柔らかいのは待てない

 背中を冷蔵庫に押しつけられながら片脚を抱えられて、美冬は床についている方の爪先を震わせながら、目の前の秋人の腕に縋りついた。

 パジャマのズボンは丸まって足首に絡まっていて、その頼りない感触が煩わしくて、もどかしい。

 秋人の右手の指が好き勝手に中で動いて、美冬の自由を奪った。




 秋人はいつでも美冬の傍にいた。

 いつでも、それこそ、いつからか分からないくらいから、ずっとずっと美冬と一緒にいた。

 秋人は美冬のどんな我が儘にも付き合ってくれた。

 言わなくても分かってくれたし、美冬も秋人がなにも言わなくても、分かっているつもりだった。

 だから、初めて肌を重ねたのにも特別な理由なんてなくて、そこにあるのが当然のようにお互いの身体はお互いのものだった。


「秋人、」

「なに、キス?」

「うん」


 秋人は美冬のものだった。

 今までずっとそうだったし、これからもずっとそうだと思っていた。


「秋人ねぇ、ベッドに……」

「いや、ここで、」


 それなのに。


「だめよ、もう脚が、」

「じゃあ立ってなくていいよ、床、転がって」


 秋人はいつからか美冬のものじゃなくなっていた。

 傍にいるのに、触れることのできる距離にいるのに、なんだか違和感がつきまとうようになった。

 理由は分かっていた。

 美冬が、この関係に名前をつけたいと思ったから。

 それと同時に、この関係に名前をつけたくないと思ったから。


 秋人が他の女の子と笑いながら話していただけで、美冬はなんだか言い知れない不安に襲われて、それを秋人に八つ当たりをした。

 ひとりで勝手に機嫌を損ねて、その理由も言わなかった。

 秋人はいつでも優しかった。

 美冬が嫌だと思うものはなんだってやめてくれた。

 でもそれはきっと、秋人の本心じゃなかった。

 秋人は美冬が八つ当たりを繰り返すたびに、いつからか段々と美冬から離れていくようになった。

 そうして、半年前の夏、美冬が海でいつものように機嫌を損ねたのをきっかけに、秋人はとうとう美冬の傍にはいなくなった。


「美冬」

「あっ……、 な に、」

「雪見だいふく。本当は冷凍庫に入れなくても、すぐに食べれたよ。外、寒かったから」

「いま いらぁな、い っ」


 秋人は冬になると、いつでも雪見だいふくを持って美冬のもとへやってきた。

 美冬がそれを好きなのを知っているから。

 そしてその雪見だいふくが、ほんの少し柔らかくなって食べごろになる前の、かちかちに硬いままの状態で食べるほうが好きだということも。

 美冬は雪見だいふくが好きだった。

 ふたつ入っているうちの片方を、買ってきてくれた秋人にも分けてあげられないほどに。

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