023 進化する変異体
「今度は負けぬぞ、猿!」
ソウは早くもキメラと再会を果たしていた。
キメラのHPは一本目のバーが残り4割の時点まで回復していたが、気にもならなかった。
全快されていたらどうしようかと思ったが、それは杞憂であった。まだそれほど時間も経っていないことから自然回復した結果だと推測できる。
キメラは上段に構えた右拳を放ってくる。今までは回避一辺倒であったソウだが、今回は違った。迫る拳の半分ほど身体を右にスライドさせ、左手に持った水晶玉を拳に合わせて斜めに押しつけた。
「曲がれ!」
反動によってソウの左腕が弾かれるが、左足を半歩後ろに回して身体を捻ることで反動の威力を軽減させる。放たれた拳は水晶玉によって阻まれ、軌道がズレてソウから僅か左の地面に埋まる。
チャンスとばかりにソウはキメラに駆けよると、腹に一発切りつけて股の間をスライディングで通り抜けた。
今まで受けられなかった拳の攻撃は風精霊の加護によってDEXが上昇したことにより体幹能力が向上し、キメラのパンチを受け流せるようになったのだ。
流石に風纏いや横スイングは無理だが、通常のパンチであれば観察眼の補正もあって現実的に運用が可能となっている。
前回はそれほど水晶玉の登場が無く、本気で占い師を選んだ意味を失いかけていたのでこの機会にDEXもきちんとSPを振っていくことにしようと決心したソウだった。
更にソウはキメラが腕を引き上げる中、がら空きの背中へと切りつけてダメージを稼ぐ。しかしこのタイミングに固執することなくすぐに距離を取った。
あれほど苦戦していたソウだったが、この僅かの戦闘で1割にまで持って行っている。
「あいつのおかげで早く見つけられたのが功を奏したな」
後で何か肉をやらねば。ソウは心の中でそう呟いたのだった。
*
遡る事10分ほど前。
泉を出て再び森を散策しようとするソウは、ホーという鳴き声に連れられて視線を向ける。するとそこには黒フクロウが木の枝に留まっていることに気付いた。
フクロウはソウが気付いたことを確認するや飛び立つと、少し先へ向かっていた。珍しく空に飛び立たず、道なりに低空飛行を続けていた。そのままどこかへ行くかと思えば、地面に降りてこちらへ振り向いてきた。
「まさかお前、道案内をしてくれるのか?」
言葉が伝わったのかは分からないが、フクロウは首を振ると再びゆっくりと飛行を始めた。
ソウは駆けだして、フクロウの後を付いていくと広い空間に出た。
「……ほう?」
森を切り取ったかのように円形に均されたフィールドに出たソウの目に、件のキメラが仰向けで寝ている姿があった。
いびきがあるのかと思えば意外と静かなものだな。
「なるほど。睡眠をとることでHPを回復するわけか。よくできている」
ゲームのボスは再戦するとHPMAXになっていることが多いが、このシステムはそうではないらしい。恐らく発見の時間が遅ければ遅いほどHPが回復される仕様なのだろう。
ソウが近づくと、HPバーと名前が表示された。起きる気配はないが案内してくれたフクロウの姿が見えなくなっていることからインスタンス化されたことを物語っていた。
……切りつけられるだろうか?
コンソールから直剣と水晶玉を取り出すと、音を立てないようにゆっくりと近づいていく。すると、キメラの耳がピクリと動き、奴の目が覚めてしまった。そしてこちらをばっちりと捉えているではないか。
どうやら一定範囲の侵入で起きるようだ。
「グウォアオオ!」
「やっぱりだめか!」
ソウはとっさに毒袋を取り出して顔面に投げる。それは回避されることなく顔面で破裂し、少しずつHPを減らしていく。
「さあ、再戦といこうじゃないか」
*
そして現在。
そろそろ2割に差し迫ろうとしていた。問題は敵の攻撃モーションにスタン咆哮とエアパンチが追加される以外何もわかっていない。
しかし、オーラが来ないのは確定している。
よって、ソウは距離をなるべく取らずにひたすら近場で受け流しと回避に特化させた立ち回りで挑むことにした。
やってみて気付いたのだが、咆哮前には一度大きく息を吸い込むモーションが入る。それに合わせてなんでもいいので攻撃をすると咆哮がキャンセルできたのだ。
エアパンチにしてもタメから地面に左手を付いて攻撃というモーションがあり、近場であればあるほど当たりにくい仕様となっているようだ。
通常攻撃に変化がないことも踏まえて、この2割区間は種さえ割れてしまえばソウにとって都合の良い相手と言えた。
隙を見ては攻撃を続け、気付けばそろそろ1割が見えてきていた。
これまで通りならば2割ずつのアクション変更であることから、変化はないと思うが念のため少しだけ距離をとっておく。
隙を見て毒袋を投げて攻撃。スリップダメージによる1割のアクションを見る。
大きく息を吸うモーションつまり、咆哮!
ソウは慌てて水晶玉を投げつける。
キメラは避けることもなく咆哮の準備を終えると同時に水晶玉が直撃。しかし、咆哮は止まることなく発動してしまった。
「グラアアアアアアアア!」
とっさに耳を塞いで、ソウは何としてもスタンだけは回避した。
1割のモーションは強制咆哮。
近づいていたらむしろ気付かなかっただろう。
幸い、水晶玉は視界にいるので、回収可能。
咆哮が終わると、エアパンチのモーションへ入っていた。
「残念、動けるのだよ」
腕が上がりきる前に水晶玉を回収しつつ背後へ回り込む。一度左手を立ててしまうとそのまま攻撃まで行ってしまうのは仕様だな。
いくつも紐解いていくと、確かに敵のレベル・攻撃力共にトップクラスであり、攻撃は受けられるものも限られてくる。しかし、どんなにレベル差があれどつけ入る隙がしっかりと用意されている辺り、ゲームバランスはしっかりと取れている。
「最初はバランス崩壊を疑ったが、冷静に考えてみればきちんと対処できているではないか」
そのことに気付いてから、ソウはこの戦闘を楽しむようになった。無理ゲー、クソゲーと罵ることは簡単だが、その先に進展はない。やはりゲームとは楽しんでなんぼである。その間にどんなことでも僅かな成長があり、やり込む楽しさが見いだせてくるものだ。
敵の間を利用して、ソウは連撃を入れていく。ついに1本目のゲージを削り切った。
すると、キメラはこちらを無視してドラミングを始めた。
なにやら不穏な空気を感じたソウは攻撃を止めてバックステップで少し距離を取った。
するとどうだろうか。キメラを中心として半径1mほどが真っ赤に染まり、光の柱を立てたではないか。
「ふうむ、危ないものだ。あれに巻き込まれたら終わっていたであろうな」
次は何が来るだろうか?
そう考えていたソウは、気付けば肩にダメージエフェクトが出てHPが7割になっていた。
「ガッ⁉」
痛む方を見れば、そこには1本の黒い羽が付き立っているではないか。
ソウは慌てて羽を抜き取った。僅かにHPを削られ、7割弱にまで持っていかれた。
「いつの間に……」
いつ攻撃を受けたのか疑問に思っていると、光の柱が盛大な音を立てて割れていく。
辺り周辺に破片をまき散らし、現れたのは両肩に黒く大きな羽を生やした鳥頭のキメラであった。カラーリングも茶色から深い緑色へ変化して、手足は白い毛であった。あれほど太かった腕は細長くなっており、かぎ爪が伸びている。
先ほどまでのサル顔は何だったのかと思えるほど凛々しい表情をしており、その猛禽類の瞳はしっかりとソウを捉えていた。
「まさか、サルゴリラからバードマンへ進化するとはな。こちらの方がカッコイイではないか」
片羽でなくなったことで、追加されるモーションと言えばつまり……
キメラは両肩の羽を惜しげもなく羽ばたかせると、その場で飛び立った。
「ですよねー」
そして、キメラは大きく両方の羽を広げて、こちらに向かって一振り。
嫌な予感がしたソウはその場で足に力を入れて緊急回避を試みる。
「ちいっ」
直撃は免れたものの、やはり左足に羽が刺さっていた。先ほど居た位置には大量の羽が突き立っている。岩棘よりも性質の悪い遠距離攻撃の追加であった。
「空にいる以上、こちらの攻撃は届かない……地上に降りるまで、ひたすら回避しろということだな」
ならば、だ。
「お前の空中モーションを全て吐いてもらうまでだ。付き合ってやるから存分に出すがいい!」
キメラにそう啖呵を切ったのだった。
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