018 森の荒くれ者 2

「くそう、運営め。やってくれる!」


 ソウは頻りにキメラの腕に注力していた。

 あれから毒の助けもあって、キメラのHPを3割にまで縮めることができた。

 その間にソウは再度【未来視】を発動し、次の行動変化の予測を行ったのであるが、帰ってきた映像はやはり不可解なものだった。

 キメラとの距離は十分であったはずだ。恐らく、機を見計らって脇を抜けて退避をしていたときだろうか。映像のソウはHPの8割以上を減らして吹き飛んでいたのだ。

 映像はそこで途切れている。

 気絶判定か何かで視界がブラックアウトしたものと推測した。

 手がかりはこれだけだった。


「この映像から察するに、不可視の攻撃が来るまでは推測していたが……」


 ソウは悪態をついた。

 遠くでその長い腕がやや左寄りに振り下ろされる。ソウは振り下ろされ始めたタイミングで右へ大振りに回り込むように走る。途中で左後ろから地面を削る音が聞こえてきた。

 

「曲がるソニックウェーブは勘弁してもらえないかね?」

 

 唯一の救いは振り下ろされる方向にしか曲がらないという点だろう。

 背後で木が倒れ、わずかに地面を揺らした。

 こうしてみるとブラックアウトの正体はまだ見ぬ死亡演出な気がしてならない。もう一度じっくり見たいところだが、俺のHPは減り続けていたはずだ。

 

「どう考えても、あの攻撃は直撃すれば死亡間違いなしであろうよ」


 敵に遠距離攻撃が搭載されてしまった以上は、こちらから積極的に接近していかねばならなくなった。

 

「倒し方がワイルドボアと同じであるのは芸がないが、今の手持ちでは眼球掻きまわしがダメ効率最大であろうよ」

 

 弱点部位が見当たらない以上は、唯一刃が通りそうな眼球を目標に据えるしかない。

 更に時間をかけて敵の弱点を探る余裕はなかった。

 どうにかして奴の顔面まで攻撃を届かせなくては……

 

「……できるか?」


 あの巨大な腕を見て実行可能か精査する。

理屈では可能だが、俺はそれほどバランス感覚がいい方ではないのだが……やるしかあるまい。


「これで死んでも仕方なしと割り切って再度挑戦するまで」


 覚悟完了。

 ソウは何度目になるだろうか。キメラに向かって突撃した。

 無論、向こうは黙って近づかせてなどくれなかった。両腕を使って2度のソニックウェーブを放ってきた。


「交差してくれるなら好都合!」


 短剣をしまって顎の下で水晶玉を両手で挟むと、地面へ飛び込んだ。水晶玉を緩衝材としてヘッドスライディングを決め、丁度×となったソニックウェーブの下を通り抜ける。

 ボールの上で腕立て運動をするように上半身を持ち上げると、再びダッシュ。水晶玉は左手に持ち、右手にはしまっていた短剣を出して握る。

 爪の圏内に入ったことで、キメラは直接攻撃に出た。

 図上から爪がやってきているのをソウは見逃すことなく軌道を観察した。


「……ここだ!」


 サイドステップで爪を避け……切れずに左腕の肘から先が消し飛んだ。

 ダメージエフェクトとともに、モンスター同様飛んだ左腕がポリゴン化して消えてしまう。


「ぐうっ」


 血こそ流れないものの、精神的ダメージを知らせるブザー音が響いた。HPがレッドゾーンに入ったがソウは努めてそれを無視し、足に力を込めて地面を蹴った。

 狙うは振り下ろされた二の腕。飛び上がったソウの足が、筋肉質な太い腕を確かに捉えた。


「ふんっ!」


 さらに腕を踏み台にして2段ジャンプを決めると目の前にはにっくきキメラの顔面がこちらを見ているではないか。

 その瞳には短剣を伸ばしたソウが映し出され……


「食らいたまえよ」


 握ったナイフはその柔らかい眼球へ吸い込まれるように突き刺さった。

 移動速度の乗った刃は目を貫通し、ソウの手首を飲み込んだ。

 ぐちゃりと眼球が潰れ、何かを突き破る感触が右手から伝わってきた。刃が脳へ届いたのだ。

 キメラのHPが瞬く間に減って、ついに最後の赤ドットが消えた。

 キメラ全体がポリゴン化され、霧散した。


「ぐぇっ!!」


 支えを失ったソウは防御できずに腹から地面に着地し、思わず潰れたカエルのような声を出してしまった。それから地面を滑って木の手前で身体は停止した。


「落下死しなくてよかったぁ……」


 見れば、winの文字よりさらに上、自身のHP表示は死へ一歩手前であった。 


「……最後。偶然ではあるが攻撃を食らったのが勝ちに繋がったな」


 HPが瀕死時に発動する称号ジャイアントキリングが弱点攻撃のクリティカルと合わさって強大な火力が出たのだろうと、ソウは推測した。

 でなければ、彼の攻撃力であれほど早くHPを削ることなど不可能だからだ。

 ソウはレベルアップアナウンスをBGMに青ポーションを出してHPを回復させる。初級ポーションでは全快できないステータスになったようだ。ポイントを振ってから瀕死状態でポーションを飲んだことが無かったので今まで気付かなかった。

 また、失った腕も元に戻っている。戦闘終了後であれば、ポーションによって部位欠損も回復するようだ。戦闘中だとポーションを飲んでも欠損は継続される仕様である。


「7割ならどうにかなるであろうが…… どの道、連戦など出来ようもないな」


 立て直す必要があった。思いつく限り、一度街に戻って青ポーションの補充と毒袋の調達が最優先。次の相手が同じとは限らないが使える手は準備しておくに越したことは無い。

 インスタンス化が解除されると、ホーという鳴き声が耳を打った。


「そう言えば、付いて来ていたのだったな」


 声の方へ振り向くと、木の枝にとまっていた黒フクロウが愛くるしい瞳をソウへ向けて来ていた。ずっと眺めていたのだろうか。

 ソウが首を傾げると、フクロウは一鳴きして飛び去ってしまった。

 

「この場合、ご老体は戦闘が見られるのだろうか?」


 別に内容を見ずとも、あの老婆であれば【未来視】で結果が分かろうものだが。ソウは気にすることを止め、街に戻るため全速力で精霊の森を抜けたのだった。


 *


「結局、ワイルドボアと出会ってしまった……」

 

 精霊の森にいるモンスターたちはフェリアがいることがあってか、こちらに攻撃を仕掛けてくることがない。そのため、遭遇するとしたら先ほど同様の変異体か開催中のイベントボスだけである。どちらにしても戦闘が発生すると時間を取られてしまうのは必然だった。今回の相手がワイルドボアだったのは運が良かった。

 来るときも倒したが、やはり初戦の壁であったのでこうもあっさりと倒せるようになると感慨深いものがある。

 

「イベントポイントで交換できる景品の確認は後だな」


 イベントが終了しても景品交換期間は続いているので、まずは目先のクエストに集中すべきだろう。イベントボスは勝手にエンカウントするので放置。出会ってしまったら戦うほかないのもやや理不尽ではあるが、この際仕方あるまい。

 後で気付くことではあるが、レベル5以上の格上と遭遇して死んだ場合はペナルティ無効という措置が取られている。しかし、これまで死なずに勝ち続けているソウにとって今更関係のない話であった。

 WEOではどれだけモンスターを狩ろうともマーニだけはドロップしない。そのため、素材やクエストで地道に増やすほかないのだ。


「あれほどの敵を倒したとして、一銭にもならんとは……」


 明後日までに後2体。幸いなのは1日1体の相手でぎりぎり間に合うことだ。明日まとめてやってみてもいいが、なるべくなら万全の状態で挑みたい。

 そうなると、だ。


「今日はもう金策以外あるまい」


 一度受けてしまったクエストは、失敗しない限りクエスト欄に残ってしまうということを暇な時間にヘルプを見て知った。むやみやたらに受けるものでもないと反省。

 調合ギルドで店番のNPCから青ポーションを買い、ソウは南の森へと向かうのだった。

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