過去④
次の日の朝食も、リオレイルとテオバルトは客間でとった。
新しく友人になれるであろう少年に会えない子ども達は、ひどく残念がってはいたものの、切り替えの早い長男と次男は既に外に遊びに行っている。
辺境であるアーベライン侯爵の領地には魔獣や“忌人”も多い。それに対抗するべく騎士で構成された守護団は毎日の鍛錬を欠かさない。二人の兄はそこに行って、鍛錬に混ざるのだろう。
残されたグレイシアは、客間の前にいた。
いつもなら彼女も守護団の鍛錬に混ざるのだが、昨日から滞在している少年が気になって仕方なかったのである。
グレイシアは扉前の壁を背にして座り込み、少年が出てくるのをひたすらに待った。レディーのする事ではないのだが、そこを通る使用人達は「あらあら」と笑うだけで咎めない。
「グレイシアちゃん?」
客間から出てきたのは、テオバルトだった。
座って待っているグレイシアに、驚いたように目を瞠る。
「おはようございます、おじさま! あの子は? もう起きている?」
「ああ、起きているよ」
「遊べるかしら」
「どうだろう。グレイシアちゃん、リオレイルは……」
「入ってもいい? 誘いたいの」
言葉を選ぶように視線を床に落とす公爵には気付かず、グレイシアはにこにこと笑いながら一歩を踏み出す。テオバルトは一瞬迷うような素振りを見せるも、すぐに笑顔で頷いた。
「いいよ、ありがとう」
「ありがとう、おじさま! 失礼します!」
逸る気持ちを抑えきれずにグレイシアが室内に入ると、窓辺に誂えられた椅子にリオレイルは座っていた。長めの砂色の髪が顔に掛かり、赤い瞳を隠している。彼は窓へと顔を向け、アーベライン家の庭園を眺めているようだ。
その横顔が泣いているように見えて、グレイシアの胸はずくりと痛んだ。
「おはよう、リオレイル。わたしと一緒に遊びましょう」
「……」
リオレイルは一瞬だけグレイシアに視線を向けるも、すぐに庭へと視線を戻す。グレイシアはむぅとその可愛らしい頬を膨らませ、リオレイルの頬を両手で掴んだ。そして強制的に自分へと向けさせる。
「おはよう、リオレイル」
「……」
「お・は・よ・う」
「……おはよう」
消え入るような、小さな声だった。それでもグレイシアは満足そうに笑う。背後のテオバルトが泣きそうに顔を歪ませている事には気付かずに。
「リオレイル、遊びましょう。天気もいいし、外に行く? それとも中で遊ぶ? こないだ、父様が新しいボードゲームを買ってくれたの。それもとっても楽しいのよ」
リオレイルは首を横に振る。
グレイシアはそんな彼の様子も気にせずに、彼の手を引っ張って立たせようとした。
「じゃあお庭を散歩しましょう。わたしが案内してあげる。あ、まだお屋敷の中も見ていないわよね。お屋敷の案内もしてあげるからね」
グレイシアがいくら引っ張っても、リオレイルは立ち上がろうとしない。見かねたテオバルトが声を掛けようと一歩踏み出すも、グレイシアは気を悪くした様子が無かった。
振り返ったその表情も、きらきらと輝いているほどだ。
「おじさま、椅子を貸してくださる?」
「椅子?」
「そう。リオレイルは、今日はお庭を見ていたい気分なんでしょう? それならわたしも、彼と一緒にお庭を見るわ」
「あ、ああ……。さぁ、どうぞ」
公爵が側から椅子を引き寄せて、リオレイルの隣に据えてやるとグレイシアはそれに座る。デイドレスの裾を直し、ありがとうと微笑む様は立派なレディーだった。
「リオレイル、見て。あの一番高い木があるでしょう? あの木にはよく鷹が止まるの。だから登ると威嚇されて危ないのよ。登るなら左側の少し低めの木がいいわ」
庭を指差し、一生懸命に説明するグレイシア。その内容の微笑ましさに、離れたところに座ったテオバルトは笑みを漏らす。小さな淑女と思ったばかりの少女から、木登りの話が出たのには気にしない事にした。彼女はまだ六歳なのだから。
「あの泉に近付く時は気をつけて。周りを確認しないと、兄様達に落とされてしまうから。でも落とそうとしたところを上手に避ければ、逆に落としてやれるわよ」
不穏な遊びをしているようだが、それも楽しいのだろう。グレイシアは生き生きとして話をしている。リオレイルは返事こそしないものの、彼女の細い指が示す先を目で追いかけている。
テオバルトは目頭を押さえて深く息をついた。
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