41.騎士団長

 控え室にリオレイルがカイルと共に戻ると、グレイシアはあからさまにほっとしたように表情を和らげた。その姿にリオレイルは手を伸ばし掛けるも、アドルフの手前それは控えた。


 室内に響くノック音にカイルが対応する。

 とうとう謁見の時間が訪れたのだ。そして全てを明らかにする時間が。


 グレイシアは意識して深呼吸を繰り返す。深く息を吐くと頭の中がすっきりとするような感覚がする。

 ぐっと拳を握ってから立ち上がり、背筋を伸ばして口元に笑みを浮かべる。指先に至るまでの所作も美しく、それを見たアドルフは満足げに頷いた。リオレイルも口端を綻ばせてエスコートの為に腕を差し出す。

 グレイシアはその腕に手を掛けると、首に角度を持たせて微笑みかけた。


「さあ、参りましょうか」




 謁見の場所は大広間だった。

 高い位置にある玉座にはバイエベレンゼ国王と、アデリナ王女が座っている。


 グレイシア達はそれぞれ一礼をすると、国王の声に応じて面を上げる。


「グレイシア嬢、此度の使者の命、並びに留学の大役ご苦労であった」

「ありがとうございます」


 労いの言葉に、にこりと笑って答える。隣のアデリナ王女が笑顔の奥に憎悪を揺らめかせているのには気付かない振りをした。


(あの色合い、リオンを意識しているとしか思えないんだけれど。先程もわざわざ呼び出すくらいだし……正直、面白くないわ)


 グレイシアも笑顔の奥に悪態を隠し、後でリオレイルに話の内容を聞こうと心に決めた。


「アメルハウザー公爵もご苦労であった。此度の件では、我が国の者が更に迷惑をかけたそうだな。それに関してもこの場で全て明らかにしていこうと思う。構わないな」

「ええ、全てが白日の下に晒される事を願います」


 応えるリオレイルは常の無表情だ。声にも感情の色は乗っていない。

 国王と相対しているのは、アドルフとグレイシア、リオレイルだ。カイルとセレナは王宮騎士と共に壁際にて控えている。何かあれば駆けつけられる位置。

 ベルントは宰相の横に控えている。


「入れ」


 国王の声に応えて兵士に連れられ入室してきたのは、バイエベレンゼの騎士服を着た大柄な壮年の男だった。グレイシアはその男を見たことがあった。


 バイエベレンゼ王宮騎士団、団長を務めるレイモンド・ルラ・バイエベレンゼ・ガンスロット。現国王陛下の叔父にあたる人物だ。厳しい顔で室内を見回すと、リオレイルを視界に捉えて忌々しげに眉を寄せた。


「レイモンド卿、貴殿が此度の異形大量発生事件の首謀者だな」

「何をおっしゃるか。バイエベレンゼの為に身を捧げても、危機を招くような事はしない。陛下は私を愚弄するか」

「貴殿が関わっている証拠があがっているのだよ」


 どこか力なく言葉を紡ぐ国王の意を汲んで、宰相が兵士に目配せをする。それに応じて入室してきたのは白地に黒の刺繍が施されたローブを纏う年嵩の女性と、白いシンプルなローブを纏う若い女性だった。

 年嵩の女性は現在の神聖女だ。


「陛下、ここからはわたくしが」


 凛とした声で神聖女が前に出る。

 神聖女はグレイシアに視線を向けると、眉を下げて微笑みかけてきた。その表情の真意を探れずにグレイシアは戸惑うばかりだった。


「まず、この聖女が魔石を王都に持ち込んだ犯人です。神殿から罪人を出してしまうとは非情に心苦しいのですが、これはわたくしの監督が行き届いていなかった結果でしょう。罰はわたくしも勿論受けますがそれはさておき、この聖女がどうしてそのような事をしたのか。それは、ガンスロット団長に恋慕を抱いていたからで……」

「なんの茶番だ。私はそんな女は知らぬ」

「お黙り下さい、ガンスロット団長」


 神聖女の声を遮るように、レイモンドが声を張る。神聖女はそんな団長をきっと睨むと厳しい声でそれを咎めた。神聖女の方が団長よりも年若く、団長は国王の叔父という関係では在るがこの国では国王陛下に次いで権力を持つのが神聖女である。


「この聖女ははっきりと証言しました。ガンスロット団長が用意した魔石を王都の各地に置いたと。実際に置いたのはガンスロット団長の子飼いだったそうですが、魔石に触れられるよう聖なる力を使ったのですから、彼女も実行犯ですわね」


 神聖女の後ろで聖女は俯いて、顔色悪く震えている。よく見るとその手首には鈍く光る鉄の枷が嵌められていた。



 今度は宰相が一歩前に出る。手元には今回の事件を纏めたものだろうか、書類がある。ベルントはその宰相の後ろに、他の補佐官と共に付き従っていた。


「偽りの証言をした騎士が死亡した件についても、貴殿の関与が疑われています。あの騎士達の遺体を調べた結果、使われた毒はアロイアス公国独自のものでした。貴殿の奥方はアロイアスのご出身でしたな」


 騎士達の死を明らかにしていく宰相の表情も声も固い。

 自分の知らない所で全て調べがついていたのか。そう思ってグレイシアが傍らのリオレイルを見上げると、彼もこちらに目を向けて、すべてを知っているかのように薄く笑った。

 その表情にグレイシアは気付いてしまった。


(これを調べ上げたのはリオンだわ)


 婚約者の有能さを改めて目の当たりにして、グレイシアは眩暈がしそうだった。

 そんなグレイシアを気にする事なく、断罪の舞台は進んでいく。窓から差し込むのはいつしか月明かりになって、広間のランプに明かりが灯されていった。

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