019 厄介事

「とりあえず、そちらはサートリスに着いたのだな?」

「うん。なんか思ってた以上にすごいよー! エルフがいっぱいだし、ツリーハウスがそこら中にあってまるで別世界に来たみたいだった!」


 興奮冷めやらぬ様子の啓子に皆は苦笑した。


「アジーラも水の都が舞台ということもあり赴きがあって良かったですが、サートリスも結構好みですね」

「どちらもゆったりとした風貌だけど、やっぱり中央はどこも活気があるね。賑わっていたよ」

 

 PCを前にして、蒼はサートリスの様子を聞いていた。

 昨日は何とかキメラを倒すことができた。先の戦闘で毒が有効であることが判明してから、南の森でランドスネークを乱獲して毒袋を貯め込んだ。その後、手持ちのクエストを消化してギルドに戻り、さらに一つの森でまとめて倒せて金になるクエストを再ピック。

 それを片付けたところでログアウトした。

 やはり格上を相手にした際の疲労は馬鹿にならないものがあり、そのあとは何もやる気が起きずに気付けば朝であった。

 今日は土曜日ということもあり大学はない。今週末はお互いやることが詰まっているため、わざわざロードなどで集まることはせずにこうしてPCの通話ツールを用いて情報交換をしていたのだった。


「蒼は今やってるクエスト終えたらどうするの? こっち来る?」

「まだ決めかねている。クエストクリア後に起こる事次第だけど、今のレベル帯であればもう少し上げてから外に出る方が無難だとは思っているかな」

「そう」

 

 やや残念そうに鈴香が頷いていた。

 イベントも残り2日であり、休日続きということでモノシスの各森はプレイヤーで埋まることが予想された。

 だが、精霊の森で化け物退治をしている蒼にとっては関係のない話であった。


「蒼、今レベルいくつよ?」


 寝起きなのかボケッとした表情の康太郎が尋ねてくる。

 俺らだからそれでもいいが、もう少し身なりを整えてから参加してもいいのではないか? 


「今は占い師が18、盗賊が10だ」

「おお、蒼先輩すごいじゃないですか!」

「だな。ソロでやるにしては早いぞ」


 そう褒められてもな、毎度毎度当たる相手が格上のせいなのだが。

 いつの間にかスキルも生えていた。

 新たに取得したのは【跳躍】と【滞空】であった。

 【跳躍】は読んで字のごとく。跳躍時に微補正。【滞空】は宙に浮いていられる時間に微補正である。


「しかし、まさか俺より遅く始めた隼人が弓士28とは。パワーレベリングはやはり恐ろしいな」

「えへへ。本当に申し訳ないです」

「いや、別に謝ることじゃないぞ」


 前に聞いたときは一桁だったはずだ。まあでも自由にやればいい。どの道こいつらに付いて行くのであれば高レベルは要求されるのだし、精一杯上げておけばいいと思うのだ。仲間のためであればこいつらは多少の寄り道などで怒ったりはしない。


「またなんかあったら連絡くれ。俺は潜る」

「おう、いってら」「いってらっしゃーい」


 蒼は早々に通話を切ってPCを落とした。

 水分を取り、トイレなと雑用を済ませたらVR機器を頭に装着する。

 ベッドに横たわるとぼそりと呟いた。


「ログイン」


 *


「待ちな」

「……なにかね、ご老体?」


 いつも通り占いギルドの2階で目を覚ましたソウはコンソールを少し触って下へ降りた。そして精霊の森に向かおうかと思った矢先、メルダに呼び止められたのだった。


「手短にお願いしたいのだが?」

「わかっとるよ。これを持っていき」


 ぶっきらぼうに答えたソウの目の前に1本のポーション瓶が置かれる。

 ソウは出されたポーション瓶を手に取り、見まわした。

 色は赤、やや深みがあるので紅だろうか。

 初めて見るポーションだった。


「これは?」

「蘇生薬だよ」

「ぶっ!」


 な、なんてものをこのご老体は出しているんだ! 蘇生薬だぁ? プレイヤー間でも流通していないアイテムだぞ。思わず手が震えてきたじゃないか。

 基本的にプレイヤーはデスペナが付くだけで必ず生き返ることが出来る。そのため蘇生薬の必要は無いのだが、どうしてもデスペナやリトライが面倒な場合に欲しいアイテムであった。

 

「……ご老体、コレの量産は可能か?」

「ふぇっふぇっふぇ」


 ああ、秘密ですか。そうですよね。となると、イベントクエストの一環か。だとすれば、後で回収されてしまう可能性があるな。使えるなら使ってしまったほうがいいのか?

 試しにポーションの概要を表示してみるが、イベント限定という文字は出ていない。

 これは温存できれば儲けもの…… しかし、こうして蘇生薬が渡されるということは次の相手も格上が出てくることが確定してしまったということではないだろうか。

 ソウはありもしない胃が重くなってくるのを感じた。

 VR世界に胃薬はないだろうか。


「あとの2体を見てきたからの。それは保険よ。使わずに勝てるのであれば結構なことじゃ」

「視たのかね?」


 ソウの問いにメルダは首を横に振った。

 

「いいんや、フクロウを通して見た感想じゃ。お前さんが戦っとる間暇だったのでのう」

 

 ああ、さすがにインスタンス化されるとNPCでも戦闘は見られないのか。ともすれば、メルダの【未来視】で確認できるのは俺の勝敗のみということであり、事前にどう勝つのかは予想できないという可能性が出てきたわけだ。

 これで戦闘内容を事前に把握出来るのだとしたらもう知らん。


「それはワシが見込んだお前さんだからこそ、渡すんじゃがの」


 それを聞いて、ソウは身震いした。

 ありがたくはあるのだが、枯れ専ではないので勘弁していただけませんでしょうか?

 

「それと、視たようじゃの?」

「ああ、久しく使ってなかったからな。急ぎでもあったから仕方なく、だな」

「そうかの」


 メルダは細い目を見開いて、ソウの瞳を覗き込んだ。

 その行動にソウはこちらを見透かしているのではないかという感情が湧き、薄ら寒さを感じた。


「ふむ、その様子だと大丈夫そうじゃの。そこらの有象無象とは違うようで何よりじゃ。お前さんはそのままでいるんじゃぞ?」

「それは一体……」

「今は気にせんでええ。まずは目の前のことを片してくることじゃな」


 メルダは取り付く島もなく出口を促してくる。こうなった以上は聞いても答えてもらえないだろう。渋々といった様子でソウはギルドを出て行った。

 その後姿を眺めていたメルダは、椅子に座り直すと近くにあった本に手を伸ばす。


「【未来視】はのう、確定した未来を見せるものではない。あくまで指針でしかないのじゃよ。それに頼るようになれば、おのずと破滅の道を踏み抜いてしまうからのう……」


 フクロウがそばにやってきて首を傾げた。メルダはこれまで見せたことのない慈愛に満ちた表情でフクロウを撫でる。


「ソウは今のところ大丈夫じゃよ。まだスキルに飲まれておらん。見守っておやり」


 理解しているのかは不明だが、フクロウはメルダの声で飛び上がるとソウを追うようにギルドを出て行った。

 その羽音をBGMにメルダは読書へと戻るのだった。


 *


 精霊の森に向かうソウだが、教会の脇を通り過ぎた辺りで違和感に気付いた。


「いつもよりプレイヤーの数が多い?」


 教会の裏は小道になっており、歓楽街や中央とは違ってプレイヤーの求めるものは余りない場所だ。其れなのに先ほどからちょくちょくとプレイヤーを見かけている。彼らはあちらこちらに視線を送っていた。ソウはその行動から何かを探しているように思えた。

 

「何かあるのだろうか?」


 疑問には思いつつも、ソウは精霊の森へ向かうべくいつもの扉を通り抜けようとする。

 すると、


「あ、ちょっと! ちょっとそこの人待ちなさい!」


 どうやら呼び止める声は俺を指しているようで、声の主がこちらに向かって走って来る。

 全身は臙脂色の目立つローブ姿で手には長く先にオーブを付けた杖を持った女性プレイヤーだった。名前は非表示。初心者ではなさそうだ。

 長い髪を靡かせて近づいて来た、恐らく魔法師であろうその女性はソウにこう告げた。


「貴方、ここ数日この壁を抜けているわよね。そのスキルをどこで入手できるか教えてもらえないかしら?」

 

 唐突に何を言い出すかと思えば、そんなもの俺が知るわけもない。

 これはクエストによって開かれている道であり、条件をクリアしていない彼女にはどうやってもなしえないものだ。しかも人に頼む態度がなっていない。

 最低限のマナーすらなく、自分の要件だけ告げた女性に対し、ソウは僅かに表情を歪ませた。彼女はこちらの表情が見えないのかあえて無視しているのかは知らないが、じっとこちらの顔を見て返答を待っていた。

 これでは埒が明かないとソウが折れ、返答することにした。


「済まないが時間が無いのでね。善意で流すがスキルではない。詳細に関しては控えるが自身で条件を探すことだ」

「え、ねえ、ちょっ、ねえ、スキルじゃないって何よ!」


 ぶっきらぼうに返してソウは扉を抜けた。森に入ってしまえば、彼女の呼び止める声は聞こえてこなかった。


「ふうむ、面倒になってきたな」


 これまで、ソウ以外に精霊の森でプレイヤーを見たことがない。そのためほぼ独占状態であるが、狩りは一切していない……というよりもしたくない。彼女を敵に回すのは危険だ。しかし、前に心霊現象として拡散されてしまった以上は興味本位で調べるプレイヤーが出てきてもそうおかしくはない。先ほど遠目にこちらを窺っているプレイヤーもいたことからすでに風貌は割れてしまったと見るべきだな。奴らのネチケットが低ければ、俺のスクショが世に出回ってしまうことだろう。

 今後しつこく訪ねてくる者が出そうな予感にソウは辟易とした。


「暫くここにいる間は厄介に巻き込まれることがないだろうが、張られでもしたら面倒だな」


 この森に繋がる道を、ソウはあの門しか知らない。

 というより、他にあるのだろうか。


「フェリアに聞く必要があるな」


 とはいえ、時限式のクエストである以上はそちらに構ってなどいられない。一先ずはこれから遭遇するであろう相手の探索を優先して行うべきだ。

 森を虱潰しに歩くなか、ソウは【観察眼】で麻痺草を探す。毒同様ボスに有効である可能性があるからだ。

 毒草もあればいいが、今のところ毒はモンスターからのドロップ以外見ていない。実装されていないのか俺が発見できていないのかは分からないが、あれば採取しておきたいものだ。

 また、空に黒フクロウが飛んでいるのを確認した。

 なんだかんだご老体もこちらを心配してくれているようで、気遣いはありがたいものだ。ボスとの遭遇によりインスタンス化される以上はフクロウが介入してくることは無いが、そこは気持ちの問題である。

 ソウは少し顔を綻ばせながら、草道を進んでいくのだった。

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