くこと少しばかり。敵のHPが5割になっていた。こちらもいくらか掠っていたのか、4割にまで減っている。

 

「はあ、はあ……」


 どれほど戦っているだろうか。ソウの意識が僅かに霞む。回避は高い集中力を持って行うため、乱れると一発でアウトになる。

 そうなれば、これまでの努力が水の泡になってしまうかもしれない。

ソウは、両頬を叩いて気合を入れ直して意識を保つとキメラと対峙する。


「残り5割だ。敵も手負いで条件は同じ」


 そう言い聞かせ、戦意を強く持った。

 向こうも軽く鳴いて両腕を構えている。互いの視線が交差する。

 ソウは深い笑みを浮かべた。


「行くぞ、鳥!」


 叫んだソウはキメラに向かって走り出した。

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