2ー9.討伐

 森の奥までリオレイル達は進んでいた。

 その姿を見つけた魔獣が、その巨躯からは予想もつかない素早さで距離を詰めてくる。大きく爪を振りかぶって――その体勢のままリオレイルの放つ氷に捕らわれた魔獣を、セレナの剣が氷ごと打ち壊す。


「やっぱり数が多いですねぇ。この森ごと、団長の氷で覆っちゃうのはどうです?」

「まだ生きている動植物まで、活動を停めてしまうだろう。良策とは言えんな」

「出来ないとは言わないんですね……」


 飽きたとばかりにセレナが愚痴を零すも、その視線は鋭く周囲を探っていた。警戒を怠らないのは、さすがは第一騎士団に属する者というべきか。


「詳細な調査は、やはりこの森の浄化が終わってからになるのでしょうか」

「浄化してしまえば調査対象も消えるだろうな。聖女に浄化をして貰いながら、同時に調査を進める形になるかもしれん。しかし、報告では”忌人いみびと”が統率されているという話だったが、そんな様子は見受けられんな」

「確かにそうですね。……統率されているものと、いないものがあるという事ですか」


 カイルは周囲に視線を巡らせ、足元を剣で払った。枯れ木の根に擬態していた蔓が緑を濃くしていく。

 がっぱりと大きく口を開けた巨大な花は、その蔓を勢いよくカイルに伸ばす。しかし届く前に全てカイルに切り落とされていた。花の中央にある大きな一つ目に、リオレイルの放った氷剣が突き刺さると巨花はゆっくりと枯れていった。


「統率者がこの森を離れている可能性もある。その統率者が戻れば、こうも簡単に討伐を進める事は出来ないかもしれん」

「統率者とか何者なんですかねぇ。見たいような見たくないような……」

「それがもし一体・・でなかったとしたら、”忌人”は巨大な軍勢になりえるな」

「団長ぉ、怖いこと言うのやめてくださいよー」

「冗談であればいいがな」

「もし”忌人”軍と戦争だなんてなったら、私の事はグレイシア様のお側に配属して下さいね! しっかりお守りしますから!」


 両手の拳をぎゅっと握って決意を固めるセレナの頭を、こつんとカイルが小突く。カイルのうなじできっちりと纏められた赤髪が風に揺れた。


「ふざけた事ばかり言っていないで、しっかり索敵しろ」

「えー、結構本気なんだけどなぁ」


 肩を竦めたセレナは、言われるままに剣を握り直す。軽く助走をつけて飛び上がると近くの茂みに勢いよく剣を突き刺した。

 ばたりと倒れたのは一体の魔獣。脳天を剣で貫かれ絶命していた。セレナは魔獣から剣を抜き、軽く振ってその血を払う。


「カイル、セレナ、来るぞ」


 リオレイルの声に、焦りや警戒などはなかった。ただいつものような、怜悧な響き。それに応えてカイルとセレナが、それぞれ背を預けるように円形の陣を取る。

 三人が剣を向けたその方向から、足音もなく姿を現したのは無数の魔獣。大きく歪に裂けた口からは唾液が糸を引いている。

巨大なものから、ウサギ程の小さなもの。蔦を這わせて樹上から見下ろす個体もいる。


「これは統率されているんですかねぇ」

「魔獣共が本能で動いているだけだろう」


 セレナとカイルの声も普段通りだった。

 何を恐れる事も気負う事もない。負ける筈がないという自信。それが二人にはあった。――団長がいるのだからと。


「やれ」


 大剣に魔力を纏わせたリオレイルが短く言葉を放つ。

 それを合図に、カイルとセレナは地を蹴った。



 半刻ほどだった。

 リオレイル達の周りには、魔獣達の亡骸が累々と積み上がっている。セレナが多少息切れをしているが、誰も傷を負ってはいなかった。


あるじ、燃やしますが宜しいですか」

「ああ。私が囲おう」

「私が、やります……あ、でもやっぱり無理かも。疲れてるんでお願いしますー」


 折れた木に座り込んでいるセレナは、へらりと笑って見せている。両手を顔の前で合わせて笑う様子に、カイルの眉間に皺が寄った。


「おい、セレナ」

「構わん。さっさと終わらせるぞ」


 咎めようとしたカイルをリオレイルが制した。魔獣の死骸を囲うように分厚い氷の壁を四面に張る。そこにカイルが炎を打ち込むと、蓋をするように上部も氷で覆ってしまった。

 死骸が燃えて灰になっていく。炎は氷壁も舐めるが、分厚い氷が溶けてしまう事はなかった。

 数体程の死骸なら放置していても塵に返り、”穢れ”も溶け消えていく。しかしこれだけの死骸が集まると、ここが新たな”穢れ”の発生地になりかねない。それを防ぐ為の処理だった。


 全て燃え付き、氷壁の中が灰で満たされる。

 リオレイルが魔法を解除すると一瞬で氷は溶け消えて、灰は風に流れていった。そうしていつかまた、命は巡る。


《リオレイル、ちょっといいかー》


 不意に聞こえた声は、アウグストのものだった。


「どうした」

《調査は一先ず終了だとよ。あとは王都に帰ってからになるみてぇなんだが、そっちはどうだ?》

「粗方は討伐出来ただろう。……アウグスト、何が見つかった?」

《えっ、見てた?》

「見てはいないが」

《声だけで分かるとか、アンタほんっと怖ぇわ。……魔石が見つかった。しかも複数だ。誰かが故意に置いたかもしんねぇ》

「すぐに行く」


 念話を切ったリオレイルは、一度天を仰いだ。木々の間から見える空は青い。先程よりも障気が薄くなっているようにも感じた。


「団長、魔石って……バイエベレンゼみたいに……」

「さぁな、調査次第だが……忙しくなるかもしれん」


 セレナが顔色を悪くする。

 バイエベレンゼ王国で起きた異形の大量発生事件。王家転覆を狙ってのものだったそれを、リオレイルも思い返していた。



 転移で大木の側に戻ったリオレイル達を、アウグストが手を挙げて迎えた。周りには戦闘の跡が見える。騎士団にも学者方にも怪我人はいないようだった。


「お疲れさん。こっちも数体出たが問題はなかった。で、これなんだが……」


 アウグストの声に、学者の一人が箱を開く。封じの処理が施されたその箱には、掌ほどの大きな魔石が四つ入っていた。どれも”穢れ”を強く放っている。


「見つけられたのはこの四個だけですが、恐らくまだ中にもあるでしょう」

「自然に発生したとは考えにくいか。……王都に戻りましょう。いいですね」

「はい、現段階でこれ以上の調査は行えません。あとはバイエベレンゼの聖女に同席して頂く他はないでしょう」


 リオレイルの言葉に、学者は否と言わなかった。

 それを周りで聞いていた騎士団員や学者達も異論はないようだ。本来ならば近くの町に宿を取り、そこを拠点に数日の調査を行う予定だった。その予定を取り止める事になった為に、騎士団員の一人が調整の為に馬で町まで駆けていく事になった。


 リオレイル達は再度陣形を取り、森を抜ける事にした。障気が薄まっているのは気のせいではないようだ。あれだけ酷かった腐臭は感じられなかった。

 大木を水晶で囲んだ事が利いたのだろう。



 帰り道は早い。もうすぐ、この障気の森から離れられる。

 一同がほっと気を緩めた、その瞬間だった。


 馬の嘶き。

 助けを求める叫び声。

 魔獣の雄叫び。


 穏やかだった風がぴたりと止んで、代わりに障気が渦巻いていた。

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