雪を溶く熱

夏緒

雪見だいふくの呪い

 背中から抱きしめるようにして美冬の乳房を揉みしだく秋人の手は、すっかり温まっていた。

 美冬は半年ぶりのその刺激に、たまらず小さく声を洩らした。




「よお。雪見だいふく持ってきた」

 深夜、美冬がアパートメントの玄関を開けると、夏に顔を見せたきりだった秋人が立っていた。

 美冬が一体どんな顔をすればいいのか分からずに固まっていると、冷えた耳と鼻を真っ赤にさせた秋人が「ん、」とビニール袋を差し出してくる。

 かさりと軽い音を立てて揺れたその小さなビニール袋の中には、雪見だいふくがひとつだけ入っていた。


 外は、まるで白玉あんみつのようだった。

 すっかり冷えた暗がりの中に、とろりとした外灯の明かりに照らされた大きな白玉みたいな雪が、ふわふわふわふわと風に乗って舞っていた。

 路面はもううっすらと白く積もり始めていて、明日の朝には数センチメートルは積もりそうな予感をさせた。

 よく見れば、秋人の黒いダウンジャケットも点々と濡れている。

「傘は」

 美冬はようやく言葉を探してそれだけ尋ねると、秋人はどうでもいいことを聞かれてバツが悪いようなふうで顔をしかめた。

「雪なら要らないだろ」

「いや要るでしょ、普通」

 玄関ドアのあっちとこっちで、エアコンのぬるい温度がせめぎ合う。

 パジャマ姿で、さっきまですっかり寛いでいた美冬も思わず身震いをした。

「入れて。寒い。外、今マイナス4度だって」


 美冬が黙ってビニール袋を受け取ると、秋人は美冬を部屋に押し込むようにして勝手に玄関に上がり込んできた。

 ばたりと後ろ手に扉を閉め、おお寒い寒い、と施錠をしてから、ダウンジャケットを豪快に脱ぐ。

 美冬は溜め息をひとつ吐いて、部屋の中に入った。

 袋から取り出した雪見だいふくを冷凍庫に静かに仕舞う。

 すると、それを見計らったかのようにすぐさま秋人が後ろから抱きしめてきた。

 秋人は、美冬が雪見だいふくをすぐに冷凍庫に仕舞う事を知っているのだ。

 知っていて、買ってきて、渡した。

 冷え切って冷たくなった秋人のシャツに、美冬の知らない冷凍庫みたいな匂いが漂う。

「久しぶり、美冬」

「もう来ないかと思ってた」

「どうして」

「だって……」

「寂しかった?」

 美冬は首を振った。

 素直に寂しかったと言えばいいのに、美冬はどうしてもそれが口に出せなかった。

「何しに来たの。もう夜中なんだけど」

「雪見だいふくを届けに来たんだよ」

 秋人はそう言ってから、美冬の首筋に吸いついて、冷えた手を胸元に差し入れた。

「やめて、冷たい」

「すぐあったまるよ、美冬、あったかいから」

 美冬の鎖骨をなぞった指先は、まるで悪戯をするようなリズムで胸へと服の中を滑っていく。

 冷たい指先で胸の先を撫でられて、美冬は思わず身じろぎをした。


 秋人は冬になるといつも雪見だいふくを持ってきた。

 美冬がそれを好きなのを知っているから。

 

 

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