38.手合

 翌日、グレイシアはリオレイルと共に王都にあるアーベライン侯爵家の屋敷にいた。

 来た時と同じように馬車で向かうのだと思っていたのだが、知らぬ間に転移の魔方陣が組まれていたようで、転移魔法で一瞬だった。


 屋敷に来たのは、グレイシアとリオレイル、カイルとセレナ。囚人であるエーヴァントは逃亡防止の結界が施された特殊な馬車で移送されるらしく、王城に到着するのは夕方になるとの事だった。

 バイエベレンゼ王とは密な連絡をしていたらしく、夕方からの謁見も許可されている。何から何までお膳立てされていて、その用意周到さにグレイシアは苦笑いするしかなかった。



 アーベライン侯爵家でグレイシア達を待っていたのは、アーベライン家当主であり、グレイシアの父であるアドルフと、夫人であり母のアレクシア、それから長兄のベルントだった。


 寄り添って手を取り合うグレイシアとリオレイルの姿に、アドルフとベルントはどこか複雑そうな顔をしていたが、アレクシアは満面の笑みで祝福をしてくれた。

 と、グレイシアは思ったのだが……アドルフとベルントだけでなく、アレクシアまでも真剣を手にしている。


「リオレイル君、私の可愛いグレイシアを射止めたのね。私からの約束を果たしてくれたのは嬉しいけれど……その力は鈍っていないかしら」


 愉しげに笑っているのはアレクシアだけで、アドルフとベルントは眉間に皺を寄せている。リオレイルはグレイシアから離れると、背後に控えるセレナに目をやった。心得たとばかりにセレナがグレイシアに付き従うのを確認してから、リオレイルは大剣を背から下ろして両手に構え、三人へと近付いていく。


「覚悟!」


 口火を切ったのは、アドルフの声だった。

 その声に応えるよう、リオレイルを囲んだ三人は一斉に距離を詰めて切りかかる。あらゆる角度から、高さから奮われる三人の剣を、リオレイルは口元に笑みを浮かべて受ける。そしてリオレイルが大きく一歩踏み込んだ瞬間だった。


  キン……! と高い音が一つ響いたと思うと、三人の手にしていた剣は弾かれて大地に落ちる。突き刺さった音が三つ。


「……お見事。鈍るどころか強くなっているな」


 三人を相手にしても、リオレイルの息は全く切れていない。余裕めいた表情さえ浮かべている。


「私は合格ですか」

「分かっていて聞いているだろう。今度は領地に来い。エトヴィンとルゥシィも君の相手をしたがっている」


 ベルントが歩み寄ってリオレイルに手を差し出す。二人は固く握手を交わしているが、穏やかな表情と異なって圧が凄いのは見間違えではないだろうと、グレイシアは溜息をついた。


「エトと……」


 リオレイルはグレイシアを振り返り、ルゥシィという名前について言いよどむ。幼馴染でもあるリオレイルは、グレイシアの次兄であるエトヴィンの事は知っていても、ルゥシィの事は知らないようだ。


「エトヴィンお兄様の婚約者よ。ルゥシィ様は隣の領地を治めるパトリック伯爵のご令嬢なんだけれど、とても強いの」


 そう、エトヴィンの婚約者であるルゥシィ・パトリック伯爵令嬢はその小動物のような可愛らしい外見とは正反対にとても強いのだ。グレイシアとて一度も勝てずにいる相手だ。


「そうか、楽しみにしよう」


 リオレイルはベルントから離れ、大剣を背に担ぎ直すとまたグレイシアの隣に戻る。片時でも離れないといった雰囲気を出してくるものだから、グレイシアは居た堪れない。


「グレイシア様のご家族はやはりお強いのですね」


 グレイシアの背後でセレナが感嘆の息をつく。リオレイルに三人がかりで負けはしたが、その強さは間違いないのだ。騎士であるセレナにはそれが分かるのだろう。


「セレナちゃんもいらっしゃい。あなたは初めて見るわね」

「カイル・コーネリア、私の従官です」


 にこやかなアレクシアにリオレイルが紹介すると、カイルは胸に手を当て騎士の一礼をする。その様子を見ていたアドルフの口端が、僅かに上がった。


「カイル君。君も手合わせをどうだね。君は現役だから、私とベルントと二人がかりでも問題ないだろう」

「じゃあセレナちゃんは私と手合わせしましょう」


 有無を言わせない雰囲気で、手合わせが決まってしまう。

 リオレイルが許可を出した事もあり、カイル対アドルフとベルント。セレナ対アレクシアの構図が出来上がってしまった。

 ハラハラしてしまうグレイシアを宥めるリオレイルは楽しげだ。


 現役の騎士を相手にして、家族を心配するのは仕方のないことだとグレイシアは思う。しかし楽しそうな家族を止める事も出来ないし、自分の婚約者さえどこか楽しそうで止めてくれる気配は無い。



 十数分後、真剣で対峙したにも関わらず、五人に傷がなかったのは流石というべきか。

 カイル対アドルフとベルントは引き分け。ベルントはカイルに剣を弾かれて降参したが、その隙にアドルフがカイルの首元に剣を突きつけたのだ。

 セレナ対アレクシアは、アレクシアが勝利した。さすがに呼吸は乱れているが、その表情は晴れやかで楽しそうに輝いている。


「……グレイシア様がお強いのも分かりました、っ……」


 両手を地について、息も荒くセレナが呟く。


「わたしもお母様に勝てる時は少ないの。毎回勝てるのはルゥシィ様くらいね」


 苦笑しながらグレイシアが落とした声に、セレナだけでなく後日の手合わせが決まっているリオレイルさえも目を瞬いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る