42.地獄絵図

「して、貴殿がどうしてこんな事をやったのかだが……。エーヴァントをここへ」


 断罪の声は続く。

 国王陛下に促され、広間に足を踏み入れたのはエーヴァント・ボーンチェだった。手首には鉄錠が架せられて、どこか虚ろな目で兵士に腕を引かれながら歩いている。

 そこにかつて在った自信に裏打ちされた美しさはなく、リオレイルを視界に捉えると、ひっと高く悲鳴をあげた。

 首を落とされそうになった事が、余程の傷を心に負わせているようだった。


「エーヴァント。レイモンド卿に何を言われた」

「は、はい……。王都に異形を発生させて革命を起こすと。……異形が王城を襲ったら、それに乗じて玉座を獲るように言われて……っ。……申し訳、ありません……どうぞご慈悲を……っ! 僕はただ、騙されて……」

「そこにグレイシア嬢への冤罪は、どう関わる?」

「……革命が成功したら、僕を王としてくれると……その暁にはグレイシアを僕に嫁がせてくれると、レイモンド様はおっしゃいました。しかし……革命は起きませんでした。今度は事件の首謀者としてグレイシアを追放すれば、極秘に手に入れる事が出来ると……唆されて……」


 エーヴァントが事件のあらましを語っていくと、広間の温度がどんどん下がっていくようだった。その根源がリオレイルなのは誰の目にも明らかで、黒い何かが今にも立ち上りそうな程機嫌が悪そうなのに、リオレイルはいつもの無表情だ。

 グレイシアが寒さに震えると、漸く温度が下がるのは抑えられた。彼からは労わるような視線を向けられるが、眉を下げて睨むことしか出来ない。


「ふむ、エーヴァント。それにアデリナはどう関わる」

「……アデリナ様は、……革命の事は何も知りません。……グレイシア嬢を追求したのも、僕やレイモンド様にそれが事実だと言われての事です」


 エーヴァントはアデリナを庇っている。

 それはグレイシアにも分かった。革命の事はともかく、グレイシアが冤罪だという事は分かっていて断罪したはずだ。だがそれを声高に追求出来る程の証拠はないのだろう。仕方のないことだと思う。


「……そうか。それでも罪のないグレイシア嬢を貶めたのは違いない。アデリナ、お前にも相応の処分が下る故、それは覚悟せよ」

「……承知しました」


 不承不承というようにアデリナが頷く。


「レイモンド卿、言い逃れは出来ないのだ。罪を認めよ」


 言い聞かせるような国王の声は酷く固い。膝に置いた手はきつく拳を握り締めている。

 レイモンドはそんな国王を睨みつけていたが、不意に高らかに笑い出した。哄笑が広間に響く。


「くく……っ、ははははは! そこの公爵がいなければ全ては上手くいっただろうにな。そこの聖女もボーンチェ家の次男も役立たずだ。

 なぁ、ライロードよ。お前はこの国がこのままでいいと思っているのか」


 ライロードとは国王の名だ。レイモンドは今、国王と騎士団長という枠組みではなく、叔父と甥という立場で話している。


「この国には神聖女がいる。聖女がいる。異形に対抗できる力は数多あれど、“穢れ”に対抗できるのは我が国以外の他にない。この聖なる力さえあれば、この世界全てを掌握する事が出来るだろう。それなのにお前は何故、他国と迎合する。何故、聖なる力を我が国の為だけに使わないのだ」

「叔父上、それはならぬ。貴殿は今も尚、野心を捨てていないのだな。……前国王である父上が、貴殿を次代の王に指名しなかったのはその野心の為だろうに」

「ふん……王の座など奪えばよい。このようにな!」


 レオナルドがさっと片手を上げると、白いローブの聖女達が数人、広間に入ってくる。どこか虚ろな目をして、体中から瘴気を漂わせている兵士をその手に引いて。


「下がれ、グレイス」


 リオレイルがその背にグレイシアを庇い、カイルとセレナが壁際から駆け出した時。兵士達は完全に瘴気に落ちて、その姿を魔獣へと変貌させていった。



 “忌人”に囚われたわけではなく、その身に瘴気を浴び続けたのだろう。兵士達が成れ果てたのは“忌人”ではなく魔獣だった。それを連れていた聖女達も虚ろな瞳で、操られているのが見て分かる。

 王宮騎士達は即座に国王と王女の前に立ち塞がり、ベルント達補佐官は宰相を守る為に剣を取った。


「嘆かわしい!」


 広間に響く厳しい声は神聖女のものだった。

 彼女は両手を高く天に掲げると、その場を浄化し始める。リオレイルはカイルに目で合図をすると、無防備になる神聖女の守りをカイルに託した。


「どんどん増えるぞ。そうだ、最初からこうすればよかったのだ。……王の座は私のものになる」


 狂気に顔を歪ませながらレイモンドが笑った。

 言葉通りに、魔獣と化した兵士達から瘴気が溢れ、そこからまた魔獣が生まれ落ちる。数を増していく魔獣達は、獲物を見定めるようにゆらりとゆっくり近付いてきた。



『グルァァァァァ!!』


 雄叫びを合図として、魔獣が一斉に襲い掛かる。

 リオレイルはグレイシアを背に庇いつつ、牙をむく魔獣を一閃した。グレイシアの背にはセレナがついて、魔獣を屠っている。


 扉前にはレイモンドの子飼いとなった聖女が陣取って、結界を張っている。あれはこの場を守る為ではなく、外部からの助けを拒む結界。


 広場は惨劇の場と化した。血と悲鳴、怒号が響く。

 舞う鮮血に、広間は朱に染まるばかり。

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