過去⑩
イルミナージュ王国に戻ったリオレイルとテオバルトは、リオレイルが母と共に暮らしていた離宮にいた。
報せを受けたアメルハウザー家の使用人が離宮を訪れ、これから生活できるように場を整えている。そんなどこか賑やかな離宮の中、応接室に二人はいた。
「陛下には先触れを出しているから、都合がつき次第お会いできる」
「はい」
「……その髪と瞳だが……。グレイシアちゃんの力を注いで貰ったお陰で、魔力が目覚めたみたいだね」
テオバルトはリオレイルの黒い髪に触れる。自分や妹と同じだった砂色の髪は、魔力を帯びて漆黒へと変化している。魔力があるのは分かっていた。魔法へと転化出来ない事に理由があるのだろうとは思っていたが、まさか体に負担を掛けないように無意識にリオレイルが魔力を封印していたとは。テオバルトはその類まれなる魔力量に、内心で感嘆するばかりだった。
「……伯父上。僕を養子にしてもらえませんか」
「……臣籍降下するという事かい?」
「今までは“魔力なし”という事で勢力争いとは無関係でいられましたが、こうなってしまった以上……兄上派と対抗する勢力に担ぎ上げられるのは御免です。僕は兄上が次代の王に相応しいと思っています」
甥の聡さにテオバルトは苦笑するばかりだ。
「それは陛下とも話し合わなければならない。だが、僕は君がアメルハウザーを継いでくれるなら、それでもいいと思っているよ」
テオバルトには子どもがいない。
婚約していた令嬢が不慮の事故で亡くなってからというもの、新たに伴侶を見つける気にもなれないでいたのだ。妹であるテレサとは、いつかリオレイルに子どもが生まれたらアメルハウザーを継いで貰おうかなんて話をしていたのを思い出す。
不意に、ノックもしないで扉が開いた。二人がそちらを見ると、豪華な扇を揺らめかした王太后が侍女を連れて入ってきたところだった。
「
テオバルトとリオレイルは立ち上がって礼をする。しかしその顔に表情は無い。テオバルトは内心で悪態をついていたほどだ。
「魔力に目覚めたのね、リオレイル。さすがはわたくしの孫だわ。その綺麗な瞳をよく見せて頂戴」
リオレイルが今までに聞いたことのないような、猫撫で声だった。リオレイルのオッドアイに反応して、機嫌良く近づいてくる。リオレイルは舌打ちしたくなるのを堪えていた。思えば、名前を呼ばれたなんて初めてではないだろうか。
「ふふふ、綺麗なオッドアイね。髪だって魔力を帯びるほど……これなら、あなたが王位継承権第一位になってもおかしくない。わたくしが推薦してあげる」
「結構です」
咄嗟に出た言葉は、リオレイル自身でも意外なほどに冷たいものだった。気を悪くした王太后は、パチンと音を立てて扇を閉じる。今にもそれでリオレイルを殴打してしまいそうな程に、その表情は嫌悪に満ちて歪んでいた。
「僕は臣籍降下するつもりです。次代の王には兄上が相応しいと思っています」
「魔力量はあなたの方が上なのよ、リオレイル」
「魔力だけでは統治者に成り得ません。それに王太后様は、僕をお認めになっていなかったのでは」
「そんな事はないわ。わたくしはあなたを大事な孫として見ていましたよ。厳しい言葉を掛けたことは否定しませんが、それも全てあなたのため」
「母上、なぜここにいるのですか」
ばたばたと騒がしくなったかと思えば、応接室に入ってきたのはリオレイルの父である国王だった。王太后の姿を見ては、忌々しげに眉を寄せている。
「なぜだなんて、失礼ね。わたくしがどこに居たって構わないでしょう」
「リオレイルに近付かないよう、お願い申し上げたはずですが」
「わたくしが孫に会って何が悪いの」
手の平返しに嫌悪感を抱いていたのは、国王であるクロノスもだった。不快さを隠そうともしない表情は、ひどく険しい。
「とにかく、お戻りください」
「……ふん。いいこと、リオレイル。臣籍降下だなんて、わたくしが許さないわ」
王太后は踵を返すと、侍女を引き連れて応接室を後にする。残されたのはリオレイルとテオバルト、クロノスと護衛の従者だけだった。
久し振りの親子の再会にしてはどこか気まずい雰囲気に、リオレイルは小さく溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます