2ー8.任務
クラッセン子爵領に向かうのは、学者が四名。彼らは馬車に乗っている。
それを護衛するのは騎乗した第一騎士団の面々だった。騎士団長のリオレイル、副団長のアウグスト、団長補佐官のカイル、それから団員が七名。団員の中にはセレナの姿もあり、回復術と索敵能力に長けた団員で纏められた構成だった。
「”
「ああ、眉唾な話だけどな。町を護衛する任に当たっていた第二騎士団からの報告だ」
「”忌人”と意思疏通が出来る人物がいるだなんて、考えたくもないな」
馬上でリオレイルとアウグストが言葉を交わす。
魔法を付与されている馬は、通常の馬よりも速い。しかし風魔法で周囲の気流さえ操る騎士団にとっては、普通の馬に乗るのと何ら変わりのない事だった。
「それか……”忌人”の中に知能を持つ個体がいるか。どちらにせよ放ってはおけない話になるが」
リオレイルは形の良い眉を寄せながら、小さく溜息をつく。その話が本当ならばバイエベレンゼの神聖女の力が必要になるだろう。まずは調査次第だが、あの神聖女なら既にこの事態を予測しているのかもしれない。
リオレイルの眉間の皺が深くなっていくのを見て、アウグストは苦笑いを漏らすばかりだった。
「考えすぎんのも良くねぇけど、まぁ、調べてみないとな」
「そうだな。……杞憂である事を願うよ」
クラッセン子爵領まではもう程近い。
どこまでも深い青空だけが広がっていた。全てを飲み込む大海を映したような、青だった。
調査対象となっているのは、クラッセン子爵領の東にある森だった。美しい青空とは似つかわしくないほどの障気が森を覆っている。森の奥など全く見えない程の障気。それが”穢れ”から立ち上っているのは、誰の目から見ても明白だった。
「調査するなら森の奥まで入らねばならんか」
「持ってきた水晶で足りるかねぇ。直接聖女に来てもらわないと祓えねぇだろ、こんなの」
「その場合は撤退して水晶で森を囲うしかないだろうな。バイエベレンゼへ協力を願えば、あの神聖女なら出てくるだろう」
「団長、準備が整いました!」
掛けられた声はセレナのものだった。リオレイルが肩越しに振り返る。
調査団を中心に、騎士団がそれを囲う陣形だ。探索が得意な団員を前後左右に配置している。
「じゃ、行きますか。あー、やっぱり着いてくるんじゃなかったかなぁ」
「仕事しろ」
アウグストがぼやきながら陣形に加わる。
低く笑って嗜めたリオレイルは、一団の後ろを少し離れてついていく手筈となっていた。何か危険が迫れば動く遊撃を担うのだ。
「アメルハウザー団長、”穢れ”が深い場所へ行ける所まで行こうと思いますが、お付き合いを宜しくお願いしますぞ」
「もちろんです。皆様の御身はこの第一騎士団にお任せください」
穏和な声は、学者の一人からのものだった。他の面々もこれから向かう場所に対して、畏れよりも興味の方が勝っているように見えて、リオレイルは内心で苦笑した。
こうして、調査団は障気の渦巻く森へと足を踏み入れたのである。
鼻をつく腐臭。
森のあちこちから感じる、どろりとした異形の気配。
報告にあったように、魔獣も”忌人”も多い。
しかしそれらの異形が調査団に足を向けた時には、その体は霧散して黒い霞となって消えていた――リオレイルだ。
四方八方から襲い来る異形を、彼は一人で相手取っている。時には大剣で、時には魔法で。その圧倒的な戦力に、アウグストが「リオレイル一人でも良かったんじゃ……」と零すほどでもあった。
そんな道を二刻も進んだ頃だった。
障気が濃さを増し、息苦しいほどの圧迫感に一団は襲われる。先程までは朗らかに議論を交わしていた調査団の面々も、息を潜める程の障気だった。
「……主、そろそろかと」
「ああ、警戒を怠らないように。何かあれば私が出る」
「かしこまりました」
カイルでさえ、額に薄く汗をかくほどの強烈な存在感。
一団の視線を集めたのは天にそびえたつ程の大木。その根本に出来た
ゆらりと蠢く”穢れ”は、一団の目の前で人の形を成していく――”忌人”だ。その”忌人”が獲物を認識するよりも早く、リオレイルの大剣がその首を撥ね飛ばしていた。
「……団長、前よりも大剣の切れ味、鋭くなってません?」
「確かに。対”忌人”の力が上がっているような……」
どこか唖然としたような団員達の言葉に、リオレイルはただ肩を竦めて見せるばかり。
「水晶で洞を囲んでから調査という事で、宜しいですか」
「もちろんです、アメルハウザー団長。いやはや、それにしてもこれだけ巨大な”穢れ”が発生しているとは……」
学者の一人がリオレイルの言葉に頷いた。
それを耳にした騎士団員が、バイエベレンゼの水晶を地に刺していく。それを横目で確認しながら、リオレイルとカイルは大木から離れて周囲を索敵する。
大木を囲うように、”穢れ”には触れぬように作業をしていたセレナが、不意に小さく悲鳴をあげた。
その場に近付いたリオレイルが見たものは、刺した端から水晶が黒く変色してひび割れていく様子だった。
「団長ー、ちょっと”穢れ”が強すぎるみたいです。持ってきた水晶、全部刺しちゃってもいいです?」
セレナが困ったように溜息をつき、水晶を入れている皮袋を揺らす。
「使え。足りないようなら私が予備を持ってくる」
「はぁい」
セレナと他団員は両手に水晶を山程持つと、先程よりも隙間を詰めて水晶を刺していく。”穢れ”の濃さに水晶が耐えられないのなら、数を増やす作戦だった。
「この大木は既に枯れて、内部全てが”穢れ”に侵食されているかもしれませんね」
「調べれば詳細が分かりますか?」
「分かるといいのですが……この木の枝葉を伝って、この森全てに”穢れ”が広がっているようです。それだけの”穢れ”がどうやって発生したか……それはこの木の内部を確認しないと難しいかもしれませんね」
学者の目には興味と恐怖、半々の光が宿っているようだった。知識欲が勝るのか、それとも身の安全を選ぶのか。
しかしリオレイルとしては、この木の内部に入り込む事を了承するつもりはなかった。騎士団員にさせるつもりもないし、学者方が入り込むのを是と言えるわけもない。
「この大木が原因だと分かれば、一先ずは上々でしょう。一時しのぎですが水晶で封印さえ出来れば、これ以上の被害は抑えられる」
「そうですな、我々もさすがに命は惜しい」
笑いながらも、その声には名残惜しげな響きがあった。
「団長、これだけ刺せば大丈夫みたいですが……長持ちはしないと思います」
「数日でも保てばいい。戻り次第陛下に進言し、バイエベレンゼの聖女に協力を願うしかないだろう」
「はぁい」
セレナの持つ皮袋はほとんど空っぽに近いようだった。膨らみはなく、振っても軽い音しかしない。
「では予定通り調査をお願いします。アウグスト、護衛隊の指揮を頼むぞ」
「あいよ。先生方の調査が一段落したら連絡する」
「では私達は討伐に向かう」
大剣をぐっと強く握って、リオレイルが声を掛ける。それに呼応するようにカイルとセレナも剣を抜いた。
この三人で、森に具現した”忌人”と魔獣を掃討する。人数は少ないが、出来ない事ではなかった。
「さて、行こうか」
リオレイルの口端に薄い笑みが乗った。
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