2ー17.脱出
グレイシアの捕らえられている牢屋より、まだ下の階層から爆発音が絶えず聞こえてくる。微かに聞こえる怒声や、慌ただしく走り回るような音。
この建物自体が崩れてしまうのではないかと思うほどに、その衝撃は激しかった。
(誰かが救援に来てくれた? 考えられるのはセレナかしら……カイルはリオンと共に行ったし。わたしを助けに来る事で、セレナが不利益を被るような事がないといいんだけれど……)
グレイシアは短剣をぎゅっと握りしめ、寝台に大人しく座っていた。
この騒ぎは、牢を抜け出す格好の機会だと、グレイシアには分かっていた。自分はきっと、王弟でもあるリオレイル・アメルハウザーを魅了で陥落させた罪人だとして処刑される。
陛下方が何と言うかはとりあえず置いても、自分をいま失うわけにはいかないはずだ。きっとこの場所から移動させようとするはず。
グレイシアはじっとその時を待っていた。
爆発音が近付いて、建物が大きく揺らぐ感覚にも身を任せて。
ばたばたと焦ったような足音が近付いてくる。
グレイシアは持っていた短剣をそっと背後に隠した。
牢屋の前に現れたのは一人の男だった。グレイシアがこの牢に入れられた時にもいた、冒険者風の装いをした男。
男は額に汗をかき、手には剣を持っている。近付いてくる爆発音を気にしているのか、ちらちらと背後を確認していた。慌てて手元が狂いながらも、牢屋の鍵を外して大きく格子扉を開け放つ。
「出るんだ!」
「一体何の騒ぎですの……?」
後ろ手に短剣を隠しながら、グレイシアは怯えた表情で体を震わせた。恐怖から動けないと言わんばかりに、首を横に振って見せた。
男は大きく舌打ちをすると、牢の中へ踏み入ってきた。力任せにグレイシアの腕を引き、無理矢理に立たせる。
グレイシアは小さく悲鳴をあげると、持っていた短剣で男の剣を弾き飛ばした。
「なっ……! お前、いつの間に!」
「ただ閉じ込められるだけの女ではありませんの」
弾き飛ばした剣をヒールで踏みつけながら、グレイシアはにっこりと微笑んで見せた。
「痛い思いをしたくなければ、大人しくしろ!」
「あら、痛い思いをするのはどちらかしら」
男は腰から短剣を引き抜くと、グレイシアとの距離を詰めてくる。その切っ先はグレイシアの顔へと向けられていた。
剣を突きつけられても、グレイシアは動じなかった。その様子に汗をかいたのは男の方だ。
動いたのは男が先だった。
突き出された剣先を横に跳んで避けたグレイシアは、一歩踏み込み短剣を横に薙ぐ。男はそれを短剣で防ぐとグレイシアの腹部を蹴り飛ばす為に勢いをつけて足を伸ばした。
後ろに跳んでそれを避けたグレイシアは、男の顔に向かって短剣を投げつけた。慌てたように顔を背けて、男は辛うじてそれを避ける。投げた短剣は壁に勢いよく突き刺さった。
着地したグレイシアは床に手をつき、体勢を整えようとする。その頭上から男が短剣を振りかぶった。
決着だとばかりに男の顔が厭らしく笑み歪む。しかしその短剣は、グレイシアが両手に持つ長剣で防がれた。先程グレイシアが弾き飛ばした、男の剣だ。
「剣なんて握った事ねぇって顔してんのに、なかなかやるじゃねぇか」
「見た目だけで判断するから、負けるのよ」
グレイシアは言葉を紡ぐと同時に、勢いよく剣を回転させた。短剣と長剣、重なりあう刃が滑って耳障りな音が響く。そして弾かれたのは短剣だった。
「おやすみなさい」
グレイシアは立ち上がる勢いを使って、剣の柄で男の側頭部を思いきり殴った。衝撃で男の体が床を転がっていく。
ふぅと息をついたのと、足音が牢の前に辿り着くのはほぼ同時の事だった。
「グレイシア様!」
「おいおい、まさか自力で脱出するとはねぇ」
現れたのはセレナとアウグストだった。
二人とも騎士服姿ではなく、上下とも黒い服を着ている。顔の下半分も布で隠している事から、二人は騎士の身分を隠して助けに来てくれたのだとグレイシアは理解した。
アウグストは背に大剣を背負っている――リオレイルのものだ。
「助けに来てくれたのね、ありがとう」
「ご無事でよかったです」
露になっている眉を下げ、泣きそうにセレナが顔を歪める。グレイシアは剣を持ったまま牢から出ると、刺さったままの鍵を使って錠前をしっかりと閉めた。抜いた鍵は適当に床に放り投げる。
「リオレイルは?」
「これを使えば遠見で様子が分かる。下にでっかい姿見があったから、それに映そうぜ」
背負う大剣を指で示しながら、アウグストが答える。
その仕組みが分からないグレイシアは首を傾げるも、説明するよりも見た方が早いと、言われるままに階段を駆け降りた。
下の階層はどこも酷い状況だった。
壁は破れて、部屋という部屋が繋がっている。全体的に煤けてしまって、燃え落ちていないのが不思議なくらいだった。
「見張りが沢山いたと思うのだけど……」
「全部ぶっとばしました! 私も苛々していたので、ちょっとやりすぎちゃったかなとは思うんですけど……まぁいいですよね。敵に容赦なんていりませんもの」
セレナがにこにこと笑う横で、アウグストは苦笑いだ。
「拘束して、纏めて部屋に突っ込んである。声も奪っといたから、一昼夜は静かにしていてくれるだろうぜ」
それは魔法で、という事だろう。
それにしてもよくこの二人だけで相手取る事が出来たものだと、グレイシアは改めて二人の強さに感嘆した。さすがは第一騎士団といったところだろうか。
下の階にあった広間に、装飾が美しい姿見があった。衝撃で台座が壊れたのか倒れてしまっているが、鏡本体は無事なようだ。
「大剣を媒介にする。これにはリオレイルの魔力がたっぷり注がれているからな、あいつがどこにいようが、これを介せばその姿を探す事が出来るってわけだ」
「私達は遠見の魔法が苦手なもので、こうでもしないと探せないんですよ」
「カイルの助言のおかげってわけだな」
二人の言葉に、忠臣であるカイルの姿を思い浮かべる。
彼はリオレイルに着いていった。カイルが居れば、きっとリオレイルに危害を与えられることはないだろうとグレイシアは内心で安堵する。
セレナとアウグストが床に置かれた姿見に両手を翳す。二人の手から溢れる光の粒子が、姿見を包んで光り輝く。傍らに置かれた大剣が薄青く光を放ち始めた。
セレナとアウグスト、そして大剣から溢れる光。三方向からの光に包まれた鏡が一際大きく光を放ち――収束した。
ゆらゆらと水面のように鏡面が揺れ動く。次第にその波は収まって、鏡に映った姿があった。
ルルシラ・クラッセンとリオレイルだ。二人は揃いのような白い衣装を纏って、司祭の前に立っていた。
ルルシラは片手に花束を持ち、黒髪に映えるティアラからは長く白いベールが伸びている。隣に立つリオレイルは眼帯も外し、髪を後ろに撫で付けている。白い衣装の胸元には、ルルシラの持つ花束と同じ花が、一輪飾られていた。
結婚式だ。
「……どういう事かしら」
グレイシアが低く呟く。持ったままの剣を固く握りしめるその姿には、静かな怒りが宿っていた。
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