017 森の荒くれ者
ポーションの補充と期限なしクエストの発注を終えたソウは再び精霊の森にやってきていた。
なぜかはわからないが、空に一羽のフクロウが飛んでいた。そう、メルダの助手であった。ギルドを出てからというもの、特に姿を隠すことなくソウの後をついて来たのだった。
こちらとしては別に害はないのだが、常にメルダが見ていると考えるとどこか薄ら寒いものを感じた。
「ふむ、ご老体め。いったい何があるというのだ?」
こうして使い魔? を寄こしているのだから何かあるのは明白だった。しかし、それならばわざわざこちらに察せられるように動いていることの方がおかしい。
途中からフクロウが飛んでくるのであれば、メルダのものでない可能性を含んでいるため、ソウとて直結させることはなかった。
不穏分子があるとするならフェリアのクエスト以外に思いつくものはないのだが、果たして。
「例え直接尋ねたとしても素直に答えてくれるわけもなく」
前科がありすぎて、メルダの言葉がすんなりと聞き入らなくなってしまっている。我ながら嫌な改造をされたものだ。
ソウは泉から離れた場所を中心に捜索していた。泉にはフェリアがいるのだ。精霊の柱というほどであれば、それなりに戦力を持っていることだろう。それでもこちらに依頼した以上、彼女は泉の周辺から自由に身動きが取れないと見ていい。
「さて、これまで同様ワイルドボアであろうが…… 別クエのため多少は手を加えられていそうだな」
適度に草類を調達しつつ、適当に森を探索していた時だった。
急激な地響きと共にわずか先の木が倒れる光景をソウは見ていた。
「ふむ。どこかデジャブを感じるわけだが、奴さんはご乱心らしい」
森の破壊はフェリアが悲しむことだろう。早急に対処しておかねば。
ソウは水晶玉と獣骨の短剣を出現させると、目標の場所へと走り出した。
それほど掛かることなく到着したソウだったが、飛び込んできた光景に首を傾げた。
「はて、どう進化すればそのような個体になる?」
視線の先にはワイルドボアには似ても似つかない、いや、まったく別のモンスターがそこで暴れていた。
土気色をした肌は堅く鈍く光沢を放ち、両手は鋭く長い爪が伸びていた。なんならクローを装備していると表現してもいい。また、ワイルドボアと決定的に違うのは2本脚で自立しているのだ。顔は確かに奴の面影は残っているが、丸っこい愛らしさはなく人間同様細い首の上に頭が乗っていた。全長は2mほどだろうか。
そのような怪物が腕を振るって木々を伐採しているのだから、ソウの困惑も納得できようものだ。
ソウの視界にHPバーが発生し、敵の名が表示される。
・ワイルドキメラ(変異体) lv25
「ふむ、これは……想定外すぎる」
またもや圧倒的格上との戦闘が幕を開けるのだった。
*
少し上と踏んでいたはずが、まさかフィールドボスと同等の相手であったなど、誰が想定できただろうか。
ソウは振り下ろされるかぎ爪を回避しつつ、水晶玉を振るって空いた脇腹に叩きつけた。ついでにその反動で横へ飛ぶと、常に一定の距離を保った。
名前から推測するに、ワイルドボアとまだお目にかかっていない熊系のモンスターの混合体であろう。面倒なのはこちらを優に飛ばせる膂力で振るってくる爪だった。逆に言えば、最も恐れる武器はそれだけだ。
胴体を使った体当たりも無論怖いのだが、そちらは回避できる自信がある。背後や隙をついてちまちまとHPを減らすという指針に変わりはない。しかし、ワイルドボアと違い人型であるため接近することが困難であった。
爪の攻撃は水晶玉でいなすことはできたが、反動で肩が持って行かれそうになりジャスガは断念。回避に頼るチキン戦法を取らざるを得なかった。
ガードしてもHP2割削られるなど冗談ではない。
短剣もワイルドボア同様堅い肌であるため通りはしなかった。だからこそ水晶玉で殴打を繰り返しているわけだ。
何とか奴の目を攻撃出来ないものか……
先ほどから奴はその巨体のリーチを活かして戦っているせいで、弱点らしい箇所を晒してこないのだ。
「金的でもあってくれると助かるのだが、全年齢対象にそれを求められん……か?」
あの見た目して雌ということもあるが、ソウが見る限りどちらでもなさそうなのが面倒を極めていた。
持ち前の速さを活かして、ソウはキメラへと近づいた。それに合わせて爪がやってくる。ソウは左足に力を込め、地面を蹴って右に飛ぶと数歩前進する。
身をかがめて左斜めに飛んだ。
するとどうか。見事に振り上げられた腕の脇を潜り抜け間合いに潜り込めた。がら空きの脇腹へ水晶玉をぶち込んだ。
「ゴゥゥ」
ついでに背中に回りもう一発。旋回される前にヒット&アウェイ。バックステップを織り交ぜて距離を取る。無理に追撃をする必要はない。これを地道に行えばいいのだ。
敵のHPはようやく1割を削ったところ。戦闘から10分ほどでこの状態だが、初期に比べたら成長している。
「問題はトリガーがどこかだな」
変異体だから前回と同じわけがない。3段階は見ている。ふとそこで、ソウはあるものを思い出した。
「……使い時か?」
ソウはわずかの間で己のプライドと葛藤する。初見攻略はトライ&エラーが付き物だ。しかし時間がないものまた事実。
独自クエである以上はどれだけ待てば攻略情報が出る? 世に出回る頃にはすでに時は過ぎていることだろう。言い訳がましいが、完璧な使用タイミングであった。
ソウは決断した。
短剣をしまった後、水晶玉を両手で持った。キメラの攻撃を避けることなく爪がやってくるより内側の位置に移動。振るわれる腕と同じ方向へ飛んだ。
丁度キメラの掌の辺りに水晶玉を当てて爪の被害を回避しつつ、流されるように宙を飛んだ。
「対象、lv25 ワイルドキメラ(変異体)。 求める情報、HPが減った時に発生する行動変化、MP40消費で【未来視】発動!」
地面と平行に空中移動しつつ、ソウは【未来視】を発動させた。
我ながらよく噛まなかったな。
空中でスキル硬直を受けたため、受け身を取ることなく木と激突した。
「ガッ‼」
自ら飛んだことで威力が緩和され、HPが半分行く手前で留まってくれた。
それとともに、脳内へ結果が映し出される。
戦場は同じ。敵も一体、時間は不明。敵のHPは6割ほど。映像の中のソウは耳を塞いでうずくまっていた。
そこで、映像が途切れる。やはり断片的な情報ではあったが、それで十分だった。
「なるほど。差し詰め、ウォークライと言ったところか。耳栓でも欲しかったところだ」
ワイルドボアの地響きの咆哮版であろう。しかし、6割でこれとなると、やはりもう一段階あると見て戦うべきだな。
「次の発動はMPを捧げられても最高25。先ほどよりもほしい情報はくれまい。だが、それだけの価値はあった」
来ることが分かった攻撃の対処はしやすいものだ。手持ちに耳栓は無いが、あの光景を見るに、別の手が使える。
「とはいえ、まずは6割まで削るとしよう」
それからは淡々と回避しつつ殴打を続け、どうにかHPが6割に到達する直前になった。
ソウはあえて接近せず、腕が届かない距離に位置取った。
キメラと視線が交差し、睨み合いが起こる。ソウは水晶玉を右手に持ち替えると、ひたすら待った。
案の定、しびれを切らしたのは向こうだった。やはり、性格はそう変化しないものらしい。
こちらに向かってキメラは大股に突撃してきた。
丁度方足を地面に着けたタイミングで走り出したソウはキメラに向かって足からスライディングを実行。キメラの片足が振り上げられ、大股であるが故隙間が生まれた。そこを通り抜け、すぐさま起き上がる。無論相手もすぐさまこちらに振り返っている。
こういう時にゲームであることを実感させられるな。
ゲーム補正によって右手に持った水晶玉は健全。ソウはキメラに向かって水晶玉を投げつけた。
振り返った反動か避けることなく腹に直撃。僅かにHPを減らした。
「さあ、6割だ」
そこで、キメラは己を抱くように両手を移動させて縮こまった。ソウはそれを気にしつつ、イベントリからあるものを取り出して丁度、顔の上がってくるであろう場所へそれを投げつける。
そして、怒号とも言える咆哮が辺り一面を振動させた。
片耳しか塞がなかったソウの身体は硬直し、耳を劈く異音にHPすら1割削れてしまう。が、その中に、何かが破裂した音が含まれていた。
「ガッ⁉」
そちらを見れば、キメラの顔面と口に紫の液体が散らばって付着していた。
それに気づいたキメラはとっさに手で拭うが、もう遅い。おかげでこちらの隙は解除され、耳鳴りも治まってきた。
ソウはキメラのHPを見て、笑みを浮かべる。
「よし、減ってるな」
僅かずつではあるが、確かに継続してHPが減っていた。
ソウが投げつけたのは、前に偶々入手したランドスネークの毒袋であった。
「森を揺らせるほどの威力なら、袋を割ることも容易かろう?」
正直なところ賭けでもあった。
もし咆哮に風が乗っていたのであれば、毒はこちらに返ってきてしまう可能性があったのだ。
しかし、先の【未来視】ではソウが吹き飛ぶさまは見えていない。つまり、ただの振動で処理されるならば投擲したものが到達するまでのエネルギーは保持されると見た。
「毒がどこまで減らせてくれるか不明だが、大方次のトリガーは4~3割付近であろう。そこさえ警戒すれば、ゴールは見える」
イベントリから青ポーションを出して飲み、HPを全快させた。
「今更悔いても遅いが、マッドフロッグの毒袋も残しておくべきだったな。さあ、キメラよ。次は何をしてくれる?」
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