第3話 悪役令嬢断罪イベント

「マーガレット・レヴァイン。貴様との婚約を破棄することを、ここに宣言する」

 王太子殿下はそう高らかに宣言した。


 

 さっきのは何だったんだろう? と思う間もなくこれである。

 なんだか、右の手首もズキズキするし。


 周りを見渡すと、学園のダンスパーティー会場はすっかりざわついてしまっている。

 学園の生徒だけでなく、保護者がいる会場での婚約破棄宣言。


 先ほどまで鳴っていたダンス曲の演奏も止まっていた。

 たった今、前世の記憶が戻ってきたばかりでこの状況に対応しなければならないの?


 え~っと何だっけ、そうそうこの国のダンスは2度目は婚約者としか、3度目は配偶者としか踊れない決まりになっている。

 それなのに決まりを無視して、2度目のダンスを踊ろうとした2人を、私がたしなめていたのだっけ。

 それで口論となって、これか。


「ウイリアムさまぁ。マーガレットさまがこわ~い目でにらんでますぅ」

「よしよし、大丈夫だよ。エミリー」

 王太子は傍らの女性……エミリーには優しく接していた。

 そして私を、キッとにらみ。


「エミリーは、我が国に召喚された聖女なんだぞ。お前なんかと身分も立場も違うんだ。聖女としての儀式が済んだら、正式に王族と婚姻を結ぶのだからな」


 王族……とね。

 その王族になりたいが為の、私との婚約破棄なのね。

 さて、どうしよう。と思ってたたずんでいるといきなり横から声がした。


「王太子殿下。御前失礼いたします。マーガレット嬢を連れ帰ってよろしいでしょうか?」

 そう言いながら、私が痛いと思った手首をつかみ持ち上げた。


 なんだか、赤黒くなって腫れている。

 王太子から、さっき掴まれた手首だ。手加減ってものを知らないのかこの王太子は。


「ダグラス・ゲートスケル伯爵。近衛の仕事はどうした」

 王太子は私の手首を見て、さすがに気まずいのか、話を逸らした。

「今日は、非番なので私用でここにいます」

「ダグラスさまぁ~。相変わらずお優しいのですね。意地悪女までにもそんな」


 王太子のそばを離れ、ダグラスにまですり寄ろうとする。

 それをさっとかわし、私を引き寄せた。

 ダグラスは、私より10歳年上で私が生まれる前から我が家に出入りしている。

 完全に身内枠である。


「マーガレット嬢も、いつまでもごねてないで引き際を見極めなさい」

 ダグラスは、兄が聞き分けの無い妹を諭すような言い方をしている。

 何をどう見たら、ごねているっていうのよ。

 そう思ってダグラスを見たら、知らん顔をして退出の挨拶をしていた。

 

「婚約破棄は承りました」

 そう言って、私は自分の腫れあがった右の手首に左の手をかざした。


 光の雫が右の手首に落ちる。

 その光は、手首全体を包み込みふんわりと消えた。

 痛みが消え、手首も元通りになっていた。


 周りから、感嘆の声とともにざわめきが広がる。

「どういうことか?」

「癒しの魔法? レヴァイン公爵令嬢様が聖女なのか?」

「いや、でも召喚者じゃないだろう?」

「でも、癒しの力は……」


 王太子もダグラスも……聖女だというエミリーでさえ、呆然と私を見ていた。


「それでは、ごきげんよう。王太子殿下」

 私は、笑顔を作り優雅に礼を執り会場から退出していった。


 いいわよね。これくらいの意趣返しは……。


 廊下に出ても、まだざわめきが聞こえる。

 会場に残るかと思ったのに、ダグラスも私と一緒に退出していた。


 ダグラスも、乙女ゲームの攻略対象。

 私が悪役令嬢と言われるのは、王太子ルートとこの近衛騎士のダグラスルートだけである。


 ゲームの主人公が、王太子やダグラスと結ばれなかった場合、勇者ルートと英雄ルートが発生する。

 そちらの悪役は、冒険者の女性たちなので私には全く関係ない。


 うん、ちゃんと常識ソフト働いてる……じゃ無くて、乙女ゲームの内容まで入ってるの?


「ダグラス様は会場にお残りになっても、よろしいのですよ」

「今日は、レヴァイン公爵の代理で来ているんだ。マーガレット嬢が帰るのに俺が残るわけにはいかんだろう」


「保護者なんかいらないわ」

 私は、ツンッとして見せる。なんだか、前世の夫に雰囲気が似てていけ好かないのよね。

「そんなことを言うもんじゃない。さぁ、帰るぞ。先ほどのいきさつを公爵家に帰って説明しなければならないだろう?」


 ……そうでした。

「俺も付いていてやるから、自分の口で説明するんだぞ」

「はぁ~い。わかりましたよ~だ」

 さっきのエミリーの口調をまねて言うと、ダグラスはあきれ顔でため息を吐いていた。

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